COLUMN 2020年5月20日

サーギル博士と歩く東大キャンパス⑦ オンライン授業【前編】

 我々が日々当たり前のように身を置いている「場」も、そこにあるモノの特性やそれが持つ歴史性などに注目すると、さまざまな意味を持って我々の前に立ち現れてくる。この連載企画では、哲学や歴史学、人類学など幅広い人文学的知見を用いて「場」を解釈する文化地理学者ジェームズ・サーギル特任准教授(東大教養学部)と共に、毎月東大内のさまざまな「場」について考えていこうと思う。第7回の考察対象は、オンライン授業だ。

(取材・円光門)

 

【後編はこちら】

サーギル博士と歩く東大キャンパス⑦ オンライン授業【後編】

 

ジェームズ・サーギル特任准教授(東京大学教養学部) 14年英ロンドン大学大学院博士課程修了。Ph.D.(文化地理学)。ロンドン芸術大学助教授などを経て、17年より現職。

 

オンライン授業は「場」の欠如か?

 

 本連載で取り上げてきた東大キャンパス内の「場」は、いずれも物理的に存在するものであった。だが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて学生の入構が禁じられ、授業が全面オンラインとなった今、我々に唯一残された東大にアクセスする方法はオンライン授業となった。果たしてオンライン授業は文化地理学の考察対象としての「場」となり得るのか。

 

 「仮想世界における『場』の機能については、これまで多くの文化地理学者が論じてきました」とサーギル特任准教授は話す。文化地理学者にとって「場」とは、人間が自身との関係性において「意味」を定位する所である。「『意味』は『場』が我々に喚起する感情や記憶などから生まれるのです」

 

 よって授業中に教員や学生と交流することで思い出を作り、そこに自分なりの意味を付与することを可能とするオンライン授業もまた「場」と言うことができるだろう。「『場』はあたかも現実的な空間の中に存在するように感じられますが、それが現実であるか仮想であるかにかかわらず『場』の形成過程は常に各当事者の心の中にあります」

 

画像は東アジア藝文書院が今学期金曜5限に開講している学術フロンティア講義「30年後の世界へ」の授業風景(5月1日)。Zoomを駆使して受講生の活発な発言を引き出している。

 

 それでは、オンライン授業に見いだされ得る意味経験は、いかなるものだろうか。サーギル特任准教授はハイデガーの「覆い隠し」という概念を軸に議論を展開する。「オンライン授業では、参加者の顔より下の身体が、カメラをオフにすれば顔が、そして表示名を偽名にすれば本名が認識不可能になります。普段の物理的な教室に存在するはずのさまざまなものが覆い隠され得るのです」

 

 サーギル特任准教授によると、このような「覆い隠し」は次の点で両義的だ。第一に、個々人の身体性が失われることで、参加者同士の自発的な交流が生まれづらくなる。だが同時に、顔や名前といった個別性が覆い隠されることは、参加者に何らかの連帯感を呼び起こすことがあるという。「どの学生も自分と同じ不便な状況下でパソコンのスクリーンを前に学習しているのだという連帯感です。つまり、普段教室で隣に座っているはずの学生がいないということ、この『不在』こそが逆説的に、私以外の人も『存在』するのだという共通認識を参加者全員に示すのです」

 

 このように考えると、オンライン教室は物理的な教室とは違った良さを持っているように思える。だが「そもそも現実と仮想という二項対立の思考法は、我々が物理的、外的な環境に依存し過ぎていることの象徴ではないでしょうか」とサーギル特任准教授は問い掛ける。「私たちはこれまでコミュニケーションの場において、活動主体が物理的に現前する、すなわち『まさにここに存在する』ことを自明視、特権視してきましたが、最近ではこのような前提はオンライン学習の実践を通じて少しずつ脱構築されてきているのではないかと思います」

 

 日常的な物理世界において我々を取り囲む言葉や図、風景、音楽、そして顔の表情といったものさえも全て、何らかの意味を表象するという点において記号であると言える。フランスの哲学者ジャック・デリダによれば、記号とは、それが指し示す当のものが不在である中、その現前性を代わりに表すものだ。すなわち、日常的な物理世界にあるものは、あたかも我々の目の前に存在しているかのように思えるが、実態は真逆であり、それらは意味を指し示すものとしての媒介に過ぎないことが多い。例えば、ある人物が私の目の前にいるからといって、私はその人物の存在を直接的に認識しているわけではない。喜怒哀楽を示す顔の表情、人種を示す肌の色、発言内容を示す言葉などの記号を介してのみ、その人物にたどり着いているのである。

 

 よってオンライン授業と物理的な教室における授業との差異はそれほど大きくないことが分かる。オンライン授業において、我々は教員や学生の存在にパソコン画面に表示されている記号を介して間接的にしかたどり着けない。しかしこのような間接性の構造は、物理的な教室においても同様なのである。我々は必ずしも、現実対仮想という二分法にこだわらなくとも良いのかもしれない。

 今回の前編ではオンライン授業を記号に着目して考えた。だが、オンラインにおいて欠落していると思われる身体的な感覚(五感)は、空間の認識のされ方にどのような影響を与えるのか。この問題については引き続き後編で取り上げる。

 


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