インタビュー

2022年9月7日

【歌人・井上法子さんインタビュー】世界から言葉をもらい、世界のために詠う

 

 「煮えたぎる鍋を見すえて だいじょうぶ これは永遠でないほうの火」。2009年に早稲田短歌会に入会後、23歳で第56回短歌研究新人賞次席となり、現在東大大学院総合文化研究科に在学中の歌人・井上法子さん。冒頭の表題作など200首を収録した歌集『永遠でないほうの火』(書肆侃侃房)には、青を基調とした静かで穏やかな世界観が広がる。歌作を始めたきっかけや創作時の思いを聞いた。(取材・丸山莉歩)

 

「観覧車は疲れないのかな」

 

──「紺青のせかいの夢を翔けぬけるかわせみがゆめよりも青くて」など、井上さんの作品は非現実的な世界観のものが多い中、歌集の表題作「煮えたぎる鍋を見すえて だいじょうぶ これは永遠でないほうの火」は日常を感じさせます。創作背景を教えてください

 

 確かこれは、IHの卓上コンロでおでんを食べていた時に作った歌です。映画か何かを見ながら上の空でおでんを食べていたら汁が吹きこぼれてしまって、でも今時のIHコンロだから勝手に消えてくれるんです。それを見てしみじみ「この瞬間は永遠じゃないんだな」と。

 

──井上さんの短歌には青が頻繁に詠み込まれます。これもてっきり、ガスコンロの青い火かと思っていました

 

 よく言われます。しかしこれが正解というわけでもないです。後の話にも関わってくるのですけれど、私はあまり実体験や実人生を短歌に詠むということをしていなくって。今述べたような原体験というのはありますが……。作品は自分の手を離れた瞬間から自分のものではなくなると思っています。自分の個人的な原経験から、自分も含めたみんなの経験へと言葉を広げていったとき、IHコンロは普通の炎に、おでんは鍋になりました。

 

 他に気に入っている歌として「しののめに待ちびとが来るでもことばたらず おいで 足りないままでいいから」もあるのですが、これは寝ぼけながら作った記憶があります。東雲なので、朝に夢から覚めた時の歌なんですけど……背景としてはそれくらいですね。私の歌は、もともとの経験を生身の「私」が介入しない境地まで一般化させて作っています。こうして詳細な背景を話せる歌の方が珍しいくらいです。解釈は完全に読者に委ねています。

 

井上法子『永遠でないほうの火』、書肆侃侃房、税込み 1870円

 

──では「どんなにか疲れただろうたましいを支えつづけてその観覧車」はいかがでしょう

 

 私は学生の頃ライターのバイトをしており、葛西臨海公園の取材に行ったことがありました。いろいろな人に観覧車にまつわる思い出を聞いたのですが、それぞれ思い入れが強いんですね。運命や大事な時間、魂の一部のようなものを背負わされて「観覧車は疲れないのかな」と。

 

──観覧車の短歌といえば栗木京子「観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)」があります

 

 重役を負わされて、あの歌の観覧車も疲れているでしょうね。観覧車もおでんの火も、日常的にみんなが気に留めずに通り過ぎてしまうようなことです。それらをじっと見ていると、違う言葉を拾えてくるように思います。そうしたものに揺さぶられやすい人間なのかもしれません。

 

私は私を詠わない

 

──短歌にはどのようにして出会ったのでしょうか

 

 中学生の頃に書いた小説が小さな賞をもらったことをきっかけに、高校から文芸部に入りました。その文芸部では小説だけでなく、詩や俳句、短歌も全員が書くことになっていたんです。始め、私は詩集も歌集も同じテンションで読んでいて、あまり違いを意識していませんでした。

 

 ところで私の出身地は東北の田舎で、本屋に行っても「歌集」の独立した棚がありませんでした。大体「詩集」と「歌集」と「句集」が一緒になっている。そこで私は詩集を読むつもりで、たまたま穂村弘さんの歌集を手に取りました。それを読んだ時、知っている短歌と違うなと思ったんです。そこからぐっと短歌に入り込むようになりました。

 

──「知っている短歌と違う」とは

 

 歌会始のイメージでしょうか、短歌ではみやびなものを詠わなければいけないと思い込んでいました。また、難しい言葉を使わなければいけないというイメージもありました。そこで穂村弘さんの歌集を読み、口語で身近なことや自分のことを歌っていいのかと驚いたんです。

 

──穂村弘さんの短歌では「サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい」などが有名です。井上さんの作風はこれほど砕けていないようですが

 

