観劇をしたことはあるだろうか。観劇というと縁遠く感じるかもしれない。「観劇」といっても、ミュージカルやオペラ、能に歌舞伎、さらに学生演劇など実にさまざまな演劇がある。「幕間閑談」は、演劇ならではの役者たちの「生」の演技と演出の魅力を伝えていくための連載企画である。今回は、ミュージカル『SIX』を紹介する。
離婚、打首、死亡、離婚、打首、死別 ヘンリー8世と6人の妻たち
ヘンリー8世。英国史上最もスキャンダラスな王。彼の6人の妻たちは悲惨な人生をたどった。離婚、打首、死亡、離婚、打首、そして死別─。『SIX』は、ヘンリー8世の歴史の陰で抑圧された6人の妻たちが現代によみがえり、ガールズバンドを結成するという奇想天外な設定だ。彼女たちは、ガールズバンドの主役の座をめぐり、「ヘンリー8世から最もひどい仕打ちを受けたのは誰か」を歌で競い合う─。
最初の妻・キャサリン・オブ・アラゴンはスペイン王家に生まれた。ヘンリーの兄・アーサーと政略結婚し、アーサーの死後ヘンリーと再婚。その後、娘(後のメアリー1世)を出産するが夫に浮気された上に理由もなく離縁された。浮気という裏切りに耐え続けたこと。離縁して修道院に入れられそうになったこと。自分の献身的な思いを踏みにじるヘンリーを「No Way(ありえない)」とパワフルに歌い上げる(“No Way”)。
2番目の妻・アン・ブーリンはアラゴンの侍女だったがヘンリーに求婚される。妻・アラゴンと離婚するためヘンリーは自身を頂点とする英国国教会を設立した。娘(後のエリザベス1世)を出産するが、姦通(かんつう)罪などの罪を着せられ打首に。ブーリンはポップな音楽に乗せて、ヘンリーとのなれ初めや結婚生活を語る。ヘンリーに求婚され応えたが、ヘンリーの浮気を非難したら斬首されてしまった(“Don’t Lose UrHead”)。
3番目の妻・ジェーン・シーモアはヘンリーの浮気に耐え待望の息子(後のエドワード6世)を生むが出産直後に病死した。シーモアはヘンリーの浮気や激しい性格に心を石のようにして耐え、愛し続けた。アラゴンやブーリンの軽快で激しい曲とは一転し、ヘンリーへの思いをバラードに乗せて朗々と歌い上げる(“Heart of Stone”)。
3人の妻と別れたヘンリーは、今度はドイツで妻を探し始める。6人の妻は、ヘンリーの妻探しをマッチングのマッチングになぞらえて、軽快に歌い始める(“Haus of Holbein”)。ヘンリーはハンス・ホルバインの描いたアナ・オブ・クレーヴスの肖像画を気に入り結婚するが、実物が絵ほど美しくないとわずか6カ月で離縁する。
4番目の妻・クレーヴスは離縁後ヘンリーに財産と城を与えられ快適な生活を送る。クレーヴスは狩りや恋愛を楽しみ自由を謳歌(おうか)したと歌い、他のクイーンに「Get Down(ひざまずきなさい)」と命令する(“Get Down”)。
5番目の妻・ハワードは、幼少期から周囲の男性に性的な関係を強いられていた。その後ヘンリーに嫁ぐ。わずか19歳で若く美しいハワードはヘンリーに寵愛(ちょうあい)されるが、浮気を理由に打首となった。幼少期から周囲の男性に求められるまま関係を持ち、王に求められれば結婚した。「All You Wanna Do(あなたがやりたいこと)」に応えてきたけれど、自分の美しさと体を搾取されていただけなのだと、悲痛な叫びを歌い上げる(“All You Wanna Do”)。
ポップな音楽と軽快なリズムに乗せて、5人の王妃たちの苦悩や痛みが語られていく。最後の妻・キャサリン・パーは最愛の恋人トーマス・シーモアに別れを告げ、ヘンリーの求婚に応え、王妃として晩年の王に寄り添った。パーは許されるのなら、ヘンリーに対して「I Don’t Need Your Love(あなたのものにはならない)」と告げたかった。しかしヘンリーの求婚には逆らえないのだから、「I Don’t Need Your Love(もう私を愛さなくていい)」とトーマスに向けて涙ながらに歌う(“I Don’t Need Your Love”)。パーは、その後王に嫁ぐが先立たれた。歴史の教科書では、パーは「ヘンリー8世最後の妻」と説明が付される程度だろう。しかしパーは「私には他がある」と叫び「自分自身の人生」を語り出す。作家として本を書いたこと。女性教育を拡大して女性でも聖書を学べるようにしたこと。しかし、ヘンリーの歴史の中では、パー自身の人生は消えてしまう。

ヘンリーの愛はもういらない 「私」の物語を取り戻す
パーの歌に呼応し、5人の妻たちは、ヘンリーに「愛はいらない」と突き付ける。ガールズバンドとして現代によみがえってもなお、ヘンリーにとらわれ、ヘンリーとの関係性を比べ合っていたことに気が付いたのだ。
6人は自分が夢見た人生を歌い始める(“SIX”)。アラゴンはヘンリーの求婚を断って修道院へ。ゴスペルを歌って大ヒットを飛ばす。ブーリンは歌を作ったら大ヒットしてシェイクスピアの専属歌手に。シーモアは子供をたくさん産みバンドを組む。クレーヴスは故郷のプロイセンに帰って友達とパーティーざんまい。ハワードは勉強して自分でキャリアを築く。パーは6人の曲に感動しアルバムを作る。6人は、「私たち6人は確かにいた」と歌い上げる。
6人の王妃の痛みや苦しみは、現代の女性、いや現代の全ての人々の心に響く。信頼していた人に裏切られた悲しみ。容姿でジャッジされた苦しみ。自分の努力を否定された辛さ。6人の王妃は、歴史(history)、すなわちヘンリー8世の物語(hisstory)から自分たちの物語(mystory)を取り戻していく。歴史をやり直し(historyremix)、誰かの母や妻としてでもない主体としての「私」を取り戻し、自分自身の夢や人生を語る。『SIX』とは、6人の妻たちが「SIX Wives」ではなく「SIX」としての尊厳を取り戻すコミカルでパワフルな物語である。
過去の痛みも苦しみも蹴飛ばして、力強く立ち上がる彼女たちの姿は、勇気と希望を与えてくれる。日々、心無い言葉で心が擦り切れたり、与えられた役割に苦しんだりして自分を見失うこともあるだろう。そんな時、6人が「私」の物語を取り戻す姿を見たら、きっと元気をもらえるはずだ。疲れた時は、6人のド派手なショータイムに足を運んでみてはいかが。【舞】

公演情報
企画・招聘/企画・制作:梅田芸術劇場
【東京公演】(すでに終了)
2025年1月31日(金)~2月21日(金)
主催:梅田芸術劇場
会場:EX THEATER ROPPONGI
【愛知公演】
2025年2月28日(金)~3月2日(日)
主催:御園座・中日新聞社
会場:御園座
【大阪公演】
2025年3月7日(金)~3月16日(日)
主催:梅田芸術劇場・関西テレビ
会場:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