学術

2017年10月6日

「初音ミク」10周年 知れば知るほど奥深いボカロの世界

 ボーカロイド(ボカロ)が世に知れ渡る大きなきっかけとなった「VOCALOID2 初音ミク」が発売されてから今年で10年となる。東大駒場キャンパスでもボカロについて扱う講義「ボーカロイド音楽論」(ぱてゼミ)が昨年度から開講され、大きな話題になった。多くの人が知る存在となったボカロについて掘り下げてみよう。

(取材・湯澤周平)

 

ボカロとは何か

 

 そもそもボカロとは、開発元が事前に人間の声を収録して歌声ライブラリを作り、それを元にユーザーがメロディーと歌詞をVOCALOIDエディターで打ち込んで歌声を合成する技術のことを指す。「VOCALOID2 初音ミク」は声優の藤田咲さんの声を元にして製作された歌声ライブラリで、2007年8月31日に発売された。パッケージには青緑色の髪を持つ16歳の少女が描かれ、バーチャルシンガーのミクとして認知されるようになった。

 

 初音ミクの魅力は、ミクにいろいろな曲を気軽に歌わせられることだ。多くの人がパソコンを使ってボカロ曲を制作し、当時急成長していたニコニコ動画に多くの作品が投稿されたことで、それまで一部のマニアにしか知られていなかったボカロの存在が多くの人に知られるように。14年のJOYSOUNDカラオケ年代別ランキングでは10代のトップ20のうち11曲がボカロ曲となり、40代でもボカロ曲の「千本桜」が第5位にランクインしたように、ボカロは幅広い世代に受け入れられるようになった。

 

 

 ボカロ曲がニコニコ動画に投稿されるようになると、ボカロ曲を人間がカバーする「歌ってみた」や、ボカロ曲に合わせて人間が踊る「踊ってみた」のような派生ジャンルが誕生し、これらもニコニコ動画に多く投稿され創作の連鎖が発生。こうして人気が加速するとボカロは他業界とも関わりを持つようになり、初音ミクの楽曲がCMに採用されたりミクが歌舞伎とコラボしたりするようになった。さらに英語版のボカロも作られることでボカロは海外に浸透し、現在では初音ミクがレディー・ガガのツアーに出演するほどの広がりを見せている。

 

東大教員がボカロを語る

 

 ボカロの隆盛はなぜ起こったのか。「ボーカロイド音楽論」(ぱてゼミ)の講師としてボカロ曲をジェンダー論や記号論、精神分析を用いて研究し、自身もボカロ曲を製作する「ボカロP」である鮎川ぱてさん(教養学部非常勤講師/先端研協力研究員)と、ぱてゼミ受講生のてり〜さん(理Ⅱ・1年)に、ボカロの特徴を聞いた。

 

言語野が完璧な鮎川ぱてさん
※鮎川非常勤講師はルックス担当とルックス以外担当が分かれており、写真はルックス担当の鮎川ぱてさんです

 

――ボカロの歴史はどのようなものか

鮎川さん 二つのボカロ史について話したいと思う。まず一つは、「ボカロは萌えカルチャーなのか」という観点から。たしかにごく初期には「かわいい初音ミクを歌わせたい」という観点の曲が多かったが、それはミク発売後1年ほどにすぎない。

 萌(も)え要素が切り離されると、ボカロは当たり前の音楽ジャンルになった。外野の人はボカロは今でも萌えの要素が強いと思いがちだが、9年前から異なる。ボカロ曲を聞く人の男女比はほぼ1対1で、少し女性の方が多いという調査もある。

 

――萌え要素を切り離したボカロはどう推移したのか

鮎川 もう一つの、「反歴史」としてのボカロ史について話したい。新歴史主義の考えや、その支持者の一人である歴史家のヘイドン=ホワイトの議論に沿って考えるとわかりやすい。新歴史主義は為政者や権力の移り変わりばかりに注目する従来の歴史を批判し、多くの名もなき民衆が歴史を作り出したという考えに立つ。ホワイトは、従来の歴史は歴史家が為政者の交代を物語に落とし込み因果関係の中で叙述したものにすぎないと考え批判的に検討した。