 そうですね、如実に影響を受けているのは穂村弘さんの尊敬する歌人である、塚本邦雄の方です。好きな人の好きな人って追いたくなりません? 穂村さんが好きだというので読んでみたらまた衝撃を受けまして。

 

──塚本邦雄の短歌には「日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも」などがあります。どのような点で影響を受けましたか

 

 塚本邦雄は第二次世界大戦直後にデビューし、前衛短歌運動を興した歌人です。私が穂村弘さんをきっかけに短歌を学び始めた際、近代短歌とは自分のことを詠うもので、作者イコール作中の主人公だという前提があると感じました。それに対して、虚構を詠うこと、「自分を詠わない」ことを主張したのが塚本邦雄です。塚本邦雄は本当にペンギンの飼育係りだったわけでも、ましてペンギンだったわけでもないですし。

 

 「柿の花それ以後の空うるみつつ人よ遊星は炎えてゐるか」。この作品を図書館で読んだ時、急に涙が出て。「人」が自分であるような気がしました。塚本邦雄が死んだ後にこの作品を知ったので、絶対にそのようなことはあり得ませんが。加えて「パリは燃えているか」など、知っていた方が歌の読みを豊かにするような背景知識はたくさんあるんですが、そんなことがどうでもよく思えてくる。「それ以後」の「それ」が何かもわからない、ただ柿の花が白く、空が──「うるむ」という表現もちょっとよく分かりませんが──潤み、誰だかわからない人に「遊星は炎えてゐるか」という呼びかけがあって。「人」は誰であってもいいし、「それ」が何であってもいい。その非人称性に強く引かれて、私もこうした歌が作りたいと思ったんです。自分の実体験をそのまま歌にしないというのもここからです。歌の中の「あなた」が特定の誰かである必要はないし、むしろそうでないことを私は積極的に言っていきたいと思っています。

 

 

 私の出身地は福島県いわき市にあり、避難区域ではないものの原発事故の避難者が多く住んでいます。そのため多くの歌人から「永遠の火」とは原発だろうという読みをされます。主人公が私であることにされ、原発の歌に固定されてしまうことがすごく悲しくて。私は私を詠わない。歌の人称を固定したくないんです。私でないとの断定も、歌の解釈をある意味で固定化することになると批判を受けたことがありますが、私の言う「私は私を詠わない」は制約でなくて状態の提示に過ぎないので。

 

世界から言葉をもらって

 

──井上さんにとって歌作や創作活動一般の面白さとは

 

 私は、自分が言葉を使って何かを書いているというよりは、世界から言葉を与えられているという感覚でいます。例えば、記者さんも創作をするなら、その根源にあるのは世界に対する違和感なのではないですか? 自分のいる世界はちょっとみんなと違うかもしれない、なぜみんなのいる世界に行けないのだろうという。

 

──私は確かにそうです。なぜ分かったのでしょうか

 

 そういう、書くことでしか救われない魂の持ち主が創作をするんだと思っているので……。違和感のある私でも、言葉を遣わすことでみんなの世界を引き寄せられる気がするから。引き寄せられるというのも思い込みかもしれませんが。

 

 そのようにして世界とつながるには、言葉を自分だけの個人的なものではなくすることが必要です。どのように短歌を作るかという問いとも関係します。私は言葉を取捨選択する過程で自分の経験を「回転」させて、みんなの入り込める短歌にしているんです。

 

──「回転」とは

 

 私は短歌がいきなり五七五七七でひらめくタイプではなくて、ラジオのダイヤルを回して周波数を合わせるように、世界にピントを合わせて聞きとるイメージでいます。ラジオの電波はみんなに対して公平に世界に潜んでいて、各々の方法で周波数を合わせると聞こえてくる。私にとっては言葉がその方法でした。

 

 原体験をきっかけに言葉を拾ってくるつもりで詠んでいるので、他の方の短歌を読んで「この言葉は私が拾いたかった」となることもあります。私から作品が生まれるわけではなく、私は媒介者としてしか存在していません。なるべく自分自身の歌は詠まないように、世界から言葉をもらうようにと心がけていたら、抽象的な短歌ばかりになってしまいました。

 

──無私の境地ですが、一方で歌を詠むのは違和感のある世界を引き寄せるためだとも言いました。違和感とは

 

 みんながこれと信じて見ているものの見方への違和感でしょうか。常識では、現実と幻想の二つが対立的に存在し、その間には越えられない壁があるとされています。でも実はそれらが地続きだったとしたら? 非現実として片付けられ、見逃されてしまいがちなものに「見ているよ」と伝えたいんです。例えば「観覧車は疲れないのかな」のように。

 

──歌を詠む自分自身は結局、媒介者として蚊帳の外になりませんか。寂しくはないですか

 

