教養

2020年10月26日

サーギル博士と歩く東大キャンパス⑧ オンライン空間編

新時代の空間認識とはいかなるものか

 

 我々が日々当たり前のように身を置いている「場」も、そこにあるモノの特性やそれが持つ歴史性などに注目すると、さまざまな意味を持って我々の前に立ち現れてくる。この連載企画では、哲学や歴史学、人類学など幅広い人文学的知見を用いて「場」を解釈する文化地理学者ジェームズ・サーギル特任准教授(東大教養学部)と共に、毎月東大内のさまざまな「場」について考えていこうと思う。第8回では「時間経験」に着目し現実空間とオンライン空間の境界線を考察する。

(取材・円光門)

 

ジェームズ・サーギル特任准教授(東京大学教養学部) 14年英ロンドン大学大学院博士課程修了。Ph.D.(文化地理学)。ロンドン芸術大学助教授などを経て、17年より現職。

 

オンライン空間における時間経験

 

 前2回の連載において、我々は対面授業とオンライン授業の差異性をいかに乗り越えることができるかという議論に着目してきた。だが、そのような差異性を解消できていたのは、我々があくまで「空間」という要素を前提にして論じてきたからであって、もう一つの重要な要素である「時間」がこれまで見過ごされてきたことが、前回明らかとなった。そこで今回は「時間」を中心に、現実空間とオンライン空間の間には決定的な亀裂があるのかどうか、検討したい。

 

 「『時間が存在する』と言うためには、何らかの空間が措定されなければなりません」とサーギル特任准教授は言う。カントは時間を、空間から独立した内的直観だと主張したが、実際のところ、空間なしに純粋な時間を経験することはできないだろう。我々は普段「日が沈んだ」「しばらく見ない間に髪が伸びた」「ずっと座っていたら腰が痛くなった」という形で、空間内のある存在における出来事を基に時間の経過を感じる。このように時間と空間は密接に関わり合っているが、現実空間とオンライン空間では、両者の関係はどのように異なるのだろうか。

 

 本連載第3回(駒場Ⅰキャンパス1号館=2019年7月16日号)や第4回(本郷キャンパス総合図書館=19年9月3日号)で述べたように、現実の空間においては過去のさまざまな時代の痕跡が層を成している。すなわち、一つの場所にとどまっていても、そこに位置するさまざまなモノを通じて過去を感じることができる。このように1カ所にとどまりながら現在と過去との行き来を示すものを「垂直的時間軸」と名付けよう。これに対して、ある地点から別の地点への移動を示すものを「水平的時間軸」とする。前者は「痕跡」に、後者は「移動」に関わると言ってもよい。

 

 サーギル特任准教授によれば、現実空間における時間経験は、常に「垂直的時間軸」と「水平的時間軸」という二重化のプロセスとして現れる。(図1)で示されている通り、AとBという二つの軸から、Cというベクトルが導き出される。すなわち、ある地点から別の地点へと移動する際、同時に私は現在から過去へとさかのぼり得る。私が一歩進むたびに、周囲の新たな痕跡に出会う可能性が生まれるからである。

 

 しかしオンライン空間においては、様相が異なってくる。一つのウェブサイトという「地点」から別のウェブサイトへと移動することがあるように、水平的時間軸はあると言えるだろう。だがそこには過去の痕跡を示すモノが存在しないため、垂直的時間軸が欠けている。従って(図1)ではDというベクトルがオンライン空間上の時間経験を示すことになるのだが、Cのように2次元的な広がりを持たないため、極めて平坦な経験となってしまう。サーギル特任准教授いわく、この時間経験こそが現実空間とオンライン空間を比較した際の決定的な差異である。

 

 

 オンライン空間上の痕跡なき平坦な時間経験は、我々にどのような意味をもたらすのか。「記憶の蓄積の場としてのアーカイブさえもがデジタル化されることで、〈いま〉が散逸していってしまうでしょう」とサーギル特任准教授は分析する。だが、そもそも「〈いま〉が散逸する」とはどういうことなのか。

 

 サーギル特任准教授によると、我々が〈いま〉という感覚を持つのは、過去のアーカイブに関わることのできる限りにおいてである。「不在があってはじめて存在があるように、〈いま〉という意識は、過去との対比においてのみ現れるのです」。だがそれは、あくまでアーカイブが特定の媒体に依存するという点において有限性を持つ場合にのみ、当てはまるだろう。例えば、別れた恋人からもらったプレゼントは、かつて恋人と過ごした日々が保存されるアーカイブであり、古びた石碑は遠い過去の重要な出来事を保存するアーカイブである。だが、プレゼントはプレゼントという固有の媒体として、石碑は石碑という固有の媒体としてしか存在し得ない。このように、アーカイブはその存在の仕方が極めて限定されているというある種の「脆さ」を自ら提示することで、その出来事が「かつてあった」という点を強調し、〈いま〉との対照性を際立たせるのである。

 

 これに対して、オンライン空間においてはアーカイブはデジタル化されるため、そのような「脆さ」は消失する。オンライン講義は録画をして何回も繰り返し見ることができるし、クラウドにアップロードしたりUSBメモリに移管したりすれば、パソコンが壊れたらスマホで、スマホが壊れたらタブレットで見ることができる。このようにデジタル化されたアーカイブは特定の媒体に依存することもなくなるので「かつてあった出来事」と〈いま〉の関係が異なってくる。過去の出来事が反復可能となることで、〈いま〉は至る所に現れるのだ。だが、このようにして現れる〈いま〉は本来の〈いま〉ではない。サーギル特任准教授はこの現象を「〈いま〉の失敗」(failure ofnow)と呼ぶ。

