2028年の稼働を目指して建設が進められる「ハイパーカミオカンデ」装置。東大と高エネルギー加速器研究機構が中核組織として参画する、素粒子に関する実験を行う大型施設だ。宇宙誕生時には粒子と同量あった「反粒子」が消滅した理由の究明や、自然界にある四つの力のうち三つの力を統一する理論「大統一理論」の実証などを目指す。宇宙線の観測への影響を減らすため、岐阜県飛騨市神岡町の山中、地下600mで建設が進んでいる。すでに実験装置を配置するための空洞の掘削が完了しており、中を見学することができた。(取材・撮影 曽出陽太、平井蒼冴)
地下600mの巨大空洞 建設現場を記者が見学
神岡町公民館での記者会見が終わると、約30社からの約50人の記者らは2台のバスに分かれて乗り込み、公民館から車で30分ほどの建設現場に向かった(建設上の安全管理のため、ハイパーカミオカンデの正確な建設位置は公表されていない)。きつい坂道を抜けて工事現場のゲートをくぐると、バスは観測装置へと向かうアクセストンネルに入った。このトンネルは全長約1800m。長孔発破という特殊な技術により、1日に14mという通常の2倍以上のスピードで掘り進められた。普通の道路よりは揺れるものの、バスはぐんぐんと進んでいく。アクセストンネルの終点の分かれ道を右に曲がり、バスはいよいよ空洞の底に向かうアプローチトンネルに入り、坂道を下っていく。

しばらくして底部の入口に到着した。ハイパーカミオカンデは地下600mにある。宇宙線が地上の1万分の1に減り、宇宙線の影響を避けられるためだ。しかし、ハイパーカミオカンデで観察するニュートリノは、地下であってもスルスルと通り抜ける。バスを降りるとそこは、蒸し暑かった外とは打って変わって、長袖でも肌寒く感じるひんやりとした空間だった。
追加補強工事も実施 安全重視で
底部に入ると直径69m、高さ94mの巨大空洞が眼前に迫る。まだ掘削作業の途中であるため、水槽や光センサーは設置されていない。壁に目を向けると、地下600mという環境で、外部からの圧力に耐えるため壁や天井には無数のアンカーが刺さっている。塩澤真人教授(東大宇宙線研究所)によると、2023年10月から始まった円筒部の掘削作業では、途中で「念の為」追加で補強工事が必要になり、工期が半年ほど伸びたという。安全第一で工事を進めている。
足元に目を向けると、幅15m、高さ3mほどの、上に何台ものショベルカーが乗っている段のようなものがわれわれを囲んでいる。これは掘削されていない残りの部分だという。7月に発破をかけて掘削し、ようやく掘削が完了というわけだ。


約30年前から計画 ついに完成へ
神岡鉱山の跡地を利用して作られたカミオカンデやスーパーカミオカンデとは異なり、ハイパーカミオカンデはゼロから掘削を行い建設されている。ハイパーカミオカンデの建設場所の検討はスーパーカミオカンデが完成した1996年ごろからすでに始まっていて、何度も行われたボーリング調査などを経て場所が決定した。国の2019年度補正予算で建設費用の予算がつき、2021年5月に着工式典が始まった後も補強作業が必要になるなどアクシデントが起きた。しかし、掘削工事がほぼ終わり、塩澤教授はまだ油断はできないとしつつも「ほっとしている」と顔をほころばせた。
塩澤教授や浅岡陽一准教授(東大宇宙線研究所)の説明を聞き終え、報道陣は空洞上部に向かうべく再びバスに乗り込む。5分ほど走るとバスは空洞上部へ、報道陣は一斉に下をのぞき込んだ。記者は上から空洞の全容を眺め、あまりの巨大さに気が抜けそうになってしまった。水槽を作ることができる限界の大きさに作ってあるという巨大空洞。目に焼き付けつつ、写真を撮っていく。目に見えないほどに小さい素粒子を超巨大な水槽を用いて発見しようとすることが、面白いなと感じていると見学は終了した。
約650億円にのぼる建設費用については、東大、国、プロジェクトに参加する海外の機関などで分担して負担する。東大は大学債も活用し200億円を支出しているほか、海外から150億円ほどの支出があるという。海外との協業は予算面だけではない。ハイパーカミオカンデの一部の装置やシステムは海外の機関が担当しており、世界中の研究者が協力して進めているプロジェクトといえる。
塩澤教授や浅岡准教授をはじめ、同席していた研究者は誰もが誇らしげな様子だった。ハイパーカミオカンデが稼働するのは2028年以降。これからハイパーカミオカンデが生み出す成果に、要注目だ。