 寂しいとほっとします。昔、歌を作るときの心情を聞かれて「サウナを出たときの気持ち」と答えました。いずれ歌の原体験となる世界と対峙(たいじ)しているときは常に暑いけど、それを歌にしようと言葉を拾っている間は冷静になれる。暑さと静けさを繰り返しているうち不意に整って、短歌ができる。

 

──サウナには息苦しさのイメージがあります。井上さんにとって世界は暑く息苦しい場所ですか

 

 少なくとも生きやすいところではないかもしれないですね。それも私の言う違和感につながりそうですが、生きづらさと言ってしまうと違います。「生きづらさ」は、自分が物差しであるときの発想です。

 

 寂しい場所、静かな場所は私にとってお城みたいなものです。帰る場所があり、そこでは自分が生身の「私」でなくなる。するとほっとします。ありのままの自分というより、透明な自分になれるんです。

 

 

ワンフレーズの心の支え

 

──どのように短歌の腕を上げましたか

 

 早稲田短歌会で切磋琢磨(せっさたくま)しました。指摘を受けて直す中で譲れない点も分かってきましたね。「私は私を詠わない」という点や、破調など。韻律よりも守らなくてはならない歌の中の倫理があると感じることがあります。

 

──俳句、川柳、都々逸や散文との違いは何ですか

 

 俳句は一瞬の光景を切り取るもので、自分の考えを盛り込めないですし、川柳は思想が問われそうな気がしてしまいます。都々逸は狂歌的な側面が強いです。短歌には呪文っぽさがありますね。暗記してふとした時に思い出せるくらいには短く、思い出した時に世界へ入り込めるくらいには十分な字数があります。

 

 また、散文は具体性を持って読者に伝わることが第一条件です。そこで自分の表現が輪郭を持った情景になってしまうのに抵抗があります。逆に私の創作信念を優先して、抽象的なもので終始する小説にしても読んでいて苦痛でしょうし。自分が言葉で差し出した風景が明確な一つの答えを持ってしまう可能性のある小説や散文詩は、私に向いていません。読者が自由に入っていける世界を最低限の字数で作り上げられる短歌が心地よいです。

 

 ただしこれはイレギュラーな立場かもしれません。昔「和歌」はみんなの感性を代表して詠むものとされていました。近代、そうした価値観から自由になった「短歌」は、近代的自我の発見と時を同じくしたこともあり、自分を詠うものでした。与謝野晶子のように自分の恋愛を詠ったり、正岡子規のように自分が見た光景を書いたり。しかし私の作風は「和歌」に近いものがあります。間口の広いジャンルです。

 

──「つむじ風、ここにあります 菓子パンの袋がそっと教えてくれる」で知られる、木下龍也さんのような歌人もいます

 

 木下龍也さんは「私は私を詠わない」を声高に叫ぶ方がやぼなような、キャッチコピーのような短歌を詠む人ですね。彼が前に「短歌は持ち運びのできるお守りだ」と寄稿なさっていました。これは詩や小説だと難しいのではないでしょうか。

 

 ワンフレーズで心の支えになるような、この世界にこの言葉があって良かったと思えるような短歌との関わりをみなさんに持っていただきたいと思いますし、そのようなきっかけがあればと思います。短歌を読まないことと、必要としていないことは違います。何かの間違いでも、自分の短歌が必要な人のところへ届くように、祈るように短歌を詠んでいます。その何かの間違いのために私は真摯(しんし)に書き続けるしかないのかな。

 

──あまりに敬虔(けいけん)というか、献身的な態度ですね

 

 言葉に対して身を捧げていると形容されることもありますが、私は言葉に仕えているのではなく、言葉を遣わして世界に身を捧げているつもりです。手段は言葉でなくても良く、もし作曲ができれば曲だったでしょうし、絵が描ければ絵だったでしょう。ただし、一義的な「美しさ」で規定されないものをすくい取るにはやはり、短歌が最良の手段ではないかと思います。電線に並ぶ雨垂れしかり、死んだ虫からにじみ出る体液の意外な色しかり。

 

──最後に、一番気に入っている短歌は

 

 「心地よくアロエ果肉のなじみつつ半透明の夏がまた来る」。高校2年生の頃に詠んだ歌ですが、夏の始まる焦燥感のようなものはこの時からあったんだなあと、最近心の中で唱えていました。

 

井上法子(いのうえ・のりこ)さん
東大大学院総合文化研究科博士課程在学中。09年早稲田短歌会入会、13年第56回短歌研究新人賞次席。歌集『永遠でない方の火』(書肆侃侃房)。

 

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