 新歴史主義の考え方はボカロにふさわしい。ボカロの歴史を一部のヒット曲(為政者)の交代劇で考えるべきではない。誰もが勝手に投稿したのであって、時間的前後関係は因果関係ではない。誰でも作曲できて、誰でもニコニコ動画に投稿できるという特長により、何万というボカロPが共にムーブメントを作り出した。そこにある多様さは単線的な歴史観に収まるものではない。

 

――ボカロについてどんな印象を抱いているか

鮎川 ボカロは若者の文化だと考えている。世間では草食系といわれる現代の若者が、レッテルを覆すパワーでボカロ曲に熱狂する様子が動画に流れてくるコメントから伝わったのが、私がボカロに引かれた理由だ。この新しいムーブメントは、ただ外から見るのではなく作り手として関わらなければ理解できないと思って、学生時代以来に音楽を製作し、ボカロPとしてシーンに飛び込んだ。

 

――ミク発売から10年で、若者と言われる世代も変移した。ボカロの現状についてどう考えるか

鮎川 ぱてゼミで実施しているアンケートの結果を見渡すと、定番曲も多く挙げられているが、最近登場した作品を好む生徒も多い。好みの多様性が高まっている印象だ。

 

てり〜さん 私もナユタン星人やバルーンといった最近登場したボカロPの曲が好きだが、新しい曲だけでなくボカロ曲を10年分まとめて聞いてみたいとも思っている。

 

鮎川 ボカロ曲は、商業音楽曲より古びるのが遅い。商業音楽は、泳ぐのをやめると死んでしまう魚のように「新曲を売る」ことを常に続ける必要があるので、人為的にトレンドの新陳代謝を促進する。そのような介入がない分、ボカロ曲は本来の寿命で長生きしている。

 

言語野が完璧な鮎川ぱてさん(左)とぱてゼミ受講者が制作したアルバムを持つてり~さん

 

――ぱてゼミの講義はどのような様子か

鮎川 ぱてゼミでは受講者が講義中にツイッターを使って実況することを認めている。今年の受講者の中には高校生の時にツイッターでぱてゼミの存在を知り、東大に合格したら受講したいと思っていたという人がたくさんいて、とてもうれしい。

 

てり〜 私は入学後に講義の存在を知ったが、受験期にボカロ曲で勉強のやる気を出していたので大学でもボカロと関わりたいと思い受講した。実際に受講すると、扱う範囲がとても広く、文理を横断するリベラルアーツだったが、中でもジェンダー論を駆使した分析はとても面白かった。

 

鮎川 ボーカロイドカルチャーの中にある新しいジェンダーの感性を丁寧に分析している。瀬地山角先生、清水晶子先生、坂口菊恵先生など、駒場では優れた先生方がジェンダー論の講義を開講されていると聞くが、東大の学生規模からするとまだまだ機会提供が少ないのではないか。その一助になれればという気持ちはあった。

 最終課題ではレポートの提出か創作活動をして動画サイトに投稿することのどちらかを選択する形にしたため、後者を選択してボカロPデビューした受講生が何人もいる。制作指導はしてないがそれぞれに魅力的な個性を持っていて、ぱてゼミで制作してコミケ(コミックマーケット)で発表した『モチャマ』というアルバムにも収録した。学術的講義でありながら優れた映画監督を何人も輩出した、蓮實重彦元総長による伝説の映画論ゼミに憧れている。少しでも近づけたら嬉しい。奇遇にも、今学期のAセメスターでぱてゼミが使用している教室は、かつて蓮實ゼミが行われた教室だ。

 

━━最後に自身が考えるボカロの課題を一言

鮎川 ボカロは売り上げといった商業的な観点に縛られない自由な創作が可能なため、突き抜けた人気曲が多い。一方で、ボカロは音楽ジャンルとして身近なものになったために、本質的なポテンシャルが見えにくくなった側面もある。10周年を記念して書き下ろされた、東大出身者でもあるボカロP、wowakaの「アンノウン・マザーグース」は、それに警鐘を鳴らすかのような深い射程を持った曲だった。ぜひ聞いてみてほしい。

鮎川 ぱて(あゆかわ ぱて)さん ボカロP、非常勤講師(教養学部)、協力研究員(先端科学技術研究センター)

 教養学部卒。16年より教養学部非常勤講師、17年より協力研究員を兼任。


この記事は2017年9月19日号の記事を再編集したものです。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

 

 

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