インタビュー

2021年10月17日

理III受験・文I進学・プロ雀士・弁護士経て小説家に 新川帆立さんインタビュー

 

 東大法学部出身の新川帆立さんは、小説家、元弁護士、元プロ雀士(ジャンし) とさまざまな肩書を持つ。小説に対する熱い情熱を持ち、何事にも全力で取り組む新川さんに、これまでの人生を振り返るとともに小説の面白さについて語ってもらった。(取材・弓矢基貴)

 

小説家の夢、理Ⅲ受験、文Ⅰ進学、プロ雀士

 

──学生の頃まではどのような本を読んでいましたか

 

 小学生の頃、当時はやっていた『ハリー・ポッター』シリーズにハマったのがきっかけで読書をするようになりました。宮崎県ののどかな田舎に住んでいた私にとって、数少ない刺激でしたね。それから『指輪物語』や『ナルニア国物語』など、英国の児童文学を読みました。その流れで『シャーロック・ホームズ』シリーズやアガサ・クリスティの作品といった英国のミステリー小説を一通り読んだことが、ミステリーを書いている今につながっているのかもしれません。

 

 東大入学後は、東大生協にある古典をたくさん読みましたね。社会人になると、古典のような骨太な本を読む体力が衰えてしまうので、大学生の頃にそのような本を読んだのは良かった気がします。

 

 古典以外でよく読んでいたのは海外文学で、特にスタンダールやサリンジャーなどが好きでした。主に明治時代の日本文学を読んでいた高校生の頃は知らなかった海外の作品に出会い、新鮮でしたね。いろいろ読みあさるうちに、私はドイツやロシアの暗めの文学よりは英米文学の方が好みだということにも気付きました。

 

──文I に入学しています。科類はどのようにして選びましたか

 

 高校1年生の頃から小説家になりたいと思ってはいたのですが、小説家としてデビューするには時間がかかるだろうと考えました。作家デビューの平均年齢は40 歳くらいでしたし、単純に文学賞の数と応募者数を見ても、競争が激しいのは明白でした。

 

 「コツコツやってもデビューに10 年、20 年かかるかもしれない」と思い、何かしらの資格を取って安定した職に就きながら小説を書いていこうと決めました。理系だったので、初めは医学部に行って医者として生計を立てようと考えていたんです。ところが前期日程試験で理Ⅲを受験したら不合格だったので、今はない後期日程試験を受け、合格しました。当時の後期日程試験は、合格してから理Ⅲ以外の科類を選択する制度だったので、文転して文Iに入学することにしました。もともと医者に強いこだわりがあったわけではなく、何かしらの資格を取って安定的な収入を得ることが目的だったので、法学部に進んで弁護士資格を取ろうと方針転換しました。

 

 初めから法学部を目指していたわけではなかった私ですが、実際に法学を学んでみると興味深く、特に1年生の時の松原健太郎先生(法学政治学研究科)の授業が印象に残っています。少人数のゼミ形式の授業で大変でしたが、基礎法学の面白さと大学での勉強の楽しさを教えてもらいました。

 

 あと、同じ法学部出身で学年が一つ下の辻堂ゆめさんが、在学中に『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞し、総長賞にも選ばれたのには衝撃を受けましたね。同じく法学部出身の作家、結城真一郎さんもそれにショックを受けて小説を書き始めたらしいです。結局みんな作家としてデビューできて、この前3人で集まる会を開きました。意外と大学の頃のつながりが作家になった後も続いています。

 

──学部時代に力を入れていた活動はありますか

 

 ほとんど麻雀(マージャン)しかしていませんでした。高校生の頃に、当時所属していた囲碁部の友人と試しにやってみたのがきっかけで、大好きになりました。大学では交友関係が広い方ではなく、サークルなどにも所属していなかったので、雀荘でのアルバイトに精を出していました。麻雀好きには楽しいアルバイトですが、他のことが手に付かなくなってしまう人も多いのであまりおすすめはできませんね(笑)。同じ雀荘の先輩が同級生になって、後輩になって、いつまで経っても卒業しない……みたいなことが起こりますから。ただ、バイト中に麻雀を打つ機会があるので、腕は上がりますけどね。

