COLUMN 2019年8月1日

研究と実社会で示す存在感 知られざる「地学」の魅力に迫る

 地震、火山災害の頻発などで地球科学分野の社会的な重要性が増している。また、はやぶさ2の開発などを背景に宇宙科学分野への関心も高まっているといえるだろう。このように地球、宇宙を軸とした科学を学ぶのが「地学」という科目だが、履修する高校生は理科の他科目より少ない。今までに「地学」をあまり学べなかったと感じている学生もいるのでは。本企画では東大教員2人に取材し、研究と教育の両面から「地学」の魅力を探る。

(取材・小原寛士)

 

研究面 「夢の追求」と「社会貢献」を両立

 

 高校時代に理科4科目の中で物理、化学、生物は受講したが地学の授業は受けなかったという読者もいるだろう。大学入試センター試験への理科基礎科目の導入により増加したものの、高校の「地学基礎」の教科書採択数は「生物基礎」の3分の1未満。センター試験での選択者数も他の科目を下回り、主に理系が選択する専門科目では特に少なくなっている(図)。地学は他の科目に比べて学ばれていないといえるだろう。

 高校の「地学」は地質学、大気環境学、天文学など地球、宇宙を対象としたさまざまな学問領域を含む。今回は地球環境中での物質の挙動を扱う地球化学が専門の高橋嘉夫教授(理学系研究科)に話を聞いた。

 

 高橋教授は地学が高校で学ばれていないことは、この分野の裾野を広げる上で問題だと認識している一方で「地学は物理、化学、生物を基礎に成り立つ分野なので、独立して教育がなされる必要性は必ずしも感じていません」と語る。ただ、高校で教えられないことで他分野より軽視される恐れはあるため、その重要性を訴える必要はあるという。「地震・火山や気候・環境・資源問題を扱う地学は、21世紀で最も重要な科学分野の一つだと思っています。ただ名前が悪く、その広がりを表現するには『地球惑星科学』と呼ぶべきかもしれません」

 

 ある程度科学の基礎が身に付き、応用に移れる前期教養課程の学生には、授業などで地学の面白さを積極的に伝えているという。「私の講義は高得点が取れると噂が広がったようで受講者が増えましたが(笑)純粋に面白いと思って受けてくれる学生も多いです。訴えれば人は集まってくれると手応えがありました」。今後は高校生など、さらに下の世代へ研究の面白さを周知することも課題になるという。

 

 地球化学の魅力は「夢を追求する研究と、社会貢献につながる研究の両方ができること」だという。高橋教授は学生時代に社会問題となっていたオゾン層破壊に関心を持ち、地球化学を志した。オゾン層破壊の原因物質はフロンだ。フロンは安価で人間に直接の害がなく、化学的に安定した気体であるため、冷媒や洗浄剤として世界中で使われていた。しかし、環境中に排出されたフロンは成層圏に到達すると紫外線で分解し、発生した塩素ラジカルがオゾンを分解し、有害な紫外線が地表へ到達するのを防いでいたオゾン層を破壊することが判明した。フロンは安定な物質であるがために利用されてきたのだが、そのために成層圏に塩素を運び、その塩素1つ当たり数万分子のオゾンを分解する。ミクロな分子の反応が地球規模の環境変動に大きく影響していることが感じられ、高橋教授も地球化学の重要性を知るとともに興味深い魅力的な学問だと思うようになったという。「物質が環境中でどんな動き・働きをするのか解明することは単純に面白いですが、その知見が環境問題の解決のために必要になると、別の意味でやりがいが出てきます」

 

 高橋教授が現在取り組む「役に立つ研究」の一つが原発事故で放出された放射性物質の挙動解明だ。高橋教授らは、被災から約1カ月後の福島県内の土壌を採取し分析したところ、代表的な流出放射性物質であるセシウムの9割は地表から5センチ以内に含まれていることを発見。通常、セシウムのようなアルカリ金属は水に溶けやすいため、その理由をミクロな物質の特性に注目して考察した。

 

 結果、イオン半径の小さなストロンチウムが雨水とともに流出されやすいのに対し、イオン半径が大きなセシウムは土壌中の粘土鉱物に捕捉されて侵食により流出することが分かった。さらにセシウムを含む土壌粒子は、川の流れで運ばれて海水中の高塩濃度環境による塩析効果で河口付近に凝集・沈降することも解明された。「このような放射性物質の挙動が解明されたことで、除染の計画が立てやすくなりました」

 

