東京大学総長賞とは、学業や課外活動で業績を挙げ東大の名誉を高めたと認められた東大の個人・団体に総長が表彰するものだ。2002年に創設され、毎年約10の個人・団体が受賞している。今回の記事では2018年度受賞者のうち団体で受賞した川本亮さん(医・3年)、高橋宗知さん(医・3年)、山田陸さん(工・3年)の素顔に迫る。
(取材・武沙佑美)
持続可能な食糧利用を目指して
3人が主体で運営するプロジェクト「Grubin(グラビン)」では、アメリカミズアブの幼虫を用いて生ごみを分解する小型装置グラビンの開発に取り組む。名称はgrub(幼虫)とbin(ゴミ箱)から成る造語。フードロス大国の日本で食糧廃棄物を分解しリサイクルする装置を普及させて、持続可能な食糧利用の実現を目指す。「日本では途上国への食糧援助は盛んですが、国内のフードロス問題は未解決のままです」と山田さんは話す。
グラビンの内部には傾斜する坂構造が設置されている(図1)。生ごみを取り込んで成長した幼虫はその坂を登るようになり、登り切ると生ごみから隔離される仕組みだ。空気清浄機を備え付けることで消臭も可能な上、幼虫が生きていける環境を保ち他の虫の侵入やミズアブの脱出を防ぐ工夫なども凝らされている。
なぜアメリカミズアブを用いるのか。まず幼虫は自らの体重の2.5倍の生ごみを1日で処理できるほど高い分解能力を持つ。国内にも広く生息し、生態系に影響を与えることなく利用できるのも特徴だ。そして何よりも、食品を分解し成長したアメリカミズアブは養殖や家畜の優良な飼料として需要があるため、持続可能な循環が成立する。
2019年1月からは沖縄県八重瀬町で、生ごみを取り込み成長したアメリカミズアブの飼料としての有用性を検証する実証実験を開始。現地の養鶏場と協力し、粉末化したミズアブの幼虫を鶏の飼料として活用し経過を見守っている。地元住民との交流も活発で「家を貸していただいた上、地元の子供たちに勉強を教えたり近所の方々と晩酌したりと、プロジェクトの内容を越えた関係を築くことができ、協力いただいた沖縄県の方々には心から感謝しています」。3月には市長・町長ら含め150人以上の地域住民に向け報告会を開催した。
現在グラビンが見据えるのは2020年の東京オリンピック・パラリンピック。選手村にグラビンを導入し、食品リサイクルに力を入れる日本の姿勢をアピールしたい考えだ。「その第一歩として、5月よりクックパッドの社員食堂に装置を導入していただけることが決まりました」と川本さん。「まずはグラビンを世に出せる形に仕上げていくことが目標です」
協力者のおかげでたどり着いた総長賞
グラビンの原点は、17年11月に開催された国際的な学生向けビジネスコンテストであるハルト・プライズにある。入学早々親しくしていた川本さんと高橋さんは、工学に詳しい山田さんと3人で出場することにした。だがアイデア出しに難航した揚げ句、生き物好きだった川本さんの提案でミズアブに注目した。
当初はグラビンを用いて、カンボジアの路上に放置され腐敗する生ごみを処理することで衛生状態を改善するというビジネスモデルで勝負。初戦は突破したものの、結果的に18年5月に開催された日本予選で敗退した。「ハルト・プライズではアイデアが机上の論理になっていた印象があり、カンボジアでの実現可能性を実際に自分たちの手で確かめたいと思いました」
反省を踏まえた3人はクラウドファンディングで資金を調達し、1カ月間カンボジアへ。ミズアブを育て生ごみを分解させたり、現地の養殖・養鶏業者に頼んで飼料として試してもらったり、地元学生の協力を得て聞き込み調査を実践したりした。だが現地調査を経て感じたのは、外国人としてカンボジアでビジネスを展開することの難しさだったという。一方で「アメリカミズアブの分解処理能力が本当に高いということも分かったし、カンボジアの協力者たちの助けを無駄にしたくなかった」ため、グラビンのビジネスモデルを日本に適用させてみることを決意した。
その足掛かりとして18年9月、日本財団ソーシャルイノベーションアワードというビジネスコンテストに応募。優勝し活動奨励金1000万円を獲得した。「実は同時期に7、8個のコンテストに応募していたんですがボロ負けでした」。優勝は予想だにしていなかったという。だが優勝の理由として高橋さんは審査員が「若者の一見無謀なアイデアに期待を寄せてくれたのでは」と分析する。またカンボジアでの調査を経て「今まで助けてくれた人たちへの感謝の気持ちが、プロジェクト実現への強い思いとして表れていたのかもしれません」。
これまでの活動を通して痛感したのは、他人の協力を得ながらプロジェクトを進めていくことの重要性だ。「私たちがここまで来れたのは多くの人の助けがあったからです」。カンボジアの現地調査ではもともと川本さんと知り合いだったカンボジア人の学生が仲間を呼び集め、現地の人との通訳や移動を手伝ってくれ、沖縄県での活動も常に地元住民の温かい支えと後押しがあった。今も「沖縄県での活動は、縁あって知り合った東京理科大学の学生が仕切ってくれています」と、協力者は増え続けている。
グラビンに取り組む日々は地道な作業の連続でうまくいかないことがほとんどだという3人。だからこそ総長賞の受賞は「東大生として最高のご褒美」で、多くの人と協力しながら活動してきたことが報われて嬉しかったと振り返る。そんな彼らの日々の活動の原動力となっているのは「これがやりたい!というワクワク感ですね。それから何よりも、グラビンを通してできた仲間が一番の財産です」。3人をはじめ多くの人の熱い思いを背負ったグラビンの今後が楽しみだ。
2019年5月28日6:00【記事訂正】記事中3枚目のカンボジアの市場での写真につきまして、キャプションが間違っておりましたので訂正いたしました。混乱を招いてしまい、心よりお詫び申し上げます。
この記事は、2019年5月14日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。
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