PROFESSOR

2023年11月7日

デジタル社会の今、読書は大事? 東大CEDEP×ポプラ社 「子どもと本」の関係を研究する

 

 「読書離れ」という言葉が登場してから約45年、若者の読み物への関心は低下し続けている。そのような中、東大大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター(東大CEDEP、①)はポプラ社(②)と共に、幼少期における読書の価値を科学的な観点から明らかにする取り組みを始めた。研究開始の背景にある思いや研究の内容・成果、そして本研究を通してこれから築きたい読書環境について東大CEDEPの佐藤賢輔特任助教(東大大学院教育学研究科)に話を聞いた。(取材・高倉仁美)

①:子育ての課題を協創探究し、解決の道筋を国際的に発信することを目的とした研究拠点
②:児童書・一般書・学習資料や百科事典などの出版及び教育 ICT 事業を行っている

 

デジタル時代の今こそ、読書の価値を追究する

 

──「子どもと絵本・本に関する研究」プロジェクトの概要を教えてください

 

 子どもにとっての「絵本・本」の価値を科学的なアプローチで明らかにすることを目的としたポプラ社さんとの共同研究で、調査研究、実験研究、文献事例研究を三つの柱に据えています。家庭や幼稚園・保育園などにおける読書環境、子どもの読書や読み聞かせ習慣に関する調査や、電子書籍と紙の本それぞれの特徴や差異をテーマとした実験、読書が言語や非認知能力の発達に及ぼす効果の検証など、子どもと絵本・本の関係について多角的に研究を行っています。

 

──この研究を始めるに至った思いを教えてください

 

 「読書離れ」は私が生まれる前から言われている問題ですが、今も教育や出版に携わる人をはじめとして多くの人が、子どもが本をどんどん読まなくなって、本に興味を示してくれなくなることを危惧しています。本の価値を追究しそれを発信することで、本からどんどん離れていく今の社会において「豊かな読書環境とは何か、どうすればそれを実現できるか」を改めて考えていきたいという思いがあります。

 また、デジタルメディアが普及しているこの時代だからこそ改めて読書の価値を解明することに意味があると思っています。デジタルメディアには代替できない読書の魅力を明らかにすることもですが、デジタルと競合するばかりではなく、デジタルをうまく生かせるような読書の形を考えていく必要もあると感じています。読書固有の価値や新しい読書の形などについて社会に提言ができるよう、エビデンスを蓄積していっています。

 

──産学連携だからこそできることは

 

 研究の方向性はポプラ社さんと密に議論をして共に決めています。何を研究するかという話になった時、われわれ研究者とポプラ社さんが気になる点が違うことが結構あり、面白いです。研究者は具体性や細部にこだわる傾向がありますが、ポプラ社さんは「紙の本とデジタルの本ではざっくり比べたらどちらが良いんですか」といった素朴な疑問を持ちます。そのような疑問から出発し、話し合いながら具体的な研究の形に落とし込んでいくという段取りは産学連携ならではのやり方だと思います。

 

 研究内容の発信に力を入れられることも産学連携の強みだと思います。研究者のみだと、データをとって、論文を書いて、学会で発表して、という流れの繰り返しで、研究成果の社会的発信まで考えるゆとりがないことがありますが、ポプラ社さんのノウハウを広報などに生かすことができます。これまでシンポジウムやセミナーの開催の他、調査結果をまとめた冊子(図1)や、公立図書館での乳幼児・保護者向けの取り組み等を紹介する冊子を作りました(図2)。自らの研究内容に加え、地域や幼稚園・保育園の活動なども発信することで社会全体の読書推進活動を後押しできると考えています。

 

──発信活動が社会に届いた! と感じた場面はありますか

 