「幽霊粒子」をとらえる検出器 ハイパーカミオカンデの意義とは?
ハイパーカミオカンデ計画は東大宇宙線研究所が推進する、素粒子を対象とする研究プロジェクトだ。日本だけでなく、世界22カ国の研究者が計画に参加する。計画の中核となるのが神岡町の地下深くに建設中の検出器だ。ニュートリノという素粒子はとても小さく、軽く、ほとんどの物質を通り抜けるという性質を持つことから、観測することが難しく「幽霊粒子」とも呼ばれている。検出器は、純水で満たされた巨大な水槽中をニュートリノが通過した際に発するチェレンコフ光と呼ばれる光を水槽の内側に並べられた光検出器で検出することでニュートリノを検出することができる。
素粒子研究の最前線をゆく
神岡の地では1983年に「カミオカンデ」計画、1996年に「スーパーカミオカンデ」計画が始動した。カミオカンデにより超新星爆発で生じたニュートリノを世界で初めて観測した業績で故・小柴昌俊特別栄誉教授が2002年にノーベル物理学賞、スーパーカミオカンデによる観測でニュートリノが質量を持つことや、ニュートリノが別の種類のニュートリノに変化する「ニュートリノ振動」を発見した業績により梶田隆章卓越教授・特別栄誉教授(東大宇宙線研究所)が2015年にノーベル物理学賞を受賞している。高さ41m、直径39mの水槽が設置されたスーパーカミオカンデと比べると、現在建設中の水槽は高さ71m、直径68mとなる予定であり、有効質量約8倍の純水をたたえる。水槽が大きいほどチェレンコフ光が発生しやすくなる上に、光検出器の感度も上がるため、ニュートリノの検出性能は格段に高まるという。
「大統一理論」の開拓
そもそも素粒子とは何だろうか。物質は分子、原子、素粒子と分割していくことができ、素粒子は物質を構成する最小の単位となっている。そのため、素粒子の性質や起源を探究することは、物質の根源に迫ることを意味する。しかし、素粒子についてはまだ分かっていないことが多い。全ての原子に含まれる陽子という粒子の寿命が無限なのか、それとも有限の寿命をもち、長い時間をかけて崩壊(注:粒子が壊れて別の粒子に変化すること)するのかという問いがその例だ。陽子は従来の「標準理論」では崩壊しないと考えられていたが、自然界にある四つの力のうち三つの力を統一する未完成の理論「大統一理論」では陽子崩壊が予言されている。ハイパーカミオカンデによって、この陽子崩壊という現象を詳しく調べることができるという。その他にも、ニュートリノ振動の性質についての研究、超新星爆発により放出されるニュートリノの観測を通して超新星爆発の仕組みや宇宙の歴史の解明を試みるニュートリノ天文学の発展を目指した研究などに挑む。
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塩澤教授は報道陣からの取材に対し、自ら今後の研究の展望や意義を語った。
━━ハイパーカミオカンデで、どのような成果を挙げたいですか
皆さんやわれわれがびっくりするような、素粒子の理解を変えるような成果を挙げたいと思っています。2028年の観測開始を楽しみにしていただければと思います。
━━(空洞掘削の工事について)大きな山を超えたと話していましたが、大きな山とはどのようなことでしょうか
やはりこのような大空洞が本当に作れるのか、ですね。30年近い検討の結果、この場所でこのような形状で作るということで進めてきましたけども、本当に(空洞が)できてしまったな、と。
━━大変な工事だったと思うのですが、工事に携わった方に対してコメントがあればお願いします
すごいな、と思います。私は工事に関しては専門家ではないですが、今まで世界にないようなものを作り、成功させたことは尊敬していますし、感謝しています。
━━稼働まであと2年ほどですが、稼働に向けてどのような準備を進めますか
これから水槽を作り、実験器具を取り付けるといった工事があります。難しいのは、国際協力ということで、さまざまな国と同期しながら進めていかなければならないわけです。頑張ろうという気持ちでいます。
━━大きな成果を挙げてきたプロジェクトの3代目ということで、期待とプレッシャーの両方があるかと思います
プレッシャーは気にしないようにしています。巨大なプロジェクトで、まだ知らないことだらけですが、やらないといけないと感じています。とにかくわれわれがやるべきことは装置を完成させること。陽子崩壊を発見できるかといったことは自然が知っていることであって、われわれとしては結果を見るだけです。
━━将来この分野を志す学生にメッセージがあればお願いします
楽しんでください、ですね。その中で自分もこのような研究に参加してみたいと思ってくれる人がいればうれしいです。
