INTERVIEW / PROFESSOR 2019年7月17日

興味と直感信じて前に進め 国立天文台長・常田佐久教授インタビュー

 東大で関心のある分野を専門的に学び、将来は研究者を目指したいという新入生も多いだろう。研究者になる夢を叶えた東大出身者は数知れないが、博士号取得後の安定雇用が難しくなるなど、決して簡単な道ではない。どのような経緯で研究者になったのか、研究で必要な能力は何か。自らも太陽の観測などで大きな成果を挙げ、多くの博士課程学生を指導した常田佐久国立天文台長に聞いた。

(取材・撮影 小原寛士)

※このインタビューは2018年5月に取材し、入学記念アルバム『フレッシュブック2018』に掲載したものです。

 

 

観測装置を一から作るスタイル貫く

 

━━東大に入ったきっかけは
 高校時代にはもう、将来は物理学系の研究者になりたいと思っていた。それならば、東大は先生も設備も優れているし、全国から優秀な学生が集まって刺激を受けられそうだから東大に入ろうと。実際その通りだったと思う。

 

━━3年次から理学部天文学科へ進学します
 入学当初からプラズマや電磁流体力学を研究したくて、天体のダイナモ(磁場を作るメカニズム)の研究にも引かれていた。これらが研究できるのは理学部物理学科か天文学科で、どちらに進むかは少し迷った。結局、プラズマで満ちた宇宙を研究したいと考えて、天文学科に進学した。天文は定員が少ないから進振り点(進学に必要な2年次までの平均点)が不安定でリスキーだったけれど(笑)。観測装置の開発にもその頃から強い興味があった。

 学部後期の2年間で学べることは限られていて、大学院修士課程へ進むことにも迷いはなかった。紆余曲折はあったが、この時の関心を保ったまま、40年研究を続けることになった。

 

━━学生時代の思い出は
 駒場の1年生だった頃から物理学研究会で『ファインマン物理学』などを輪講していた。先輩には物理がとてもできる方々がいて、遠くから見ながら尊敬していた。会の先輩方から、物理を扱う上で必要な知識や思考法を学び、その後の研究でも大いに役立った。今でも、当時読んでいたファインマンなど基礎的な本から学ぶことは多い。

 

━━学生時代の研究について教えてください
 当時は日本には欧米と肩を並べる先端的観測装置はなかった。米国は69年にアポロで月に人を送っていたけれど、日本は初の人工衛星「おおすみ」を打ち上げたのが70年。天文学科でも「できる」学生は飛翔体に搭載する観測装置の開発研究には寄り付かなかったし、教員もそのような装置の開発はさせなかった気がする。学生が衛星に搭載する装置の研究をして、ロケットが失敗したら学位論文が書けないからだ。

 私が大学院で本格的に研究を始めたのはそんな時代だった。宇宙のプラズマや磁場に興味があり、最も近くて観測しやすい太陽の研究を選んだ私は、初めは理論を専攻していたけれどすぐ衛星搭載装置の開発に転換した。当時は東京天文台(現・国立天文台)と東大宇宙航空研究所(現・宇宙科学研究所)を行き来して研究していたが、後者での飛翔体を使った太陽の観測研究にのめりこんでいった。太陽観測衛星「ひのとり」開発チームに加わり、ここで初めて「自分の居場所」と思える場にたどり着いた。

 結果、私は天文の院生で飛翔体に関わる第一号となった。衛星に搭載する観測装置の研究はリスキーだったけれど、当時誰もやっていなかったことに挑戦。無事衛星は打ち上がり、世界を驚かすような論文も書けた。修士課程、理論を学んでいた頃は研究にどこか納得がいかず就活もしていたけれど、博士論文を書く頃にはそんなことも忘れるくらい、研究に夢中になっていた。

 

━━研究スタイルに特徴がありました
 太陽について新しい知見を得ることができるどこにもない観測装置を自分たちで一から設計制作し、データ解析から論文まで一貫して行った。これまでに3機の科学衛星、2機の観測用ロケット、2機の気球を使った観測実験を成功させた。ガリレオ・ガリレイも自分で望遠鏡を作って多くの発見をしたから、似ているところもあるのかな(笑)。

 特に観測衛星「ようこう」「ひので」の開発にはそれぞれ10年近くの期間が必要になり、30年の研究人生の大部分を費やした。これらの飛翔体で得られたデータから、大学院生と協力して多くの論文を書いた。