 

包括的排除と排除的包括

 

 このように、現実空間とオンライン空間は、時間経験という点において、互いに和解不可能な亀裂を有している。だが、ここで注目すべきなのは、あらゆる区別や境界においては、正反対の方向性を持つ力が作動しているという点である。イタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベンは、そのような場を「閾」(soglia)と呼んだ。
 閾とは、二つの領域が互いを区別し合うと同時に交じり合う場である。これは一見逆説的に聞こえるが、アガンベンの主張は以下の通りである。あるものが他のものから自身を区別するとき、自身から他のものを排除しなければならないが、この排除の仕方には2通りがある。他のものをあえて自身の中に包括させることで、他のものを自身から排除する「包括的排除」(図2)と、自身をあえて自身から排除し他のものへと包括させることで、自身を自身へと包括し他のものを自身から排除する「排除的包括」(図3)である。包括的排除と排除的包括によって、二つの領域の境界線は画定されると同時に曖昧になるのだ。

 

 

 

 「ソーシャルディスタンス」という言葉は、まさにそのような理由で境界線の両義性を表しているとサーギル特任准教授は話す。授業や会議などはオンライン空間で行い、現実空間ではソーシャルディスタンスをとらなければならないという今日のライフスタイルは、現実空間とオンライン空間の境界線を我々により一層意識させるものであるが、サーギル特任准教授は次のように指摘する。「ソーシャルという人と人との近さを示す言葉と、ディスタンスという隔たりを示す言葉を合体させて一つにすることは、矛盾を感じさせます。本来、隔たりがあっては近づくことができないからです」

 

 このことは以下を意味する。現実空間がオンライン空間から区別されるのは、後者において経験される隔たりが前者へと持ち込まれ(包括的排除)、また前者において経験される人と人との近さが後者に持ち込まれる(排除的包括)ときである。例えば、現実空間で人と会う(「ソーシャル」の側面)ときにはマスクを着用しなければならないため、顔を見ることができない(「ディスタンス」の側面)が、オンライン空間で会議をする(「ディスタンス」の側面)ときなどは、当然マスクは着用しなくても良いため、顔を見ることができる(「ソーシャル」の側面)。サーギル特任准教授いわく「私たちは近づくことで遠ざかり、遠ざかることで近づく。この矛盾を可能にしているのが『ソーシャルディスタンス』なのです」

 

 以上に見てきたように、現実空間とオンライン空間の間には決定的な境界線があるが、それは両者が互いを区別し合うと同時に交じり合う場である。ウィズコロナの時代における我々は常にこの境界線に身を晒しているわけであるが、問題は、どのようにそれに向き合っていくべきかということだ。コロナ以前が良かったといって、対面にこだわるか、あるいは時代は変わったと割り切って、オンラインで全てを済ますか。アガンベンは次のように述べる。同一の場に二つの相反する可能性が存在するとき、一方の可能性が他方の可能性に対抗して用いられるべきである、と。もはや従来の二者択一的な仕方で、現実空間とオンライン空間を解釈することはできない。我々は、新時代における時間認識と空間認識の転換を迫られている。


【連載】

サーギル博士と歩く東大キャンパス① 本郷キャンパス赤門

Take a Walk through Todai’s Campuses with Dr. Thurgill #1 Akamon, Hongo Campus

サーギル博士と歩く東大キャンパス② 本郷キャンパス三四郎池

Take a Walk through Todai’s Campuses with Dr. Thurgill #2 Sanshiro Pond, Hongo Campus

サーギル博士と歩く東大キャンパス③ 駒場Ⅰキャンパス 1号館

Take a Walk through Todai’s Campuses with Dr. Thurgill #3 Building 1, Komaba Campus

サーギル博士と歩く東大キャンパス④ 本郷キャンパス 総合図書館 【前編】

Take a Walk through Todai’s Campuses with Dr. Thurgill #4 General Library, Hongo Campus 【Part 1】

サーギル博士と歩く東大キャンパス④ 本郷キャンパス 総合図書館 【後編】

Take a Walk through Todai’s Campuses with Dr. Thurgill #4 General Library, Hongo Campus 【Part 2】

サーギル博士と歩く東大キャンパス⑤ 駒場Ⅰキャンパス 駒場池【前編】

Take a Walk through Todai’s Campuses with Dr. Thurgill #5 Komaba Pond, Komaba Campus 【Part 1】

サーギル博士と歩く東大キャンパス⑤ 駒場Ⅰキャンパス 駒場池【後編】

Take a Walk through Todai’s Campuses with Dr. Thurgill #5 Komaba Pond, Komaba Campus 【Part 2】

サーギル博士と歩く東大キャンパス⑥ 駒場Ⅰキャンパス 数理科学研究科棟

Take a Walk through Todai’s Campuses with Dr. Thurgill #6 The Mathematics Building, Komaba Campus

サーギル博士と歩く東大キャンパス⑦ オンライン授業【前編】

Take a Walk through Todai’s Campuses with Dr. Thurgill #7 Online Classes

「欧米と中国の間には想像上の空間的断絶があった」サーギル博士と歩く東大キャンパス【番外編】

サーギル博士と歩く東大キャンパス⑦ オンライン授業【後編】

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