文化

2023年12月6日

【火ようミュージアム】模倣とは別の形で—キュビスム展 美の革命—

 

 

ロベール・ドローネー《パリ市》 1910-1912年
Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne – Centre de création industrielle (Achat de l’ État, 1936. Attribution, 1937) © Centre Pompidou, MNAM-CCI/Georges Meguerditchian/Dist. RMN-GP

 突然だが上の絵を見てほしい。タイル張りのような、あるいは積み上げられた立方体のような幾何学的な模様により構成された画面に、エッフェル塔やパリの市街、3人の女性が映し出されている。空の青と木々の緑、人の肌や無機的な構築物は、その境界を保ちつつも、どこかに輪郭を置いてきたかのように雑然と混在している。しかし、そのことがむしろ一つ一つの対象を鮮明に描き出しているようにさえ見える。タイトルの通り《パリ市》を描き出したこの絵画に、衝撃を覚える人も多いのではないだろうか。

 

 この作品は、20世紀初頭にパブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックという2人の天才的な画家によって、実験的に編み出された、キュビスムという絵画の潮流をくみつつ、彼らとは異なるアプローチで絵画界に「キュビスム旋風」を起こした作品だ。「現実の模倣」であった従来の絵画の様式から完全に脱却し、新たな方法で世界の描写を試みたキュビスムは、絵画を現実の再現とみなすルネサンス以来の常識から画家たちを解放し、パリに集った若い芸術家に衝撃を与え、瞬く間に世界中に広まっていった。

 

 今回の「火ようミュージアム」では、日本でキュビスムを大々的に取り扱う企画展としては実に半世紀ぶりにもなる、国立西洋美術館で開催中の企画展「キュビスム展―美の革命」の魅力を伝えていこうと思う。

 

 約140点もの作品を展示している本展覧会は、まずキュビスム以前、つまりその原型となったポール・セザンヌやポール・ゴーガン、アンリ・ルソーら後期印象派の画家たちの作品、そしてアフリカ美術の彫刻で来場者を出迎える。三者の見たままに収まらない独特の描画や、アフリカ美術特有の表現には、すでにキュビスムの片りんを読み取ることができる。アフリカ美術の意匠が垣間見えるのには、この当時、プリミティヴィスム(原始主義)という、アフリカ・オセアニア地域の美術への関心や、それらの影響がもたらした単純化され図式化された表現があったからだ。これは差別を含むものだったが、ヨーロッパの前衛芸術家たちにとって、西洋の伝統的な規範に挑戦するためのよりどころとなっていた。

 

 セザンヌら、そしてアフリカ美術を基礎とする「見たままにとらわれない」芸術の志向は、唯一無二の絵画様式として瞬く間に広がった。先ほど見てもらった《パリ市》は、キュビスムに位置する絵画でありながら、ロベール・ドローネーによるシミュルタネイスム(同時主義)の思想も取り入れられている。シミュルタネイスムとは、時間と空間が絶えず相互に連関しながら変化していくさまを、絵画において同時に表現しようとした美術上の手技の一つだ。この絵に描かれたエッフェル塔は、現代的な事物の象徴であったが、かたや中心に描かれた3人の裸婦は、ギリシア神話の「パリスの審判」に登場する三美神である。ドローネーは、「パリ」と「パリス」の細かで茶目っ気のあふれる言葉遊びも交えながら、古代と現代を同一の絵画に落とし込んでいる。

 

 また、キュビスムはフランスを超えてヨーロッパ全体にも急速に波及していき、さまざまな下位類型を形作っていく。たとえば、下のフランティシェク・クプカの作品は、ドローネーとともに、オルフィスムという、キュビスムの一流派として位置付けられている。この絵には、キュビスムに礎を置きながら、より色彩の自由度を追求していく姿勢が全面に押し出されていることが見て取れるだろう。

 

フランティシェク・クプカ《色面の構成》 1910-1911年
Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne – Centre de création industrielle (Achat, 1957) © Centre Pompidou, MNAM-CCI/Philippe Migeat/Dist. RMN-GP

 

 その後、キュビスムの潮流は抽象芸術などに引き継がれていく。コンスタンティン・ブランクーシの作品はその好例と言える。下の作品は、眠る女神を極限まで抽象化した彫刻である。目も十分に形作られていないが、鼻や輪郭に、独特の曲線美を感じ取れるのではないだろうか。「対象を見たままではない別の方法で描く」ことを一つの出発点としたキュビスムは、抽象化への行進という新たなベクトルを美術史に追加したのだ。

 

コンスタンティン・ブランクーシ《眠れるミューズ》 1910年/東京会場のみ
Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne – Centre de création industrielle (Don de la Baronne Renée Irana Frachon, 1963) © Centre Pompidou, MNAM-CCI/Adam Rzepka/Dist. RMN-GP

 

 その他にも、コラージュと呼ばれるデザインの手法はもともとキュビスムに端を発する手法である。こうして、キュビスムの影響は、現代の生活に至るまでさまざまなところに及んでいる。

 

 ここまでは、キュビスム展の展示を追いつつ、キュビスムの概要を紹介してきた。しかしこれだけでは結局、「キュビスムってどう鑑賞すればいいの?」という問いを払拭し切れないかもしれない。ここで、下の作品を見てみよう。

 

アンリ・ローランス《頭部》 1918-1919年
Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne – Centre de création industrielle (Dation en 1997) © Centre Pompidou, MNAM-CCI/Adam Rzepka/Dist. RMN-GP

 

 こちらもキュビスムに大きな影響を受けた彫刻である。写真では、丸や四角の出っ張ってる部分が鼻や目、口のように見えているだろう。しかし、視点を変えてみるとこの作品は別の姿を見せる。ちょうど真後ろから見ればただの円柱のようにさえ見えるし、横から見るとモヒカンのような髪型をしているのか、という気もしてくる。無秩序的に構成された幾何学的な凹凸は、360度のさまざまな視点で、一つの作品のいろいろな顔を私たちに提示してくれる。これは写真では説明が難しいので、ぜひ足を運んで自分で体験してほしい。

 

 そして、キュビスムの主要なポイントの一つはまさにここにある。それは、「物事を多角的な視点から見る」ことそれ自体を、芸術の中に落とし込もうという志向である。それまでの絵画は、あくまで連続的な時間おける断片的な「瞬間」を描画したものであった。しかし、それは現実ではない。現実ははるかに連続的で、多様で、立体的で、複雑だ。キュビスムは、その現実をより克明に表そうとした画家たちの闘いの何よりの証なのだ。それを胸に留めておくことは、幾何学的な数々の絵画に立ち会うあなたの助けになるだろう。

 

 キュビスム絵画の中に流れる時間。映し出されている現実。ぜひ自分の目でそれを確かめてみてはどうだろうか。【乃】

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