 

東大卒業時(写真は新川さん提供)

 

──その後、プロ雀士になっています。

 

 麻雀の魅力は何ですか麻雀の理不尽さ・偶発性に魅了されました。高校時代に部活動として取り組んでいた囲碁だと、自分より上の段位の人と戦っても勝機は薄いので、頑張る気力もなくなってしまうんです。麻雀では自分より圧倒的に強い人と対戦しても場合によっては勝てる。格上の相手にどうしたら勝てるのか試行錯誤するのがとても楽しいです。裏を返せば自分より弱い人に負けることもあるということなのですが。

 

 小説も、すごく良い作品なのに全然売れなかったり、正直微妙なものが爆発的にヒットしたり、当たり外れがあるのが面白いんですよね。毎月同じことをしていればお給料が出て、定年まで働けて、年金も出て、みたいな生活が性に合わなくて。安定した生活よりは、乱世の方が私は向いているんだと思います。織田信長が好きなのもそのせいかな(笑)。

 

(写真は新川さん提供)

 

弁護士を経てつかんだ専業作家の道

 

──東大卒業後、弁護士として活動しました

 

 執筆活動と並行して弁護士をやろうと思っていたのですが、実際に働き始めてみると弁護士の仕事が忙しくて。小説を書く時間はほとんどありませんでした。小説に割く時間を捻出するために、勤務時間を調整しやすい職場を求めて計3回転職するなど、仕事と小説を両立させるための調節に苦労しましたね。ただ、法学部を出て弁護士になった経験や、そこで学んだことは、小説を書く上でも生きていると感じます。

 

──仕事の傍ら、山村正夫記念小説講座を受講したとのことですが

 

 小説教室は、小説家になりたい人にはおすすめです。一番良かったことは創作仲間ができたことでした。小説を書いている人ってなかなか日常で会わないので、貴重な機会だと思います。特に山村教室にはもうデビュー目前のようなレベルの高い人がたくさんいるので、良い刺激になりましたし、そういった人たちに作品に関するアドバイスをもらえたのも良かったです。また、そこで出会った先輩作家さんに編集者を紹介してもらったりと、仕事の幅が広がりました。

 

──その後弁護士としての仕事を休職し、小説に専念されています

 

 専業作家は最高ですよ。小説家以外の仕事のストレスから解放されて、QOLが非常に上がりました。絶対にやめたくないです(笑)

 

 不安定な生活が不安でたまらない人もいると思いますが、私は楽観的な性格なので気楽に過ごしています。毎朝同じ時間に会社に行って仕事をするのが苦手だったので、その生活から自由になれて楽しいですね。なので、社会に向いていないと感じる人にはぜひ小説家になることをおすすめしたいです。

 

司法試験合格時(写真は新川さん提供)

 

読者が喜んでくれるものを、丁寧に書く

 

──小説を書く上で意識していること、重要なことは何ですか

 

 ジャンルによりますが、私が書いているエンタメ小説では特に、読者さんにとって分かりやすく、面白いと思ってもらえるものを書くことが重要だと思います。読者さんの知的好奇心は満たしたいですが、知的虚栄心のような、「知的で高尚なものを読んでいる」と背伸びしたくなる気持ちはあえて無視するようにしているんです。自分が分かっていることを、きちんと伝わるように書くことを意識していますね。

 

 また、作品のアイデアは寝ている時以外はいつも考えています。人から聞いた話やふと思い付いたことなど、少しでも面白いと思ったことはメモを取るようにしていますね。散歩をしている時や寝る前など、ちょっとした時間に思い付くこともあるので、メモ帳はいつも持ち歩いています。それがすぐに作品に結び付かなくとも、時間が経ってから読み返した時にそれを使ったネタを思い付いたりするので。

