文化

2021年7月18日

【漫画×論評 TODAI COMINTARY】鴨川つばめ・『マカロニほうれん荘』

 今や日本が世界に誇る文化となった漫画。編集部員自らがぜひ読んでほしいとおすすめする漫画作品(Comics)を、独自の視点を交え、論評(Commentary)という形(Comintary)でお届けする本企画。今回は、『マカロニほうれん荘』(鴨川つばめ)を取り上げます。

 

秋田書店、税込499円 ©鴨川つばめ(秋田書店)

 

「不気味」なシュールさ

 

 鴨川つばめの『マカロニほうれん荘』は「伝説のギャグ漫画」としていまだに熱狂的なファンを持つ。だがその人気に反して「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)での連載期間は1977年から79年までの2年間、単行本にしてわずか9巻という短さ。作者が精神的に追い詰められ、連載を終了せざるを得なくなったからだ。当時の編集者いわく、鴨川は部屋を真っ暗にし、眠らない状態で一人描き続けていたのだという。一説によると、背景にあったのは少年週刊誌の競争の激化。人気作家を囲い込むため、他誌で描かせる余裕を与えないよう仕事量を増やすという当時の編集部の思惑があったそうだ。鴨川は過酷な環境の中、対人恐怖症になり、最終的には漫画家を辞めて職を転々とするようになる。

 

 このような作者の破滅的な結末もまた、本作品がカルト的な人気を誇る一因だ。なんと、鴨川の精神状態の推移を作品中に見いだすことができるのである。綿密だった背景画も、最終話近くになるとぐちゃぐちゃに。当初はペンが使い分けられていた人物と背景も、終盤では同じサインペンで描かれるようになる。それまで直線だったドアやふすまの線は、やがてフリーハンドで描かれたかのようにゆがんでいく。読者は読み進めるうちに作画の変化に戦慄(せんりつ)することになるだろう。

 

 さて内容はというと、端的に言えば相互に独立した予測不可能なギャグの連なりである。主人公は、平凡な高校1年生の沖田そうじと、同じ高校で落第を繰り返す25歳の膝方歳三、40歳の金藤日陽。3人の下宿先である「ほうれん荘」が主な舞台となって物語が展開していく、という流れには一応なってはいるものの、作品中に一貫したストーリー性はほぼないと言って良い。文脈を完全に無視したシュールなギャグが連発され、ページをめくるごとに読者は面白さというよりは不気味さを覚えていくはずだ。

 

 そもそもこれはギャグなのかと疑問を抱く者もいるだろう。笑いよりも先に困惑が来る作品は、ギャグ漫画と呼べるのか。作者自身がギャグ漫画性を否定しているようにも思えるのである。だがそのような否定こそが、逆説的に本作品のシュールさを強調しているのかもしれない。いずれにしても、あらゆる点で規格外の一作であることは間違いない。【閃】

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