文化

2023年7月18日

【火ようミュージアム】「色彩」とはなにか? ーマティス展 the path to colorー

 

 JR上野駅の公園改札から7分ほど。上野公園の北側、赤いレンガ色の建物と入り口近くの球体のモニュメントが印象的な東京都美術館にて、近代美術の代表的画家として名高いアンリ・マティスの大規模な展覧会が開催されている。

 

 アンリ・マティス(1869〜1954)は、20世紀を代表するフランスの画家である。20歳の時分に虫垂炎に罹った際に、母親が療養中の慰めとして絵具一式を買い与えた。このことがきっかけでマティスは絵画に興味を持ち、画家を志すようになったようだ。その後マティスはゴッホの強烈な色彩を持つ絵画をはじめ、コローの写実的絵画、ギュスターヴ・モローの象徴主義、シニャックの筆触分割、セザンヌのモダニスムやピカソのキュビスムなどさまざまな芸術に影響されながら、亡くなるまで旺盛な芸術活動を続け、多様な作品群を作り上げた。

 

 マティスと聞けば、真っ先に「フォーヴィスム」という言葉が思い浮かぶ人もいることだろう。フォーヴィスム(日本語では野獣派とも)とは、主に1905〜1908年ごろに見られた芸術運動の一つである。色彩を、視覚の再現に適用する道具としての使用から解放し、人間の内的感情や感覚について表現する手段として扱うことを目指した運動とされている。要するに、見たままの色を表現する写実主義的な態度には満足せず、色彩それ自体が持つ自律的な性質(例えば赤が興奮色で青は鎮静色である、というようにその色自体、あるいは色どうしの関わり合いが私たちに訴えるところの特性)を重要視して絵を描く、という芸術の志向だ。本展覧会でも、フォーヴィスムの萌芽をうかがわせる《自画像》や《ホットチョコレートポットのある静物》などが展示されている。まるでシャボン玉が光を反射するような色、あるいはビスマスの結晶のような印象的な塗りがなされたキャンバスは、私たちに色彩がどういう反応を呼び起こすのかという問いについて、非常に興味深い洞察を与えてくれるように思う。さらに、晩年の作品ながら色彩のインパクトにおいてフォーヴィスムそのものと言えるような特質を備えている《赤の大きな室内》や《黄色と青の室内》《マグノリアのある静物》については、遠近感の失われた独特の空間、対象をわずかな数の純色で大胆に塗り分けることで発生するインパクトについて表現することに成功している。本展覧会はマティスがまさにフォーヴィスムの旗手であったことを明白に表している。

 また、展示中には、フォーヴィスムが起こる少し前にマティスがシニャックの影響下に描いた、《豪奢、静寂、逸楽》という絵画と、その3年後に描いた《豪奢Ⅰ》という絵画とが展示されており、色彩について問い続けた彼の色彩への意識の変遷、その成果の一つであるフォーヴィスムの誕生までの経緯をうかがわせる大胆な変化が顕現している。前者の絵画が、シニャックが旗手を担った「光のプリズムに現れる7色を純色とし、純色を混ぜることなく点のようにキャンバスに載せていく」という点描図法に大きな影響を受けているのに対し、後者の絵はマティスらしい、落ち着いていながらより大胆な色彩で構成されている。この比較もフォーヴィスムを考える上で、非常に興味深いもののように思われる。

 

 さて、ここまではマティス展についてフォーヴィスムという切り口からその魅力を語ってきたが、一方で、マティスはそれだけの画家ではないということも、本展覧会が如実に示していることである。前述のように青年となってから絵画を志したマティスは、当初古典絵画の様式に忠実な方法から学び始めていた。本展覧会で展示されている《読書する女性》は、マティスがフォーヴィスム誕生の以前に描いていた写実主義的な作品の一つだ。また、1910年ごろには、フォーヴィスムの運動が終息すると、マティスはピカソらによるキュビスムの影響を受けて、モティーフの単純化とイメージの成立の両立を目指した時期もある。ことにこの時代のマティスの作品には、第一次世界大戦の影響も色濃く現れている。例えば展示されている《コリウールのフランス窓》は、たった4色の色で描かれており、極限まで単純化された窓や、画面の半分ほどを占める真っ黒な絵具が非常に印象的だ。この時代のマティスの試みについて深く考えさせてくれることだろう。記者が本展覧会の展示作品の中で最も好きな絵はこれだ。

 

 その後、マティスはより穏やかな色を用いる古典回帰に転じたり、大きな絵の依頼が増えたことを契機に再びモティーフの単純化を試みたり、老齢や病気で体力が減衰したことをきっかけに切り紙絵の制作を開始したり……といったように、実に多様な作品群を制作している。そしてそのどれをとっても、マティスらしい色彩や形の緊張、調和を見て取ることができる。本展示会では、その様子を時代に沿った順番で鑑賞することが可能であり、マティスを知っている、あるいは好きな人はもちろんのこと、あまりマティスに詳しくない人にもマティスという一画家を楽しむに最適な展示と言えるだろう。

 

 長々と語ってきたが、結局マティスに関して記者が言えることといえば、色彩について突き詰めたマティスにしか描くことのできない独特な絵を鑑賞することで、ぜひ自分の中にマティスの絵による驚き、感嘆を育ててほしいということくらいである。ぜひ一度その目でマティスの色彩を見てほしい。あなたの中には、表現し難い不思議な感覚が生まれるに違いない。そして、その「感覚」を自分の中で大事にしてみてほしい。それができれば、あなたもきっと、マティスを好きになれるだろう。【乃】

 

【開催概要】マティス展

 

会期:2023年4月27日(木)〜8月20日(日) 

会場:東京都美術館 企画展示室

休室日:月曜日、7月18日(火) ※ただし、5日1日(月)、7月17日(月)、8月14日(月)は開室

開室時間:9:30〜17:30 金曜日は20:00まで(入場は閉室の30分前まで)

主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、ポンピドゥー・センター、朝日新聞社、NHK、NHKプロモーション

 

 【記事修正】2023年9月18日18時25分 著作権の関係上、該当画像を削除いたしました。

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