INTERVIEW / FEATURE 2019年7月10日

東大総長賞受賞者の素顔② 山岸純平さん ~細胞の謎に学際的に挑む~

 東京大学総長賞とは、学業や課外活動で業績を挙げ東大の名誉を高めたと認められた東大の個人・団体を総長が表彰するものだ。今回は2018年度受賞者のうち、学業分野で大賞を受賞した山岸純平さん(養・4年=受賞当時)の素顔に迫る。

(取材・武沙佑美、渡邊大祐)

 

総長大賞受賞を記念して。中央で記念品を持つのが山岸さん。左右の2人は総合文化研究科所属で、最新の論文の共著者である畠山哲央助教(左)と金子邦彦教授(写真は山岸さん提供)

 

高校時代 円城塔の作品から複雑系の科学へ

 

 山岸さんの研究は、さまざまな分野が絡み合う。関係する分野は生物学から数理科学、物理学、そして経済学にまで及び壮大だ。

 

 今年学部を卒業したばかりの山岸さんだが、論文は既に専門誌に掲載されたことがある。しかもそれは山岸さんが1、2年生の時の研究に基づく。研究室配属はおろか、専門分野も決まっていない前期教養課程の間の研究が、専門誌に掲載される論文にまで仕上がるのは異例だ。

 

 なぜ前期教養課程のうちから研究を始められたのか。「1年生の時から金子先生のゼミで研究していて」。金子邦彦教授(総合文化研究科)は生命現象を物理学の観点から解明しようとしてきた第一人者だ。そもそも東大入学を考えた理由の一つも、金子教授の存在だという。金子教授に憧れを抱いた高校時代の話を聞くと、その後の研究に至るテーマも見えてきた。

 

 高校時代、さまざまな学問分野に興味を持っていた山岸さん。部活動でディベートをする際に、数値で表され根拠になりやすいと経済学や、哲学に興味を持っていたという。

 

 そして高校2年生の時、ある小説と出会う。それは、SF小説『Self-Reference ENGINE』。著者の円城塔さんは金子研究室出身だ。作品にも研究と関係するテーマが登場する。他の円城作品やその参考文献を読みあさった山岸さんは、金子教授の著作にも強く感銘を受けた。

 

 山岸さんによると、金子教授や円城さんの専門は大枠では「複雑系の科学」。ある物の性質を考える際、さまざまな要素が影響を与えていると個々の要素の影響を考えても、全体の性質を説明できないものがあるという。この問題をモデル化とシミュレーションなどで解決しようとするのが「複雑系の科学」だ。聞き慣れない言葉だが、気象現象や経済などに広く用いられている。山岸さんは「複雑系の科学」に魅了されるも、まずは基本的なところからと古典力学や量子力学など物理学の基礎を独学で学んでいたという。

 

東大入学後 金子ゼミで細胞間のやりとりをモデル化

 

 東大に入学した山岸さんは、憧れの金子教授がゼミを開いていると知る。前期教養課程の一環として開講されている「『生命とは何か?』に迫る研究体験ゼミ(現・生命の普遍原理に迫る研究体験ゼミ)」だ。入学直後から2年間参加し続けた。

 

 金子教授らの指導の下、山岸さんが取り組んだのは「細胞間の共生の仕組み」の解明。細胞は自身にとって有益な物質を放出することがある。これはその細胞自体の生存には不利と考えられる、不思議な現象だ。放出された物質は他の細胞で利用されると考えられている。このように細胞間が共生する仕組みの解明は、生物が一つの細胞からなる単細胞生物から、複数の細胞からなる多細胞生物へ進化した理由を考える上で重要だ。

 

 山岸さんは、細胞同士が物質をやり取りする様子を数理科学や物理学を基にモデル化。シミュレーションした結果、細胞が物質のやり取りをしない場合よりも、複数の細胞同士が物質をやり取りした場合の方が、細胞の成長速度が速いことなどを確かめた。

 

 当時の山岸さんは週に1度、金子教授や斉藤稔特任助教(総合文化研究科=当時)と議論し、研究を進める日々を過ごしていた。サークルには入らず、ゼミに打ち込んだ。成果は論文にまとまり、後に専門誌に掲載されるほどの仕上がりだった。しかし山岸さんは当時を「打ちのめされていた」と振り返る。「自分が独自に考えた部分はありましたが先生方のアドバイスは圧倒的で、研究者の道に進む自信を失いました」

 

 実際山岸さんは2年生の夏に進学選択で、金子教授のいる教養学部ではなく、医学部医学科に進学する。「医学科で学べる基礎生物学への関心もありましたが、研究者ではなく医者になろうとも思っていました」。しかし生物学を学ぶうち「アカデミアに残りたい」という思いが強まり、転学部することにする。3年生を終えたタイミングで教養学部統合自然科学科に移り、金子教授の下で研究を続けた。

 

二つの細胞が物質の授受を通して共生する様子を山岸さんが単純化したモデル。左側の細胞が漏らした物質M₁を右側の細胞が取り込み利用する。細胞内の矢印は化学反応や遺伝子の翻訳を表す(図は山岸さん提供)

 

今後の展望 謙虚に研究を続け成果を異分野に還元

 

 4月から総合文化研究科の修士課程に進学した山岸さん。最新の研究では、これまでの研究の延長線上に経済学を導入。細胞同士の物質のやり取りの解明に、人同士の物のやりとりを記述するミクロ経済学を利用した。高校生時代の幅広い興味とつながる学際的なテーマだ。

 

 総長大賞の題目「代謝物の漏出とやりとりによる細胞間分業と共生の数理、物理そして経済学」にも学際性が際立つ。受賞した感想を聞くと「医学部から教養学部に転学部する時には家族ともめましたが、今回の受賞では認めてくれてその点でもうれしかった。一方自分が総長大賞を頂くのは恐縮で、浮かれる気持ちよりも今後の研究生活への期待と不安の方が大きいです」。

 

 学部の早い時期から研究を続けてきた山岸さんの原動力は、高校生の時に出会った2人の存在だ。「金子先生や円城さんへの憧れが大きいです。2人と同じ視点で世界を眺めてみたい」。私生活で研究に集中するこつは、家にインターネットを引かないことだとか。「ネットがあると大して好きでもないことに時間取られちゃうので(笑)」

 

 今後は生物の1個体を超え、生態系単位を物理学で理解することや、経済学で生命現象を理解する他、その知見を経済学自体にも還元することに興味があるという。最後に学部生へのメッセージを聞いた。「偏見を捨てながら、好きと嫌いにだけは忠実にいてほしいです」

 

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東大総長賞受賞者の素顔① Grubin ~最高の仲間と得た、最高のご褒美~


この記事は6月11日発行号からの転載です。本紙では他にもオリジナル記事を公開しています。

 

 

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