 ネットニュースや業界紙などに取り上げてもらうことが増え、自分たちの活動に注目してくださる方が増えていることを実感しています。一方で、メディアに取り上げられたことで一時的に一部から注目されても、その情報はすぐに流れて行ってしまいます。出版業界の方や図書館業界の方などからもニュースになっていたことを知りませんでしたと言われることも多いです。そういう意味では、短期間で消費されないインパクトある発信をするための課題がまだまだあると感じています。

 

 

本はコミュニケーションを取るためのツールの一つ

 

──読書が子どもにもたらす好影響で、既に立証されているものはありますか

 

 読書が言語能力の発達にポジティブな影響を与えるということは古くから研究で証明されています。2歳までの子どもは、テレビや動画などの一方向のコンテンツから学習する力が乏しいです。教育番組などを見聞きしていても、出てきた単語を覚えることやその意味を掴むことはほぼできません。幼児の言語能力はコミュニケーションを通して効果的に発達します。保護者と幼児が一緒に絵本を読む際には、保護者が分かりやすく発音したり、幼児の反応を見ながら読み方を変えたり単語を繰り返したり、絵や単語の意味を教えたりします。これらは全て幼児にとってコミュニケーションそのものであり、このような体験が自然と言語能力を発達させるのです。

 

──本を用いない日常会話のみでも言語能力は発達する、とも考えられますが

 

 確かに日常会話は言語能力の発達に大事ですが、会話をするには話題が必要です。絵本は大人と子どもの間に話題を提供してくれるので、やり取りをするためのツールの一つになると思っています。さらに朝の準備の時の会話や食卓での会話と同じように、絵本は「絵本を読む時の会話」という、日常的に行われ、馴染みやすいやり取りのフォーマットにもなり得ます。また、他のことをしながらの会話ではなく、子どもと大人がじっとして一緒に同じ絵や文字を追って会話をする、というのは絵本が提供してくれる特有の経験です。

 

──言語能力の発達以外に幼少期の読書がもたらす影響は

 

 幼少期は本という媒体そのものに慣れ親しむ時期でもあります。大人と一緒に読むことで本の読み方を身に付け、本から多くの情報を得られることや本を読む楽しさを体感する大事な時期です。

 幼少期には大人が子どもに読み聞かせをしてあげる必要がありますが、子どもが「このページは飛ばせ」とか、「今のシーンをもう1回読め」とか、話の筋とは全く関係のない絵に対して「これはなんだ」とか言い出すこともあります。大人がイメージするお話を読むスタイルにならず、少しイラッとすることはあるかもしれません。しかし、いろいろな読み方ができるね、楽しいね、と子どもを肯定し、どんな形であれ本に親しみ楽しむ姿勢を育んであげることが大事だと思います。

 3〜5歳頃になると、テレビや動画からも言葉を覚えて意味を理解できるようになります。一方で、文字はまだ十分には読めず、本を読む時は大人のサポートが必要です。子どもがデジタルメディアを使うようになっても、本を読む手助けや後押しがあれば、子どもは本を身近に感じ続けます。このような経験があると、子どもが一人読みできるようになった時、娯楽や情報収集のツールとしてデジタルと本の両方を使えるようになると考えています。

 

──逆に今まで解明できていなかったことはありますか

 

 本には動きや音の情報が含まれていないため読書中は必ず想像力が必要になることから、読書は想像力の発達に良い、という考えは社会に浸透していると思います。「子どもの読書活動の推進に関する法律」の第二条にも「子ども(おおむね十八歳以下の者をいう。以下同じ。)の読書活動は、子どもが、言葉を学び、感性を磨き、表現力を高め、創造力を豊かなものにし、人生をより深く生きる力を身に付けていく上で欠くことのできないものである」と明記されています。しかし、読書と想像力の関係について実証的な研究はこれまでほとんど行われていません。これは現在本共同研究が重点的に取り組んでいるテーマの一つです。

 自尊心や好奇心、共感性や協調性などIQテストで測定しにくい能力は「非認知能力」と呼ばれ近年注目を集めていますが、本共同研究は、読書が非認知能力に及ぼす影響にも着目して研究を進めています。現在、同じお子さんを数年間追跡し、読書習慣と人の気持ちを推測する能力などの非認知能力の発達との関連について調査・分析をしています。