 

 たくさん読んでたくさん書くことも重要です。特にインプットが大事で、本を読んだり、本じゃなくても映画を見たりして、そこから吸収したものが煮詰まって作品に出てきます。私は少なくとも週に5 冊は本を読むようにしていますね。周りの人におすすめの本を聞いたりして、小説に限らずさまざまな本に触れる機会を設けています。特に面白いと思った本は、プロットや展開を書き起こして分析したりもします。そうやってインプットをしないと、自分の周りの狭い世界の話を書くだけになって面白くないし、作品の質も上がりにくいです。インプットを経て書きたいことが固まってきたら、今度はたくさん書く。小説には書けば書くほど上達するという側面もありますから。

 

──小説の面白さは何ですか

 

 書くのと読むのでは全然違いますが、陶芸や編み物のような、ものづくり的な面白さが「書く」ことにはあると思います。作りたい物を考えて、設計して、形にする、という創作の過程が面白いです。

 

 逆にエンタメ小説を「読む」ことの面白さは、大きく分けて二つあると思っています。ハラハラドキドキさせられるか、小説の中の不幸に共感して身につまされるかです。自分の知らない世界を体験して、感情を揺さぶられるのが面白いんですよね。

 

──現在は米国に在住ですが、移住して感じたことはありますか

 

 日本語で日本人向けに小説を書くことが、すごくニッチな行為だなと感じました。英語圏の小説市場は、世界のエンタメ市場に直結しています。その分競合作家も多いですが、そこで成果を出せばNetflixやハリウッドなど、映像化の可能性もすぐそばにある。

 

 日本語の小説は外国からの参入障壁も高いのですが、やはり結局マーケットが日本国内に限られてしまうんですよね。ただ漫画などは海外でも人気なので、小説も翻訳の仕組みをどうにかできないものかと思っています。特にミステリー小説において日本のレベルは結構高いので、海外でも読まれるようになるのではないかと思うんですが……。

 

──今後はどのようなことをしていきたいですか

 

 小説を書いて暮らしている今の状態が幸せなので、「ずっと本を出し続ける」というのがひとまずの目標です。出版不況で作家が生き残るのは難しい時代なので、大変な目標ではありますが頑張ります。

 

 特定の書きたいテーマがあるわけではないので、その時々に興味が湧いたことを書ければと思っています。たまたまデビュー作はミステリーでしたが、他のジャンルも書いていきたいです。

 

 作家の井上ひさしさんの「自分にしか書けないことを、誰が読んでもわかるように書く」という言葉に共感して、大事にしています。読者さんが喜んでくれるものを、一つずつ丁寧に書いていこうと思います。

 

──最後に、東大の学生に伝えたいことはありますか

 

 自分のやりたいことをやった方が幸せだと思います。優秀な人ほど、社会に出た時に周囲の期待や利害関係に振り回されやすくて、自分のやりたいことを見失いがちになると思います。

 

 私も会社で働いていた時は、気が付くと望まないのに出世コースを歩んでいて……。仕事を頑張って貢献した方が、周りの人にとっては都合が良いんですよね。でも、「本当にやりたいことはこれじゃないんだよな」という気持ちがどこかにある。周りの人に迷惑を掛けたりして申し訳なく思う面もありますが、やはり周りの期待通りに動くだけではなく、自分の気持ちに正直になった方がいい気がします。

 

10月6日発売の新作「倒産続きの彼女」(宝島社)
新川帆立(しんかわ・ほたて)さん
東大法学部卒業後、法科大学院に進学し修了後は弁護士として活動。司法修習中に最高位戦日本プロ麻マージャン雀協会プロテスト合格。20年に第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した作品『元彼の遺言状』で作家デビュー。21年に弁護士を休職し、現在は専業作家として執筆活動に励む。
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