インタビュー

2022年11月1日

深木章子さんインタビュー 「書きたい」から始まった第二の人生

 

 東大法学部を卒業し60歳まで弁護士を務めた後、執筆活動を始めた深木章子さん。2011年に『鬼畜の家』でデビューし、本格ミステリを世に送り続けてきた。「60歳を機に第二の人生が始まった」と語る深木さんに今までの経験を振り返ってもらいながら、読書やミステリーの魅力、活動の原動力について聞いた。(取材・佐藤健)

 

幼少期から好きだったミステリー

 

──幼少期はどのような本を読んでいましたか

 

 小学生の当時は戦争の影響が残る頃でしたから、簡単に本が手に入るわけでもありませんでした。なので、家にある世界文学全集などの本を手あたり次第読んでいましたね。読書はずっと好きだったように思います。両親も本を多く持っていたのでジャンルや子ども向けかどうかなどに関わらず、いろいろと読みました。作家で一番好きなのは夏目漱石です。そのころからずっとミステリーが好きで、中でも『シャーロック・ホームズ』シリーズを読んでいましたね。『源氏物語』のような男女の恋愛描写が描かれるものも好きです。自分がそのような経験をしたわけではないですし、自分では書けないなと感じているのですが、ドロドロした人間関係が私の作品にも登場すると言われることがあるのはその影響かもしれませんね。

 

──東大受験の思い出はありますか

 

 東大を受けた理由はこれといってないんです。進学校だったので、周りの多くが東大を受けるような環境で、成績によっておおよそ受ける大学が決まっているような感じでした。自分の成績だったら私大だけでなく東大も受けてもいいかなと思って受験しました。

 

 印象に残っているのは学年トップクラスの成績だった同級生が落ちてしまったことです。私が入試を受けた時は女性用のトイレが用意されておらず、入試当日に男女共用のトイレに入ったところその人と会い「君も受けるんだ」と声を掛けられたんですね。その人は浪人して東大に入ったのですが、緊張するわけでもなかっただろうに成績トップの人が落ち、合格できるかギリギリの成績だった私が受かったということにびっくりしました。周りの人にも「自分も受けておけばよかった」と言われましたね(笑)。

 

──どのような学生生活を送っていたのでしょうか

 

 本は変わらず読み続けていましたね。法学部に進学して本郷に通うようになりましたが、当時はちょうど東大闘争が盛んになっていた頃でした。私自身は学生運動に参加していたわけでもなく、教室に行っても授業が行われていなかったり、試験も実施できずレポートで代替する授業があったりということが度々ありました。法学部は大人数で、授業があっても教授が自分の書いた教科書を基に話すのを聞いているようなものがほとんどなので出席はするものの……。司法試験の勉強もひたすら暗記するだけですから。駒場時代も選択科目は楽な授業を取っていたし、何をしていたんでしょう(笑)。

 

 

──弁護士を志した理由は何ですか

 

 父が裁判官だったことから自分も裁判官になりたいと思っていました。お父さん子だったので父の姿に影響を受けたと思います。ですが、クラスが隣でオーケストラのサークルも一緒だった後の夫と駒場時代に出会ったこともあり、全国各地を転々とすることが多い裁判官ではなく、異動の少ない弁護士にしようと決めました。夫も結婚する前から「弁護士になったら良いよ」と言ったりしていて。夫とは今年で金婚式を迎えるんですよ。

 

「小説を書くとは思ってもいなかった」

 

──弁護士時代も変わらず読書をしていたのですか

 

 電車で読む本はこれ、家で読む本はこれといったように同時並行で数冊を読み進めていました。弁護士の仕事は忙しかったですが、今みたいにスマホがあるわけでもなく、隙間時間に読んでいたので学生の頃と変わらずいろいろな本を読んでいました。

 

──弁護士時代の思い出はありますか

 

 企業の相談を受けるような書類仕事もしていたのですが、それよりは法廷で戦う方が好きでした。戦うといってもその場で議論するのではなく、法廷で用いる文書や反対尋問での戦略を事前に考えておくのですが。

 

 多くの弁護士と同じように主に民事裁判を担当していましたが、国選弁護人として刑事裁判に関わることもありました。死体写真などを見るのが苦手で傷害致死罪や殺人罪といった殺人事件はほとんど担当することがありませんでしたが、窃盗や交通事故などの事件はよく担当しましたね。

 

もちろん、裁判の結果は依頼人の人生に大きな影響を与えてしまうわけですから重圧はありました。

 

──殺人事件が苦手なのにミステリーを書くのですね

 

 小説でも残酷な描写は苦手で、特にホラーはほとんど読みません。ミステリーでも殺人は起こりますが、方法やトリックが明かされてすっきりします。一方、ホラーは理屈無しの超常現象が出てくるので興ざめしてしまうところが私には合わないのだと思います。被告人との会話など刑事裁判での経験も小説に生かされていますね。今になってみれば殺人事件も担当しておけばより良かったかもしれません(笑)。

 

──60歳まで弁護士を務めた経験はどう影響を与えていますか

 

 やはり弁護士をしていたことが執筆の上で役に立っているなと感じます。特に(『敗者の告白』(KADOKAWA)など)は自分の経験が多く盛り込まれていますし、弁護士をしていなかったら書いていなかったでしょうね。ですが、弁護士が登場しないような作品も書いているので、弁護士時代というよりも今までに見聞きした経験は全部生かされていると思います。

 

深木章子『敗者の告白』(KADOKAWA)税込み836円

 

「書きたい」が原動力に

 

──小説を書き始めたきっかけは何ですか

 

 60歳になって弁護士をやめるまでは小説を書こうなんて思ったことは少しもありませんでした。弁護士時代にャーロック・ホームズ・クラブというものに入ってみようかと思ったところ、当時の募集要項に「短編などを書く」というものがあって私には無理だと断念したくらいです。

