報道特集

2023年11月14日

誰でも東大生になれるか? データ・社会・正義論から考えるこれからの入試

 

 「教育理念に共鳴し、強い意欲を持って学ぼうとする志の高い皆さんを、日本のみならず世界の各地から積極的に受け入れたい」。東大のアドミッションポリシーにはこう高々と掲げられている。だが、本当に誰もが東大生になることができ、格差は存在しないのだろうか。これからの入試を考える土台として、データから見える現状を、教育社会学・正義論の見地から考察した。(取材・岡拓杜、渡邊詩恵奈)

 

東大生の半分は私立出身!? データが示す東大入試

 

 「東大合格に必要なことがあるとすれば、何だと思いますか。三つまで選択してください」。東京大学新聞社が本年度3月28、29日に実施した新入生アンケートで、2820人の新入生から回答を得た。「自己の努力」という答えが約6割あった一方、「周りの学習環境」や「保護者の経済力」といった外的要因を挙げる回答も50%前後あった。これは、東大生の実感として環境の違いが努力と並んで合格に影響を及ぼすことを示唆する。どのような環境要素が東大生になることに影響するのか、以下の3点から分析する。

 

 一つ目は経済力。東大が学部生・大学院生を対象に実施した2021年度学生生活実態調査によると、世帯収入が950万円以上の割合は4割を超え、「分からない」(24.0%)を除けば過半数を占める(図1)。同年の厚労省の国民生活基礎調査では、児童のいる世帯のうち年収が950万円を超えるのは全体の3割程度で、東大生と比べて少なくとも12ポイント低い。

 

世帯年収
(図1)世帯年収(厚生労働省『令和4年国⺠生活基礎調査』、東大『2021年度(第71回)学生生活実態調査結果報告書』を基に東京大学新聞社が作成)
東大生出身校
(図2)出身校(大学通信オンライン「東京大学2023 年 大学合格者高校別ランキング」を基に東京大学新聞社が作成)

 

 二つ目は出身高校。本年度東大入学者の約半数が、東大合格者数で上位30校に入る高校を卒業している(図2)。上位15校は全て東京圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)または大阪圏(大阪府、京都府、兵庫県、奈良県)に位置し、うち12校は私立だ。新入生アンケートでは約半数が私立高校出身で、うち9割が中高一貫教育を受けていることも分かった。このことは東大志願者の出身校所在地の構成にも表れている。関東出身者の割合は共通テストの志願者における割合と比べ、約21ポイント高い(図3)。どの都道府県にも優秀な高校生がいるにもかかわらず多少の地域差が見られる。

 

東大生出身地域
(図3)出身地域(大学入試センター『令和5年度大学入学共通テストの志願者数等について』、東大『令和5年度 東京大学第2次学力試験(前期日程)合格者発表等について』を基に東京大学新聞社が作成)

 

 三つ目はジェンダー。東大生における女性の割合が低いことはかねて指摘されている。その一因として、男女で浪人に対する姿勢が異なることが挙げられる。女性は男性と比べて現役志向の人が多く、不合格だった場合に何浪まで東大を受けるかという新入生アンケートでの質問に対しては、「現役のみ」と答えた割合は女性が男性より13ポイント高かった(図4)。周囲の人々や社会の意識により、女性本人の東大受験に対する意志が醸成されにくいことが考えられる。

 

 

東大男女比
(図4)浪人に対する姿勢(東京大学新聞社『2023年度 新入生に対する調査』を基に東京大学新聞社が作成)

 

 東大受験者における合格率に関しては男性が32.5%、女性が31.2%で差は小さい。また、出身地域についても、志願者と合格者の出身地域構成比はほとんど変わらず、合格率は出身地域にかかわらずおおよそ同じであることが分かっている(図3)。合格率を踏まえると、問題の本質が試験自体に内在しているのではなく、出願に至るまでの間に何らかの社会的要因がこうした傾向を生み出している可能性があると予想される。

 

その改革は必要か? 社会から見る東大入試

 