 環境中の放射性物質の挙動を調べた研究はチェルノブイリ原発事故の際にも行われた。しかし、チェルノブイリ周辺は多量の有機物を含む泥炭湿地で粘土鉱物が少ないため、福島のように土壌に捕捉されたセシウムは少なかったという。類似した環境問題でも、起こる地域の自然環境によって全く違う影響が出ることが分かってきた。

 

 地球環境を専門にしたい学生に対し、高橋教授は「応用を視野に入れつつ、基礎となる分野を固めること」をアドバイスする。高橋教授が学生時代に専門的に学んだ化学は、現在も基礎になっているという。「大学教員は数十年間にわたって世界最先端の研究を続ける必要がありますが、そのためには基礎的な学問を固めておく必要があります。基礎があれば、純粋な夢のある科学を追及しつつ、一方で社会問題の解決に貢献することもでき、やりがいが得られると思います」

 

高橋 嘉夫(たかはし よしお)教授

(理学系研究科)

 97年理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。広島大学教授などを経て、14年より現職。

 

教育面 文理問わず身に付けるべき分野

 

 教育の面では、地学はどう扱われているのか。前期日本学術会議で高校理科教育検討小委員会の委員長を務めた須藤靖教授(理学系研究科)は「物理・化学・生物は扱う対象が明確でまとまりがあるのに対し、地学は気象、地震、地質や火山、さらに天文などさまざまな分野を含む点で異質です」と話す。そもそも地学は応用的な分野であり、まだ専門の決まっていない学生に教えなくても支障がなく、大学で専攻する際に学べば良いと見なされているという。「多くの大学には工学部がありますが、普通科高校で工学が教えられていないのと似た状態です」

 

 一方で「地学は科学リテラシーを高めるためにも国民に広く教えられるべきです」と須藤教授は指摘する。「日本では災害が頻発していることを考えると、理系か文系かを問わず誰もが身に付けておくべき分野は地学かもしれません」

 

 須藤教授は、地学など応用的な分野も含めて科学を総合的に扱う「理科基礎(仮称)」の創設を提唱している。「大学進学率が約5割で、そのうち理系が約3割だとすると、約85%の人にとって理科を学ぶ最後の機会は高校なのです。高校では彼らに最低限必要な科学リテラシーを教えるべきです」。理科基礎では、従来の物理の公式などの暗記事項偏重の解消が図られる。「理科の暗記でつまずいて、その後科学全般に苦手意識を持っている人が多いことこそ問題です」。物理学で記述される素粒子が集まってできる元素、それらが化学的に結合した分子や多様な物質、さらには生物といった、理科の分野にとらわれない「世の中の仕組み」を教えることを目指すという。「確実な学習を促すためには、現実的な手段として入試での出題も必要になるでしょう」。より専門的な教育が求められる理系進学希望者に対しては、その上に専門科目を教える方針だという。

 実際に「理科基礎」を導入しようとすると課題も考えられる。「文系の先生方は賛同してくれるのですが、高校理科の現場の先生は専門外の分野をも教えることになり、負担が増えます。現状でも理科の教員免許は共通なのでどの科目でも教えられるべきなのですが、現実はそうではない。先生方への対応にも工夫が必要でしょう」。他教科、例えば地理歴史科は近代史が独立した科目となるなど、柔軟な再編が進みつつある。「理科は積み上げ型の教科で、途中から教えることができず難しい面はありますが、分野にとらわれず総合的な科学を教えられるような再編を議論すべきです」。小委員会でも同様の提案がなされており、今後は議論の叩き台となり得る教科書の作成も目指すという。

 須藤教授は地学に限らず科学研究を志す学生に「特に専攻を決めていないときにこそ幅広い分野を学んで視野を広げるべきです」と助言する。「理系で違う専門のみならず文系も含めて広く友達を持っておいてください。研究を始めると同じ専門内の狭い価値観に閉じてしまいがちです。むしろそれ以外の友人との議論が有益となります」

 

 基礎を確実に押さえつつ、さまざまな応用の分野を知って自分が興味を持てる分野を見つけることが大事だろう。その際に、高校以前でよく学べなかったからこそ大学以降で、基礎研究の世界と実社会両方に関わる地学の世界をのぞいてみてはいかがだろうか。

 

須藤 靖(すとう やすし)教授

(理学系研究科)

 86年理学系研究科博士課程修了。理学博士。理学系研究科助教授などを経て、06年より現職。

 

この記事は2019年7月9日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナル記事を公開しています。

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