 現在の天文学は、すばる望遠鏡やALMAといった大規模な観測施設からのデータを基に論文を書くスタイルが中心になっている。データ解析、装置の開発などが高度化し、それぞれを専門とする人ができて、もう一方が理解できなくなってきている。複数の分野を一度に手掛けるとそれぞれ中途半端に終わる懸念もあり、今後は自分のようなスタイルで研究をするのは難しいかもしれない。でも全て自分たちの手でやったからこその達成感もあった。日本に見習うべき先例のない状況で、装置を一から構想実現することは、必然でもあったし、こだわりもあったのだろう。人の作った装置で論文を書いたことがないくらいだ。

 

━━学生の教育はどのようにしていましたか
 私が博士課程の学生のときは、リスキーな研究をして失敗しても自分が論文を書けないだけだったけれど、教員は学生が研究成果を出すことに責任を持たないといけない。「ひので」から最初のデータが送られてきたときの安堵は今でもよく覚えている。

 これはと思う観測データが得られたとき、最も良いデータは学生に解析してもらい論文を書いてもらうようにしていた。自分よりも学生の方がいい論文を書いてくれると思ったので(笑)。実際、学生の書いた論文がサイエンス誌などに載った。
 当然、指導する学生にはレベルの差があり、全員が初めから同じなわけではない。不思議なもので、最初はくすぶり気味だった学生も最終的には興味深い論文を残してくれた。

 

 

研究チームのマネジメント力が重要

 

━━2018年4月に就任した国立天文台長として考えている取り組みを教えてください
 口径30mの超大型望遠鏡計画を中心とした大型プロジェクトの遂行、飛翔体を使った天文学との連携などの目標を掲げている。「飛翔体を使った研究」といえば最先端のイメージがあるが、実際は地上の天文学で達成した技術が基本となっている。例えば、宇宙科学研究所と国立天文台の連携を図り、新たな視点で成果を出していきたい。

 また天文学全体としては、太陽系外惑星と生命探査への関心が高まっている。これに関連して、以前から地球外生命体の探索を目的としたSETI(地球外知的生命体探査)の活動はあったが、地球型惑星の存在が確かになり、観測技術の向上と相まって、より効率的な探索が可能とみている。少し前はSFの世界だったが、現実の天文学の研究テーマとなり、日本が先陣を切りたい。

 

━━東大生に必要な力とは
 語学力を含めたコミュニケーション力は、研究やプロジェクトの基本なので在学中から意識してほしい。多くの人が関わる研究ではただ知識や技術を身に付けていれば良いのではなく、チームのマネジメントに従う力、そしてマネジメントをしていく力が重要だ。ただ、これらは勉強をすれば身に付くというものではない。小さなプロジェクトに積極的に参加していくことも大事だろう。

 

━━東大生にメッセージを
 講義や指導していた東大生はよく勉強してくれるし、みんな優秀だと思う。その中でも専門分野に集中しつつ幅広い興味を持っている人が伸びやすいのではないかと思う。衛星搭載装置の開発と、観測データの解析を両方やって見えてくるものは多かった。自分のやりたいことを大切にしてほしい。

 今の日本は「論文が減った」「内向き」などといわれるけれど、私の感覚では研究環境・内容が世界最先端レベルに到達して、数十年前と比べ物にならないほど良い。学生時代、日本や東大の研究に注目する欧米の研究者はほとんどいなかったが、現在の国立天文台は世界のトップを走っている。研究者を目指すのに良い環境が東大やその周辺の機関には整っている。

 ただ、この先行き不透明な時代に博士課程まで進むのをためらうなど、リスクを避けたくなるのは理解できる。東大生は知識がある分、良くも悪くも先が見通せてしまうのだろうか、不安に思っている人はかなり多いだろう。自分のキャリアについてよく考えるのも大事だけれど、自分の興味と直感に従って研究を積み重ねれば大発見が待っているかもしれない。東大生はみんな、自分で考え道を切り開いていく十分な基礎力がある。自信を持って、前に進んでほしい。

 

 

常田佐久(つねた・さく)教授(国立天文台長)
 78年理学部天文学科卒。83年理学系研究科天文学専門課程博士課程修了。理学博士。95年より国立天文台教授。以降、宇宙科学研究所長などを歴任し、18年より国立天文台長。

このインタビューは入学記念アルバム『フレッシュブック2018』に掲載されたものです。『フレッシュブック2019』は2019年9月頃に発行予定です。

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