 明らかになったデータを社会の視点で改めて捉え直すと、数字の奥に潜む大きな構造が見えてくる。マクロな視点からこれからの入試を考えるヒントを得るために、社会変動と選抜をテーマとした教育社会学を専門とする中村高康教授(東大大学院教育学研究科)に話を聞いた。

 

──東大合格者の構成は家庭の経済力や出身校、出身地域の点で偏りがあるように見えますが、これらは教育格差と関連があるのでしょうか

 

 格差の定義にも依存するため、これらの偏りを一概に格差と言えるかは判断し難いです。合格者が偏っているのは確かですが、何を基準とした格差なのかによって微妙に見え方も変わります。例えば、地域差については、東京にある他大学と比較した場合に、東大は地域的多様性が相対的に保たれていることも事実です(図5)

 

東工大 一橋大 出身地域
(図5)他大学の合格者出身地域(東京工業大学、一橋大学の発表を基に東京大学新聞社が作成。前者は昨年度、後者は本年度のデータ)
 

 

 出身校の偏りについては、1960年代まで東大合格者は公立高校出身者が多く、東京でも都立高校が圧倒的に多くの東大合格者を輩出していました。では、その当時、東大生の世帯収入に偏りがなかったかというと、そんなことは全然ないという研究結果も出ています。やはり、経済的に恵まれた人が進学校に行って東大に来るというパターンは同じでした。エリート高校・大学をつぶして教育機関を平準化したとしても、特権層のルートがなくなることはなくて、新しく別のルートが形成されるだけだと思っています。つまり、出身高校に新たな多様性が生じたとしても、実際に東大に進学する人の社会階層は変わらないということです。東大合格者の出身高校の偏りには単純に考えられない難しさがあります。

 

 また、教育格差は入試によって生み出されているとも言い切れません。所得が低かったり、特定の高校出身でなかったりするから東大に入れないわけではないですよね。こうした偏りは、入試という選抜の在り方よりも、もっと外側の構造に原因があるのではないでしょうか。

 

──「外側の構造」とは

 

 具体的に私が専門とする教育社会学の最も確かな知見の一つに、教育の達成度合いが親の年収や職業、学歴を含めた社会階層に影響を受けるという定説があります。親の社会・経済的地位が、幼少期からの教育も含めいろんな形で作用して、子どもの将来の方向性が自然と制約されてしまうのだと考えています。もしかすると地方に社会・経済的地位の高い層が相対的に少ないという側面があるのかもしれません。

 誰が東大生になれるかも「外側の構造」に影響を受けていると言えるでしょう。家庭の経済力、出身校、出身地域のデータの偏りはこうした「外側の構造」の表れにすぎず、表面的な東大合格者比率などの数字を仮に均等にできたとしても、根本的な解決にはならないのです。

 

──現実社会で行われている入試改革について聞きます。東大では2016年度入試から学校推薦型選抜が始まりました。これは東大合格者の属性にどのような影響を与えているのでしょうか

 

 データを見ると女性の割合や地域的な多様性も増えていて、学校型選抜は多様性を高める方向に機能しているように思います(図6)。このことはある程度予測されていた部分もあり、学校推薦型選抜では、1校当たりの推薦数を4人に限り、そのうち男女は各3人までといった制限をかけています。東大志望者の多い学校にキャップをはめる仕組みになっているのです。ただ、性別カテゴリーを使うことや推薦数の限定によって特定の学校の生徒が不利になることに対する疑問は出てくる可能性があります。やはり結果だけを見るのではなく、慎重な議論を重ねていく必要があると思います。

 

東大男女比
(図6)一般選抜(左)と学校推薦型選抜(右)での東大合格者の男女比(東大『令和5年度 東京大学第2次学力試験(前期日程) 合格者発表等について』を基に東京大学新聞社が作成)

 

──近年日本では、大学入学共通テストの導入や学習指導要領の改訂など入試や教育制度の改革が進められています

 