 

 60歳で弁護士をやめることは決めていたので、その後は友人と一緒に私の家で料理の練習をしたり夫と日本全国を旅行したりしようなんて計画を立てていたのですが、リウマチになってしまいました。思うように手や体を動かすことができず、これでは料理も旅行もできないなと。そこで「座って机に向かいながらできることを」と思いミステリーを書き始めました。

 

──島田荘司選第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞しました

 

 書いてみたからには投稿しようと投稿をはじめ、3作目で受賞してデビューすることになりました。投稿を続けるうちに書き慣れてきて構成なども良くなったのかなと思います。受賞が決まった時は当然うれしかったです。

 

深木章子『鬼畜の家』(講談社)税込み 807円

 

──ご自身の作風や文体はどのように確立されましたか

 

 自分では気付いていなかったのですが、法律用語が使われた硬い文書をずっと扱っていたので法律家の文章というものが染みついているようです。選評や読者の感想などを読んでいると文章が硬いと言われることが多いですね。それを自分なりに直してきたと思います。伊坂幸太郎さんや米澤穂信さんなど、私と比べればですが若い小説家の方の本も読んで、こういう書き方もあるのだなと研究したりもしています。が、すでに板についてしまっている部分もあるので無理に変えることもできないですよね。

 

──インターネット上の評判も見ますか

 

 自ら調べはしませんがインターネットにある感想も目に入るので見ます。褒めてくれているとうれしいですけど、批判的な意見も参考になると思って私は気にせず読めますね。60歳を過ぎてからデビューした分、小説家として生計を立てなければいけないというプレッシャーがないからかもしれません。そもそも「書きたいから書く」ということで始めたわけですし、出版社に依頼をされるのではなく、自分で書いたものを読んでもらい、出版が決まるというスタイルなこともあり、自分が「小説家」だというのにはまだ違和感があるくらいです。

 

──行き詰まることはありませんか

 

 大体が行き詰まっていますよ(笑)。行き詰まっていないときに書いています。書けなかったらしょうがないですから、パソコンに向かって悩むということはなく、ベッドで横になっています。

 

──小説家に必要なことは何だと思いますか

 

 「書きたい」という気持ちが一番大事だと思います。小説家になりたいとはもともと全く考えていなかったのに、誰に頼まれるわけでもなく書き続けているので、私は書くことが好きなのだなと気付きました。

 

想像できない人生を後悔しないように

 

──現在はどのような読書をしていますか

 

 自分の楽しみのためにも読み続けている一方で、話題の新刊などはチェックするようにしたり、自分の考えている設定と被っているものがないかを確かめるために読んだりします。自分の作品が他の作品に似ていると言われるのは一番避けたいことですから。それだけでなく純文学を含め、名作と呼ばれる昔の作品は一通り読んでしまったこともあってミステリーを読むことが増えたと思います。1日3時間くらいは読んでいますね。

 

──本格ミステリの良さは

 

 本格ミステリの、トリックとロジックがあり明快なところに面白さを感じます。小説を書き始めたころから本格ミステリを書きたいということは変わっていません。

 

 最近は本格ミステリがジャンルとして煮詰まっている分、新本格が登場したころのような転換点となる盛り上がりがないなと個人的に感じています。絵画や音楽など、ジャンルが完成してしまったさまざまな分野で起こることが本格ミステリにも起きているのではないでしょうか。トリックも目新しさよりは工夫された点に良さを感じます。それに、物語の面白さではなく設定の斬新さなどを魅せる作品が多く感じ、年を取ったことも大きいかもしれませんが以前より読んでいて心が躍る経験が少なくなってしまっています。

 

──今後はどのような作品を書いてみたいでしょうか

 

 75歳ですし今後といっても難しいですね(笑)。今までは仕掛けを先に考えてから登場人物や舞台背景、物語を考えていました。今は順番を逆にし、物語の中で殺人事件が起こるものを書いてみようと試行錯誤しています。やったことがないことなのでなかなか難しいですが、「無理に書く必要もないのだから書きたい限りは書こう」という気持ちで気負わずに取り組んでいます。

 

──深木さんの考える読書の意義は何ですか

 

 1冊の本にさまざまな世界が広がっていることが本のすごいところですよね。とはいえ、名著とされているような作品でも私には良さが分からないものがあったりします。なんとなく食わず嫌いをしているものや、読んでみたらやっぱり合わなかったなというものもありますし。読書そのものについても合う合わないがあると思うので、今読書をしていないからといってその人が無理にする必要はないと思います。

 

深木章子『消えた断章』(光文社)税込み792円

 

──学生へのメッセージをお願いします

 

 ここまで生きてきて思うのは、先のことは想像できないということです。弁護士現役時代は、引退後をおまけのように考えていました。ですが、実際に60歳を超えると編集者や小説家の方など今までとは全く違った人との出会いもあり、まさに「還暦」を感じます。やってみないと分からないものですね。

 

 一方で、体はいつ悪くなるか分かりません。若い人にはなかなか伝わらないかもしれませんが、私も体が不自由になり、当初したかった旅行ができなくなるとは思っていませんでした。それでも現在後悔が少ないのは若い頃にいろいろな場所を巡った経験があるからだと思います。先がどうなるか分からないからこそ、時間に余裕ができてからではなく、できることはできる内にやっておくと良いのではないでしょうか。

 

深木章子(みき・あきこ)さん 東大法学部卒。元弁護士。弁護士引退後の2010年に『鬼畜の家』で島田荘司選第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し同作で11年にデビュー。著作に『消人屋敷の殺人』(新潮社)、『罠』(KADOKAWA)、『消えた断章』(光文社)など

 

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