杦山真史さん(工学系・博士2年)、野崎京子教授(同研究科)らの研究グループは全ての頂点にフッ素原子が結合した立方体型の分子「全フッ素化キュバン」(図)の合成に成功したと発表した。立方体の内部に電子を閉じ込められる全フッ素化キュバンの性質は材料科学への応用が期待される。成果は現地時間8月11日付の米科学誌『Science』(オンライン版)に掲載された。
立方体型のキュバン、正二十面体型のドデカへドラン、サッカーボール型のフラーレンといった多面体型分子について、全ての頂点にフッ素を結合させると多面体の内部に電子を閉じ込められることがシミュレーションでは予想されていたが、そのような分子の合成は達成されていなかった。
杦山さんらは立方体型分子のキュバンの8個の頂点にフッ素を導入し全フッ素化キュバンの合成を行った。従来の研究ではキュバンの頂点に一つずつフッ素原子を導入する化学反応が用いられていたが、この方法では最大2個のフッ素原子しか導入できなかった。今回の研究では気体のフッ素を用いることで複数のフッ素原子を一挙に結合させる手法を検討した。
有機合成化学の分野では、フッ素ガスは有機化合物と爆発的に反応するために、反応の制御が難しいとされてきた。これに対して、研究グループのAGC株式会社はフッ素ガスの反応性を制御しながら有機化合物にフッ素原子を導入する「PERFECT法」を開発していた。今回、杦山さんらはPERFECT法を使ってキュバンに7個のフッ素原子を導入することに成功。別の化学反応を使って8個目のフッ素原子を導入し、全フッ素化キュバンを合成した。
同研究グループは電気化学測定・吸光測定という二つの実験手法で、合成した全フッ素化キュバンが確かに電子を受け取りやすい性質を持つことを確認した。さらに、実際に電子を受け取った状態の全フッ素化キュバンを低温固相マトリックス単離ESR法という手法により観測している。有機ELなどのデバイス開発の基礎である有機エレクトロニクスの分野ではこれまで電子を受け取る分子が使われており、今回の成果も将来的には材料科学の発展に寄与すると期待される。