学術

2020年8月15日

海外の流行吸収し根付く 音楽ビジネスから見るJ-POPと日本社会

 ある歌や歌手、ジャンルの流行を語る上では、レコード会社やメディアなど、音楽に関係する企業の販売戦略への視点も欠かせない。そこで今回は、近代日本大衆音楽史などを専門とする輪島裕介准教授(大阪大学)に取材。90年代以降の流行歌と人々の関わりについて、音楽ビジネスの観点を中心に話を聞いた。

(取材・杉田英輝)

 

サウンドと販売戦略

 

  90年代に入り登場した「J-POP」の起源や、そこに含まれる音楽の特徴は何でしょうか

 

 そもそも「J-POP」は89年ごろにできた造語です。開局当初は洋楽専門だった「J-WAVE」というラジオ局の番組で「洋楽と一緒に流しても遜色ない」としてかけられた邦楽が起源です。サザンオールスターズや山下達郎、大滝詠一など、英米のポップやロックを取り入れたオシャレな楽曲を指していました。

 

 

 同じ時期にはタワーレコードなど外資系の輸入盤販売店が人気を集め、そこでも一部の邦楽が洋楽と並べて売られました。後に「渋谷系」と呼ばれるものですが、この時点では一部のコアな層向けの販売でした。

 

  「J-POP」が全国的に浸透した経緯は

 

 TRFや安室奈美恵をプロデュースした小室哲哉、B’zやZARDを手掛けた制作会社のビーイングの功績が大きいですね。小室哲哉の音作りは、海外のダンスミュージックの流行を次々取り入れつつ、カラオケでの盛り上がりを意識。ビーイングは、人気ドラマやアニメ、CMのタイアップにより、いや応なく曲が耳に入る状況を作りました。それらの楽曲が「J-POP」という言葉と共に広く浸透したと言えます。

 

 CD販売が上昇から下降に転じる90年代末には宇多田ヒカルが登場し、椎名林檎やaikoなども含め新たな潮流に注目が集まります。

 

  00年代には何か変化は起きましたか

 

 90年代末に登場したモーニング娘。やAKB48などの新しいアイドルグループが「J-POP」の主流になりました。両者に特徴的なように、販売戦略の変化は、人々の消費行動にも影響を与えましたよね。世間受けを目指す方向性に代わり、CDに握手券を付けるなどして特定の層を囲い込む戦略が流行し始めました。

 

  直近の楽曲はどうでしょうか

 

 あいみょんや米津玄師など、曲調や歌詞の面で言えば、洋楽を下敷きにするのでなく、生まれたときから「J-POP」を聞いて育った世代、という印象があります。また、YouTubeやストリーミングを前提とした作り方になっている気がします。『PPAP』のように短い尺、分かりやすい動きと見た目で、見た人の模倣と2次創作を促すような動画はもちろん、あいみょんのオーソドックスでシンプルな音作りもストリーミングにふさわしいのかもしれません。

 

歌の個人化

 

  日本では歌はどう聴かれているでしょうか

 

 歌に共感を求める傾向が強いのは日本特有と言える気がします。つまり、歌手と聴き手としての自己という一対一の関係で、聴き手の個人的な感情や経験と重ね合わせる聴き方ですね。これは、アーティストを崇拝する見方や、グループ内の特定の個人を集中的に応援する「推し」という現象からも分かるでしょう。

 

 逆に世界の多くの地域でのポピュラー音楽は、宴会などで皆で踊り、盛り上がるためのものという側面が強いです。共同体が共有するものとしての歌という捉え方は、現在の日本ではあまり一般的ではなくなりました。

 

  日本で「歌の個人化」が浸透した背景は

 

 心情の吐露などの内容的な側面は、古代からの文芸的な伝統とも言えそうですが、私自身は、むしろ、近代以降の音楽聴取の個人化が大きいと考えています。大正頃から、クラシックなどの西洋音楽は崇拝の対象である「芸術作品」として、しかも公共の演奏会ではなく主にレコードで鑑賞されてきました。一方、その頃日本の在来の歌は、街中やお座敷や宴会で、にぎやかに、またはしっぽりと歌われるようなものでした。そうした歌は、西洋式の芸術を奉じる人たちからは「音楽未満」と見下されていました。

 

 その後、複製音源を「鑑賞」するという構えが、洋楽のポピュラー音楽にも登場しました。それを下敷きにした日本製の音楽、つまり後に「J-POP」と呼ばれる音楽にも引き継がれていったのではないでしょうか。そうした音楽のひな形が、60年代後半以降に英語圏で流行した自作自演音楽だったことも「自分の感情に没入するもの」として歌が聴かれる傾向を強めたように思われます。一方、集団的な宴会の流れをくむカラオケも、90年代以降特に若年層でスナックでなくボックス中心になり、歌の個人化が進んだと思います。

 

  昨今のコロナ禍は、人々と歌の関係性に影響を及ぼすでしょうか

 

 星野源の『うちで踊ろう』など、バーチャルな空間での人々のつながりを強調する歌が生まれています。しかしこれが、困難に立ち向かう共同的な連帯を生むか、逆にバーチャルな空間での「アーティストと私」の個的つながりを強化するかは分かりません。

 

 一方、ビジネスモデルや制作の面は変化せざるを得ないでしょう。ライブ中心のビジネス展開は脆弱、スタジオなど整った環境で録音することも不可能です。そのため「家でできること」への志向が強まり、家からの動画配信や、簡素な機材でのカジュアルな制作が増えるかもしれません。

 

 コロナ禍が収束しても、しばらくは対面で集うことへの恐怖は人々の中に残るでしょう。その中で歌の個人化が強まるのか、それとも歌が社会的なつながりを再構築するのかを見極めるには、もう少し時間がかかりそうです。

 

輪島 裕介(わじま ゆうすけ)准教授(大阪大学) 東京大学人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員などを経て、11年より現職。

この記事は2020年8月4日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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