 

「子どもと絵本・本に関する研究」の研究内容(東大 CEDEP とポプラ社の発表を基に東京大学新聞社が作成)
「子どもと絵本・本に関する研究」の研究内容(東大CEDEPとポプラ社の発表を基に東京大学新聞社が作成)

 

紙かデジタルか、子どもが自分で選べばいい社会へ

 

──紙の絵本とデジタルの絵本を比較した研究の結果は

 

 4〜6歳児とその保護者に同じ絵本を紙とデジタルで読ませ、紙とデジタルで子どもの理解度や読み方にどのような差があるのかを検証しました。結果から言うと、紙とデジタルでは差はほぼありませんでした。デジタル絵本は子どもの発達に良くないのでは、内容を理解できないのでは、内容よりも機器の操作やナレーションなどデジタル特有の特徴の方に注意が行ってしまうのではと懸念される方は多いと思います。しかし、そのような心配はほとんどなく、初めてデジタル絵本に触れるお子さんでも、紙の絵本と同じようにデジタル絵本を保護者と一緒に楽しめるということがわかりました。非常に興味深い研究結果だと思います。

 

デジタル絵本と紙の絵本の比較実験の様子 出典:https://cedep.meclib.jp/20211105-seminar-sato/book/index.html#target/page_no=7
デジタル絵本と紙の絵本の比較実験の様子
出典:https://cedep.meclib.jp/20211105-seminar-sato/book/index.html#target/page_no=7

 

──それでも、デジタル絵本を選ぶハードルは高いように思われます

 

 デジタルと紙どちらでも良いと言われると、「じゃあ今まで通りで良いか」と紙が選好され続けるかもしれません。しかし、エビデンスを示して「デジタルは紙に劣らない」と発信することは、デジタル絵本は良くないというイメージを払拭できる点で大きな意味があります。例えば、デジタル絵本を子どもに読ませることに対する大人の罪悪感や不安を減らせるのではないでしょうか。漫画は今では画面で読むことが多いことを考えると、デジタルのメリットが広く認識されれば、デジタル絵本も一般的な選択肢になっていく可能性はあると思います。最初から子どもにとっての本は紙媒体に限ると決めつけるのではなく、紙かデジタルか、子どもの好みやメディアの特徴に応じて、読書の形を選べるようになったらいいなと思います。

 現状では、書籍一般と比べるとデジタル版を利用できる絵本は少ないですが、今後は増えていくと思います。また、デジタル固有の絵本表現も今よりもポピュラーになっていくかもしれません。アニメーション、効果音、ナレーションなどの挿入にとどまらず、電子辞典と連携させたり、自分が描いたキャラを登場させたりするなど、デジタルならではの機能を活かした絵本が既に多くあります。このような絵本表現がより身近になってくると、お子さんや保護者にとっての選択肢も増えていくと思います。

 

──現在デジタル書籍を用いた取り組みの事例はありますか

 

 海外では、比較的古くから絵本を含むデジタル書籍が普及し始めていましたが、日本で始まったのは最近です。GIGAスクール構想(全国の児童生徒に対する平等に個別最適化された教育ICT環境の実現を目指す)によって、現時点で、日本の小学生のほぼ全員が個人でデジタル端末を利用できるようになっています。これを背景に、デジタル書籍を用いた学習を行っている学校もあります。例えば、デジタル書籍であれば、教科書以外の本でもクラスの全員で同じ本を同時に読むことができるようになります。さらに、本を読みながら、必要に応じてブラウザにアクセスし読書と調べ活動を同時並行に行えるなど、デジタル書籍は教育の形をも広げています。

 

──日本でデジタルの活用が遅れたのはなぜでしょうか

 