 こうした制度改革は、社会階層レベルでの格差には直接的に大きく影響するものではないように思います。社会階層はかなり安定的だというのが、データ分析による定説で、制度が変わったら、大きく格差が縮小したり拡大したりするようなことは想定しづらいです。ただ制度改革が格差と無関係だというわけでもありません。今話題になっていますが、2025年度共通テストから導入される「情報Ⅰ」で、専任の教員を十分に確保できてない県があります。情報は高校1年生のうちに授業を終えてしまうことが多いので、今の2年生が新課程入試を受けるときに、一部の生徒は情報の教育が不十分なまま受験することになります。平均して問題がないから良いとするのではなく、改革により不利益を被る人たちがいないかどうかを見ていく視点を常に持っておくことが大切なのではないでしょうか。

 

──米国の入試制度を賞賛する声もあります。日本への導入についてどう考えますか

 

 米国の制度を手放しで礼賛してしまい、安易に日本に導入するのは問題だと思います。米国の入試においてエッセイや高校での成績、面接など多面的な評価基準が導入されていった歴史的経緯は複雑で、ハーバード大学などアメリカの名門大学で20世紀初頭にとられた入学政策に由来します。これらの大学は当初、特権的な大学でもあって、上流階級出身の若者が勉強やスポーツ、文化に親しむ社交的な場として機能していました。そこに、ユダヤ人をはじめとする向学心のある移民出身の人々が多く入学するようになると、さまざまな選抜を取り入れて彼らを排除しようとした歴史があります。その結果生まれた選抜方式は、今では多様性を掲げる大学の理念とも親和していて、悪い制度だとは思いません。ただ、逆に言えば階級的な選抜の制度として悪用することが簡単にできる制度でもあります。医学部で面接を行うのは良いことだとして推進した結果が、性別を理由に女性が不当な差別で不合格とされた不正入試につながったわけです。差別に容易に転化しそうな制度でも十分検討せずに受け入れてしまう社会的なメンタリティーが醸成されることで、特権階級に有利な選抜が多様性の名の下に次々と制度化されてしまう可能性を、私は危惧しています。

 

──これからの入試制度を考えるに当たり求められる姿勢とは

 

 世の中全体が既存の制度では駄目なんじゃないかという不安を抱える中で、「薄甘い教育理念」に乗せて、上っ面をなでるような改革ばかりが行われているような気がします。改革と言っても、そんな簡単に良い解決案が思い付くことはありません。大抵の場合、解決策として出てくるのは、昔から言われてきたことと中身が同じ話の繰り返しで、それを実行したからうまくいくなんて保証はどこにもないわけです。この数十年の間に数え切れないほど教育改革をやってきましたが、何が成功しているのか分からないままになっています。目先のうまそうな話に食いついて改革を過大評価するのではなく、改革の成果を事後検証しなければいけません。入試は、受験生にとって将来の進路が変わるような非常にストレスがかかるイベントです。改革する側も、それを見る側も、受験生の負荷を念頭において、その改革が本当に必要なのか冷静になって考えてほしいと思います。

 

中村高康先生写真
中村高康(なかむら・たかやす)教授(東京大学大学院教育学研究科) 96年東大大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。大阪大学准教授、東大大学院教育学研究科准教授などを経て、13年より現職。

 

入試における平等とは? 正義論から見る東大入試

 

 社会階層という「外側の構造」が現実社会に影響を及ぼす実情が中村教授から提示された。大学入学共通テスト導入などの現実社会の改革を再考するに当たり、「理想の世界」は何かという原理に立ち返ってみる必要がありそうだ。理想の世界と現実社会に注目し、社会の中でどのように公平や平等を実現していくのか考える学問分野に正義論がある。現状存在する受験生間の格差解消の手がかりはどこにあるのか、正義論などの政治哲学を専門とする井上彰教授(東大大学院総合文化研究科)に話を聞いた。

 

──正義論における正義とは何でしょうか

 

