キャンパスライフ

2021年10月10日

駒場にいる留学生の「今」に迫る【後編】

 

 共通する授業は少ないが、キャンパスでは見かけることのある留学生。東大へやってくる留学生たちはどのような理由で留学を選び、どのような生活を送っているのだろうか。接触する機会の少ない留学生の素顔に迫るため、駒場キャンパスに留学経験のある3人の留学生にそれぞれの留学生活と悩みを聞いた。

(取材・谷賢上)

 

異なる留学動機、異なる留学生活 ①進路と幅広い興味を両立

 

夏潤朋(か・じゅんほう)さん 20年4月入学。文I・2年、工学部内定。

 

 日本に行きたいと思ったのは、明治維新をはじめとする日本の歴史や伝統文化に興味があったのと、留学を決めたのが遅くアメリカへの留学申請が間に合わなかったからです。東大入学前の1年は、関西語言学院という日本語学校で日本語の授業や大学入試対策の授業を受けていました。京都大学と迷いましたが、東大教員が書いた本を読んでその雰囲気に引かれ、東大に決めました。

 

 文Ⅰで入学しましたが、入学前から工学にも興味があり、工学部への進学を決めました。新型コロナウィルスの影響で、授業のため駒場キャンパスに通ったことはほとんどありません。留学生にも二外の選択があるのですが、私は日本語を選びました。授業は中級・上級、一列・二列に分かれており、読解や発表の練習をしました。日本語学校の授業と特に違うと感じたのは、日本の大学に適応するためのカリキュラムになっていることです。留学生でない学生同様、課題の多さに頭を抱えることもありました。

 

 大学入学前から日本に住んでいたためか、生活には問題なく適応しましたが、大学推薦の奨学金への登録や進学選択について、留学生相談室に尋ねたことが何回かあります。当然、大学生活に関して悩みがないわけではありません。例えば、三鷹寮(三鷹国際学生宿舎)がキャンパスから遠くて、仕方なく自分で生協を利用して他の住む場所を探したことがあります。しかし、このような不安を支援の先生に出しても回答が難しいだろうと思って、自力で頑張っています。

 

 今までの留学生生活で不思議に思ったのは、学部生と院生の区別がはっきりしていることです。得られたことは、授業で多く専門的な知識を身に付けられた上、日本の大学に通った経験を生かし他国の大学と比較することで、自分の将来の方向性がより具体的に見えるようになりました。

 

夏潤朋(か・じゅんほう)さん

 

異なる留学動機、異なる留学生活 ②一人でも研究に精進

 

李翊媗(リー・イーシュエン)さん 20年9月〜21年8月に、KOMSTEP制度で総合文化研究科へ交換留学。留学当時は国立政治大学に所属。

 

 東大への交換留学を選んだ理由は三つありました。一つ目は、私の研究テーマの17世紀の東アジア海域の移民交流や貿易関係に関して、東大に多くの研究資料があるからです。二つ目は、KOMSTEPという短期留学プログラムに募集すると大学が学費を負担してくれるので、子どもの頃からの留学の夢を叶えられるためです。三つ目は、あと2年で博士課程を修了するので、この最後の機会を手放したくなかったからです。東大では川島真教授(東大総合文化研究科)のゼミをオンラインで受けました。

 

 KOMSTEPに所属していたのは、去年の9月から今年の8月末までです。なんとか1月中旬に渡日できましたが、授業がオンラインのままなのに加え、感染のリスクがあったため外出する機会がほとんどありませんでした。ただ台湾では普通、寮が学校のすぐ隣にあるので、東大の寮がキャンパスまでバスや電車を使う必要があるほど遠い場所にあるのは不思議に思いました。

 

 部屋に引きこもってばかりで寂しくなる時もありました。そもそも博士課程の学生はそれほど大学に行く機会がないのもあり、東京では、台湾にいた時に頻繁に会っていた後輩や友人と同じくらい仲の良い人は作れませんでした。外出制限があるので、東京にいる学部時代の友人とご飯に行くこともできませんでした。今の時期は新しい人間関係を作るのが難しいだろうと、渡日前からぼんやりと意識してはいましたが、渡日後になおさらしみじみと実感しました。話す相手がおらず、テンションやモチベーションが下がっていた時期もあります。