 日本では、デジタル機器やデジタルメディアは子どもの発達や学習へ悪影響を与えるといったネガティブな印象が強いことが大きな原因かもしれません。そのようなイメージの影響もあり、子育てにおけるデジタルの利用は、保護者が他のことをできるように子どもを画面に集中させるという子守のような使い方にとどまっていることが多いと思います。まずは「これ一緒に使ってみようよ」「こうやると面白いことができるんだよ」と大人が子どもと一緒になって使い、一緒に学ぶというデジタルの使い方もある、という認識が広まることが大事だと思っています。

 

「読書」の枠組みを広げていきたい

 

──読書離れの原因をどのように考えますか

 

 先ほど述べた通り、幼少期に本を読む体験を十分にしなかった子は自然と読書から離れていくかもしれません。それとは別に、動画サイトなど魅力的なコンテンツが増え、相対的に読書が好きでない人が増えた、という考え方もあると思います。しかし、誰も最初から本が嫌いなわけではなく、むしろ好きな子の方が多いと思います。例えば保育園や幼稚園で本の読み聞かせをした時、つまらないと言って輪から外れていく子どもは少ないです。幼少期から読書経験を積み重ねていく中で、どこかでつまらなくなったり、他のことに夢中になったりして本を読まなくなるのだと思います。読書に楽しさよりも堅苦しさや難しさを感じ、読書から脱落していく子が多いのかもしれません。

 

──読書の楽しさを維持するためには何が必要だと考えますか

 

 読書は、1冊の本を最初から最後まできっちり読むものとして捉えられがちです。しかしそれが合う人もいれば合わない人、また合わなくなる人もいます。一冊の本を一気に読み通す必要はないし、好きなページを繰り返し読んでも良いし、漫画や図鑑を読むのでも良い。楽しくさえあればどんな本への親しみ方も全部読書だよ、という認識を子どもや子どもを取り巻く大人が持っていれば、本を楽しむ姿勢は続くかもしれません。

 例えば、僕もそうだったんですけど、読書感想文が嫌いな子は多いと思います。そこで、漫画の感想だとか、口頭発表もありにするとか、課題図書や形式を指定しない形にすると、ただただ本に慣れ親しむ機会として楽しめる子が増えるかもしれません。

 

──読書離れの現実的な阻止のために何をすべきでしょうか

 

 単純な課題解決策はなく、単に研究内容を社会に広く発信するだけでは効果がありません。どういう地域や家庭にどのようなニーズがあるのかを分析し、需要に応じて適切な発信をする必要があると思います。例えば、忙しくて本を読む時間がない家庭やそもそも本がない家庭では、園など家の外で絵本と接する経験がより重要になりますし、日本語以外を母語とする子どもにとっては、図書館の蔵書やサービスが多言語対応することが重要になります。読書の大切さも分かるし、家にも本はあるけど子どもがテレビばかり見る、と悩んでいる家庭があれば、漫画や電子書籍も本だし、好きなところだけを読むのでもいいよといったように、もっとのびのび読むことを肯定するような意識の変化が助けになるかもしれません。このように、課題に合った適切な発信や取り組みを、家庭、園や学校、地域など、子どもを取り巻く全ての層を巻き込んで行っていくことを目指しています。

 

──これからどのような読書環境を目指したいですか

 

 個人的には、読書の効果に関するエビデンスがあったとしても、楽しくないことをやっていてもつまらないし、大人としても子どもに楽しくないことをさせるのは好みません。これから子どもが読書をし続けるためには、読書は気軽にのびのびとやるものだというイメージに塗り替えていくことが大事だと思っています。「読書はこうあるべき」という枠組みが取り払われ、人それぞれ好きなやり方で読書して良いんだよというメッセージを、子どものうちから自然と受け取れるような環境になれば良いなと思っています。

 

佐藤賢輔(さとう・けんすけ)特任助教 (東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター) 14年東大大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学。共愛学園前橋国際大学特任研究員などを経て20年より現職。

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