 正義論における正義と日本語の「正義」には、ずれがあります。日常的に使用される「正義」の場合、社会において自分が望ましいと考える行動や思考に、他者からの影響や他者との衝突の存在が意識されることはありません。しかし、個人の「正義」の場合、自分の求める望ましさの基準は果たして他者に受け入れられるものだろうか、という発想がないため、普遍的な特徴を有するはずの正義を体現するものとはなり得ません。

 

 一方、正義論における正義は、衝突が起きるものだという前提に基づいています。社会というのは、一人では生きていけない脆ぜいじゃく弱な人間が、共に利益を目指す他者と一定の協力関係を結んだ方が良いという考えに基づいています。そうした中でどのようにして衝突を回避・裁定をし、互いに利益をもたらす形で社会を構成していくのかを考える際に正義という観点が重要になります。この点で、正義論における正義は、個人が勝手に「これが正しい」という形で正義を決めていく、日常的に使われる「正義」とは異なっています。

 

──正義というのは理想を語るという面で現実とは相いれない存在だという考え方もあると思います

 

 現実とかけ離れた正義は使い物にならないと、現実に重きを置いて考える人も多く存在します。しかし現実が問題だらけだという直観は誰しもが持っているものです。重要なのは、そうした問題をどう是正すべきかです。理想的な世界と現実を照らし合わせることで問題意識を持ち、是正すべきポイントに気付くことができるわけですから、正義論は現実社会を考える上で重要な役割を果たします。

 

 格差一つ取っても、どの格差が許容でき、どの格差が看過できないかの基準はさまざまです。人によって異なる現実の問題性に対する直観を言語化し、どういった是正をすべきかについて議論をしていくための土台となる正義は、必要不可欠なものです。正義という傘の下で是正の方針を決めることが正義論の役割であり、おのずと理想というものが必要になります。

 

──では、正義論の観点からすると、入試において平等をどう実現していけば良いのでしょうか

 

 理想的には競争条件を平準化し、入り口の時点で差が生じないことが求められるかと思います。現実社会に存在する社会的な格差に絡む生まれや育ちのような運の影響は、是正する必要があります。しかし入試制度があくまで社会の一部であることを踏まえると入試制度だけを変えることには限界があり、場合によってはさらなる格差の拡大につながってしまう危険性をもはらんでいます。生まれ・育ちによる恣し意い的な格差を是正するということは社会全体の目標とすべきですが、現実的には長期的な改革を伴います。社会制度のごく一部である入試制度だけを見るのではなく、制度が実際にどのように運用されているのかという視点で考えることが必要です。

 

──格差是正の社会的な手段であるアファーマティブ・アクションは正義論の観点でどのように論じられてきたのでしょうか

 

 正義論において、理想的世界をベースに、現実を抽象化した非理想的世界をターゲットとした場合のアファーマティブ・アクションの必要性は、長年議論されてきました。理想的には競争条件が平準化され、人々は基本的に自らのパフォーマンスで評価されるべきです。しかし理想的世界とは異なり、競争の入り口で社会的背景などの格差を是正し切れていない現状では、アファーマティブ・アクションは正当化できるものとして考えられます。平準化から離れた位置にある現実を理想的世界に照らして是正していく必要があるからです。

 

──最後に、受験生へメッセージをお願いします

 

 文系理系問わずこのような問題について積極的に考え、議論に関わる人に東大に入学してほしいと思います。東大は世間の注目を受けやすく、東大の変化は社会にも影響を及ぼすことが多いので、社会に対する責任を担っていける人を期待しています。自分の恵まれたポジションを自覚して社会に還元すべきだというのではありません。むしろ正義論の観点からすると、社会の中で自分たちが入試制度にとどまらず、どういった形で社会を変えていけば、みんなが利益を得られる社会にできるのか考えることが重要です。社会を巻き込む変化を率先してもたらすべく、積極的に議論することをいとわない人に入ってきてもらえればと思います。

 

井上彰(いのうえ・あきら)教授(東京大学大学院総合文化研究科) 05年東大大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。06年オーストラリア国立大学大学院博士課程修了。Ph.D.(Philosophy)。立命館大学准教授などを経て、21年より現職。
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