 

留学中に住んだ部屋

 

 時期の特殊性もあって、こういった悩みは簡単に解消できないと思います。留学生支援に尋ねるというより、自己解決する方が楽で慣れているので、自力でなんとかする方法を探していました。特に交換留学生が新型コロナウイルスに感染すると、母校側も困るし、帰国の際の手続きが煩雑になるので、対策をしっかりしました。

 

 留学で得られたことの中で一番大きかったのは研究のアプローチ方法です。台湾ではその分野のトップの研究者の論点に直接的な批判をする人は少なかったですが、日本では教員の説明が丁寧で、学生がいつでも質問や反論を出せる自由な雰囲気がありました。「間違いがあっても訂正できれば怖くないし、一番怖いのはミスを放置すること」という考え方に感動しました。これから博士課程の最後の1年間で、少しでもこうした探究心を向上できたらと思います。

 

李翊媗(リー・イーシュエン)さん

 

異なる留学動機、異なる留学生活 ③海外にいながらの交換留学の一失一得

 

コラ・ソフィア・ヴィナさん 21年4月〜8月に、KOMSTEP制度で教養学部へ交換留学。留学当時はセビリア大学に所属。

 

 東大に行きたいと思ったのは、名門大学の生活と勉強を体験したかったからです。私の専門は東アジア研究で、駒場ではPEAK生と共通する授業や日本語の授業を受けました。専門や母校のカリキュラムに合致する授業を選ぶ必要はあったものの、比較的自由に履修を組めました。

 

 交換留学の申請準備を始めたのは2019年の10月でした。新型コロナウィルスはまだなく、後にこういった状況になるとは想像もできませんでした。当初は去年9月から留学する予定でしたが、感染者数が減れば渡日できると思い、今年4月まで1学期延期しました。渡日できるかもしれないことを考えるとセビリアのアパートをいつまでも借り続けることもできないし、インターンも渡日の日程が決まらないので続けることができませんでした。幸い、ドイツにいる祖父母の家に引っ越しできました。

 

祖父母の家から見える朝の景色

 

 ロックダウン中のドイツで、早いと朝3時くらいに起きて授業を受け、寝てしまわないように外に買い出しに行って、午後に課題に取り組むという単調な毎日を送りました。次の学期に渡日したいとも思いましたが、日本の入国制限がいつ解除されるかについての情報はなく、また東大が提供している寮が既に定員がいっぱいで、かといって自力で東京での住所を探すのも難しいので、母校でもうすぐ卒業することも考慮して現地での交換留学を中止することにしました。

 

 留学開始直後はさまざまな問題に直面しました。例えば、授業選択の仕組み、UTASやITC-LMSの使い方、授業日程の見方などが分からないという「新入生あるある」問題に遭遇しました。経済的にも、インターンシップやバイトができなくなった上、奨学金も実際に日本に行かないと交付されない仕組みだったので得られませんでした。幸い祖父母の家で暮らすことができたので、そこまで追い詰められませんでした。

 

 授業に関する問題は、国際研究協力室に支援をしてもらいました。その他、スーパーバイザーの先生からも一人の日本人学生のチューターを紹介されました。その学生とは仲良くなり、今でも連絡を取っています。他の学生と交流の方法を探して、グローバリゼーションオフィスのGOチューターにも問い合わせたことがあります。

 

オンラインで授業を受けていた

 

 東大と私の母校のセビリア大学にはたくさんの面白い違いがあります。母校では教員の数が多くのんびりした雰囲気で話しかけやすかったですが、東大での授業はオンラインだったせいか、教員との距離感がありました。また、母校の授業は大人数の講義形式のものがほとんどで交流は少なかったですが、東大では、教員が授業を面白くするために交流を増やしたり、学生にモチベーションと広い視野を持たせたりする努力をしていると感じます。留学生でない学生を「一般生」と呼び留学生と区別することも、セビリア大学にそのような習慣がないので驚きました。同じ学生同士なのにこういった呼び方をするのは、私たちを団結させるというより引き離してしまうと思います。

 

コラ・ソフィア・ヴィナさん
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