教養

2021年5月11日

火ようミュージアム 「宇佐美圭司 よみがえる画家」展

 駒場Ⅰキャンパスの中にたたずむ駒場博物館。正門をくぐって右手に進むと見えてくる博物館の建物は、旧制第一高校時代の1935年度に建てられ、戦前には図書館、戦後には教務課や博物館として使用されてきた歴史ある建築である。建物の改修工事を経ておよそ1年4カ月ぶりに開館となった4月13日から「宇佐美圭司 よみがえる画家」展が開催されている。

 

 宇佐美圭司は60年代以降に注目を集めた芸術家で、抽象絵画を中心に彫刻、インスタレーションの制作も行った。人体の形を型取りして作品に転写する手法を好んで用いており、特に65年に米国の雑誌が報じた暴動の写真から4人の「暴徒」の輪郭を抜き出して使用し、数多くの作品を残した。また学問や科学への理解もあり、レーザー光線を用いた作品の制作に世界で最初期に取り組んだことでも知られている。

 

 展覧会は、東大の中で宇佐美の作品が不用意に廃棄されてしまったことに対する反省から企画されたもの。本郷キャンパスの中央食堂に掲げられていた宇佐美の作品《きずな》は、東京大学消費生活協同組合(東大生協)の設立30周年を記念して76年に寄贈されたものだったが、17年の食堂改修工事に伴って「生協職員の軽率な判断により」処分された。生協や東大副学長が謝罪するに至ったが、再発防止を図るべく、翌年には東大主催でシンポジウム「宇佐美圭司《きずな》から出発して」が開催され、学内外の研究者らによって同作品の考察が行われている。今回の展覧会は一連の流れに続くものとして、会場には再制作された《きずな》を中心として初期から晩年の作品までがまとめられ、宇佐美の活動全体を振り返ることができる展示内容となっている。さらにシンポジウムで提案された同作品の再制作を通し、再制作や複製の持つ意味を問うというテーマもあわせ持つ。

 失われた《きずな》に関する展示は、会場の後半部に3通りの形で登場する。一つは再現された図版が画像として、一つは同じ再現画像が上階の壁面にプロジェクターで投影されている。さらに再現を試みた過程が文章や資料で示されている。通常美術作品は実物の唯一性が重んじられ、再現や複製が本物と等価なものとして展示されることはない。しかしこの企画展では本物を鑑賞することができない代わりに、再制作について丁寧な展示がなされている。特に再現過程に関する説明は豊富で、再制作にどのような障壁があったのかをうかがい知ることができる。壁面への投影は食堂に《きずな》が掲げられていた頃をほうふつとさせる演出だが、高い位置への投影や時折の画面の暗転、そして空間の静けさも相まって、同時にどこか淡く遠い印象も抱く。その一方で、順路の中ほどに置かれたマルセル・デュシャンの作品《花嫁は彼女の独身者たちによって裸にされて、さえも》と、その再制作の経緯に関する説明を参照することで、作品そのものだけでなく作品を作り直す行為自体が芸術的価値を持ち得る可能性を感じることができる。

 

《きずな》(1977 年)東京大学消費生活協同組合旧蔵、2017 年消失
写真は東京大学中央食堂に設置された 1977 年頃

 

 会場を巡ることで《きずな》にも登場する4種類の人型が他の作品でどのように構成されているのかを知ることもできる。レーザー光で貫かれ、重なり合う円で囲まれ、線で結ばれる人型は、作品の中で互いに関係し合うのみならず、作品の枠を乗り越えて鑑賞者と人型も関係し合うように作られていた。食堂という多様な人間関係が立ち現れる場に作品を置くに当たって、宇佐美が作者として選ばれた理由もどこか理解できるように感じられた。

 60年代以降の日本の美術界には「関係」をテーマにした作家が他にも存在した。例えば素材を即物的に提示した「もの派」は「もの」同士や「もの」と空間の関係性を浮き彫りにする作品を制作し、世界でも評価されている。

 

 一方宇佐美は「関係」を探った芸術家の中で現代につながる系譜として理解されず、評価も定まってこなかった、または積極的に無視されてきたことが、本展覧会の開催に合わせて刊行された図録の中で述べられている。今まで宇佐美の作品の価値は十分理解されず、それが作品の廃棄を誘発した側面もある。

 

 しかし、皮肉にも作品が失われた事件への反省から一連の再評価への動きがスタートし、今回の展覧会につながった。会場では、人と人の「関係」という主題に対して初期から新たなメディアを用いて立ち向かった宇佐美の画期的な点を十分体感できる。

 

 作品が廃棄処分となった際に生協が発表した文書には「公共的な空間に設置された作品の芸術的価値や文化的意義」の理解が不足していた、とある。ではどうすれば貴重な作品を再び失う悲劇を免れることができるのか。シンポジウムや今回の再制作・展示会の開催はこの一歩目の動きであり、宇佐美の評価を高めようとするものだ。ならば次のステップは、東大の学生含め多くの人が展覧会に足を運んで認知・回顧し、その価値や意義を確認することではないだろうか。「よみがえる」こととなった《きずな》をよみがえらせただけで終わりにするのでなく、実際に展示会に足を運ぶことによって、宇佐美の存在は再び「よみがえる」ことになるだろう。

 

展覧会名

「宇佐美圭司 よみがえる画家」展
観覧料 無料
(駒場博物館ウェブサイトでのオンライン日時指定予約が必要)
会期 2021年6月2日(水)~6月27日(日)
*一般公開に先立ち、東大の学生と教職員のみ鑑賞できる学内公開期間が、4月13日(火)~5月31日(月)に設けられている
*今後の状況によって、開館日程が変更になる可能性あり
休館日 毎週火曜日
*学内公開期間(4月13日~5月31日)は火曜日開館、土日休館
開館時間 午前10時~午後6時(入館は午後5時30分まで)
アクセス 京王井の頭線 駒場東大前駅東口より徒歩2分
電話番号 03-5454-6139

 

2021年8月11日17:32【お知らせ】 本記事中、説明が不十分な記述がありました。《きずな》については「17 年の食堂改修工事に伴って『生協職員の軽率な判断により』処分された」と説明されていますが、直接引用先が明記されていませんでした。引用先は、当時の東京大学消費生活協同組合(東大生協)理事長名義で出された文書「東京大学中央食堂の絵画廃棄処分についてのお詫び」です。さらに、同時期に当時の東大生協代表理事・専務理事名義で出された文書「東京大学中央食堂の絵画廃棄処分についてのお詫びと経緯のご報告」や、当時の東大理事・副学長名義で出された文書「東京大学中央食堂の絵画廃棄処分について」では、東大教員によって意匠上・機能上問題ない絵画の保存方法が提案されていたことも説明されています。しかしその保存方法が東大・東大生協間の会議で適切に共有されず、最終決定を絵画の所有者である東大生協に委ねたために廃棄に至ったという経緯から、東大も少なからず責任があることを認めています。

タグから記事を検索


東京大学新聞社からのお知らせ


recruit




TOPに戻る