報道特集

2022年5月16日

東大は「汽水域」になれているか? キャンパスの安全と多様性を問う【前編】

 

 藤井輝夫総長の下、昨年9月に公表された東京大学の基本方針「UTokyo Compass 多様性の海へ:対話が創造する未来」。多様な構成員が交流・対話によって視野を広げることのできる「世界の誰もが来たくなる大学」を目指すという。一方、本年度の五月祭のテーマは「汽祭域」。学園祭で東大内外の多様な人々が出会い交流する様を、淡水と海水が混ざり合う汽水域に例えている。祭りを機に、今一度東大の「多様性」について考えてみよう。

 

 前編である今回は、2020年に「女性や性的マイノリティを含む多様な学生が、安心感と帰属感を持ちつつ、相互の経験と学知から学びあう場/コミュニティの構築を目指すプロジェクト」として立ち上げられた駒場キャンパスSafer Space(KOSS)に取材し、東大が「汽水域」として発展していくためには何が必要なのかを探る。(取材・鈴木茉衣)

 

【後編はこちら】

東大は「汽水域」になれているか? キャンパスの安全と多様性を問う【後編】

 

互いの異なる体験をリスペクトし合うコミュニティー

 

 現在、KOSSは駒場Ⅰキャンパス102号館での定期的な対面開室を実施している他、学内外を対象にした複数の学術イベントも開催している。一見、個別のプロジェクトとしてそれぞれ進行しているように見えるが、居場所の提供も学術イベントの実施も、達成したい目的は共通しているという。

 

 「KOSSは学生支援機関ではなく、教育研究プロジェクトです」と話すのは、運営委員の清水晶子教授(東大総合文化研究科)。障害、ジェンダー、セクシュアリティなどのダイバーシティイシューについては「自分ごととして向き合う」ことが重要だ。そのため、KOSSは教員や研究者の学知と当事者学生などの経験とを結び付け、議論したり学び合ったりすることを目指している。

 

 例えば、東大ではジェンダー・セクシュアリティについて学ぶために講義形式の授業を受けることもできるが、それでは学んだことを自分の日常や考え方には直結しない知識としてストックするだけで終わってしまう可能性もある。マイノリティに関するトピックでは、体系化された知識だけではカバーできない、アクティビズムの現場や個人の体験からの視点が無数に存在するため、個々の異なる経験から学び合うことが重要だ。「東大で何か違和感を持つ経験をした人は、同じように違和感を持ったことのある人と会えるかもしれない、と思ってKOSSに来てほしいです。共通性も大事ですが、似たような思いを持つ人同士でも少しずつ経験は異なりますし、互いにない視点もある。他者との交流を通じて自分の経験の相対化や問い直しができるような、交差性のある場になってくれればと思っています」

 

利用者として想定しているのは必ずしもマイノリティー当事者だけではないが、部屋にはレインボーフラッグを飾るなど、通常のキャンパスでの生活におけるマジョリティーではない存在が明確に想定されていると分かる雰囲気づくりを心がけているという。ぬいぐるみなども置かれており、リラックスできる場になっている
本棚にはフェミニズムなどに関連した書籍が置かれている

 

 新型コロナウイルス感染症の影響で、対面開室を実施できるようになるまではオンラインでの開室を行っていた。運営の実務を担当する井芹真紀子特任助教(東大教養学部附属教養教育高度化機構)は、Zoom開室について「授業のように、特定の人の話を他の人が一方的に聞き教わるような雰囲気になってしまいがちだった」と振り返る。そうした空気を避けるため、ジェンダー・セクシュアリティに関する活動・研究に携わる卒業生を呼んで交流する「アラムナイ・トーク」や、さまざまなダイバーシティイシューからテーマを設定してディスカッションをする「テーマ・トーク」などを行ってきた。対面開室を実施できている現在は、大学から性暴力をなくすための活動などを行うサークルTottoko Gender Movementのワークショップに場所を提供する形で協力するなど、マイノリティ当事者や関心を持つ学生への物理的なプラットフォームの提供も行っている。

 

派手なパフォーマンスだけでは意味がない

 

 さまざまな構成員の安全が確保されつつ、学生同士の交流・学び合いのできる場として東大がより発展していくために、第一線で活動するKOSSは何が必要だと感じているのだろうか。

 

 清水教授は、東大学内の性差別などについて言及した19年の上野千鶴子名誉教授による入学式祝辞や、藤井総長が掲げる「UTokyo Compass」などを例に挙げ「東大は巨大な組織なので、大きなイベントをやるなどの分かりやすいアクションを取ることから始めがちだが、それはこれから変わらなくてはいけないと提示しただけに過ぎない」と指摘。「アピール自体は内部にとってマイナスにはならずともプラスにもなりません。そこで終わらず、地道な取り組みを長期間継続できるかに懸かっていると思います」

 

 意思決定に関わる女性の割合を増やしたり、ハラスメントや差別に対処したりすることはすぐには効果が出づらい上、反発も起こりやすい。また定期的に執行部の顔触れが変わる以上、方針が変わり、取り組みが途切れてしまう可能性も否定できない。長期的な取り組みを成果につなげるには、人が代わってもそれらを引き継ぐ責任や覚悟が必要だ。

 

 

清水晶子(しみず・あきこ)教授 (東京大学大学院総合⽂化研究科)

東大大学院人⽂社会系研究科博⼠課程修了後、03年英ウェールズ大学カーディフ校でPh.D.(批評⽂化理論)取得。東大大学院総合⽂化研究科准教授などを経て17年より現職。

 

井芹真紀子(いせり・まきこ)特任助教 (東京大学教養学部附属教養教育⾼度化機構)

18年東大大学院総合⽂化研究科博⼠課程単位取得退学。20年より現職。

 

【後編はこちら】

東大は「汽水域」になれているか? キャンパスの安全と多様性を問う【後編】

 

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