INTERVIEW / FEATURE 2018年4月18日

【蹴られる東大④】ハーバードで2年間 気付いた「自分、東大、ハーバードの強み」

 東大を離れ海外の大学に進学する学生に迫り、世界での東大の立ち位置を考える連載「蹴られる東大」。4回目となる今回は、半年間の東大生活を経てハーバード大学で2年間を過ごし、現在は休学して世界を飛び回る髙島崚輔さんにインタビュー。正規学生として海外に渡ったからこそ実感する海外大進学の意義や米国大の強みと弱みなどについて、日本の高校生の海外大学進学支援を行うNPO法人「グローバルな学びのコミュニティ・留学フェローシップ」の理事長としても活動する髙島さんに語ってもらった。

 

(取材・一柳里樹 撮影・高橋祐貴)

 

 

(本文中に付されている数字をクリックすると注に飛び、注の冒頭の数字をクリックすると本文の該当箇所に戻ります)

 

視野を広げて世界を回る

 

――ハーバード大学での2年間で、髙島さんはどう変わりましたか

 

 一番強く感じたのは、「日本」という枠が外れて、考える視野が広がったことですね。例えば今、休学して、どうすれば再生可能エネルギーを普及できるか考えるために世界の再生可能エネルギーの現場を回る視察取材をしているんですが、このように一つの分野で何かやりたいと思ったとき、以前なら「じゃあ、日本のどこでやろう?」と考えていたところを、今はいろんな国に行ってみようと思えます。その行ってみたい国からハーバード大学に来ている学生が友達にいて、友達を通して現場とのつながりを持てるんですね。場所にしても人にしても挑戦する内容にしても、あらゆる意味で「日本」という枠が外れたのは大きかったです。

 

 自分を客観的に見られるようにもなりました。高校時代までは目の前にある挑戦を一つ一つ頑張ってきた感じだったんですが、ハーバード大学の出願書類作成時にこれまでの人生を見つめ直し、進学後も英語や米国文化への適応面である程度不利な環境に置かれたことで、今後どんなことをやるべきか、自分を俯瞰的かつ客観的に見ながら考えられるようになりました。例えば休学のきっかけも、自分の強みを生かしつつ研究を現場に生かすにはどうすればいいか客観的な視点で考えたことでした。

 

――ハーバード大学で髙島さんが見つけた「自分の強み」とは

 

 

 最初はやれることからやろうと思って、好きなこと、得意なこと、周りと違うことの三つを使って居場所をつくることにしました。好きなものはラグビー、得意なことは写真を撮ることなんですが、自分が周りと違うことが何なのか考えるのは難しかったです。でも考えていく中で、「僕は英語ができないことが周りと違うな」って気付きました。これは一見ネガティブな「違い」なのですが、裏を返せばずっと日本にいて、誰よりも日本のことを知っているということでもあります。今、ハーバード大学で在学中の同学年の日本人は2人だけです。多様な出自が重視されるハーバード大学の文化の中で、自分の発言は全て日本を代表するものになるので、ある種日本の代表として振る舞わなければいけません。でもそれは、日本代表になれるとても恵まれた環境にいるということなので、それを生かそうと思い、日本人であることを強みにHPAIR[1]の運営などにも積極的に参加しました。

 

 その三つから入ることで居場所がつくれたし、生活にも少しずつゆとりができました。そして余裕ができたからこそ、自分の内面にも向き合えるようになってきました。

 

 その中で、僕は物事のストーリーを作ることが好きでかつ得意なんだなと気付きました。どうすれば一番分かりやすく的確に伝えられるか考えることは、授業のプレゼンや発表をする時にも好きだったし、強みとしてやっていけるのかな、と。冒頭でお話しした、自分を客観的に見られるようになったというのもハーバード大学で身に付けた強みの一つで、何をすればチャンスが生まれるのか考えるのも好きですね。

 

 現在休学しているのも,自分の強みをうまく使って世界に貢献するにはどうしたらいいか考えた結果です。現場に行くことが好きなので、さまざまな現場を回って最先端で活躍されている人と会い、自分の目と耳で感じる経験を積み重ねて、自らの研究を現場に根ざした形にしたいと思っています。

 

多様性なんてない?ハーバードの現実

 

――ハーバード大学の良さはどこにあるのでしょう

 

 

 「自分をいかに主語にするか」という視点が貫かれていて、学びの中で「あなたはどう考えるか?」と常に問われ続けるのは素晴らしいことだと思います。ディスカッションの授業はまさに自分がどう思うかを互いに発信し合う場ですし、履修する授業を選ぶ段階でもこの視点は重要です。ハーバード大学では必修の授業がほとんどなくて、1学期に授業を4個くらいしか選べません。大学院の授業も含め約1000個ある授業の中から履修する授業を決める時は、自分が何を勉強したいか、将来どういうことをやりたいかを逆算して自分で判断することになります。その分授業を選ぶのはめちゃくちゃ大変ですけどね。「自分」を互いに出し合いながら異なるバックグラウンドを持つ学生たちの間で揉まれる寮生活もそうだし、社会の現場から来ているプロフェッショナル・スクール[2]の院生に将来の相談に乗ってもらう中でも、自分をさらけ出してぶつけ合う部分があります。客観的な他人事ではなく、「自分ごと」として学びに主体的に向き合う必要があるんだと強く感じました。だからこそ、自分の目で世界を見る休学という選択肢を選んだのかもしれませんね。

 

 勉強面以外でも同じです。「ハーバード生をハーバード生たらしめているのは教室外の活動だ」とよく言われていて、ハーバード生は学校の勉強以外に「これに私は大学生活4年間を賭けている」という、自分の芯とかテーマになる活動をみんなそれぞれ一つ持っています。それがあるからこそ勉強を頑張っているという人も多いです。課外活動には授業で学んだことをいかに他の人のために役立てるかという側面もあり、授業とつながっている部分も大きいのではないでしょうか。僕がHPAIRや模擬国連、ハーバード日本人会などの運営に関わっているのも、授業で学んだりいろんな人にお世話になったりしたことの「恩送り」だと思っています。

 

HPAIRでの髙島さん(写真は髙島さん提供)

 

――逆に期待外れだった点は

 

 意外だったのは、実はハーバード大学には多様性があまりなかったことです。確かにいろいろな人種の人がいますが、実はそれは見かけの多様性で、よくよくその人のバックグラウンドや出自を見ると結局、主に米国のエリートが集まっている大学でした。留学生も国費留学生とか、国を背負って来ている人ばかりで、しかも寮生活なのでほとんどハーバード生としか会いません。とても強固な関係ができるという良い面もありますが、それは一歩間違えると結構怖いことです。

 

 それを一番感じたのは、一昨年の大統領選挙の時でした。大統領候補に献金したハーバード大学の教員の9割はクリントンを支持していて、トランプに献金した教員は1人もいませんでした。このようにトランプは完全に泡沫候補扱いで、共和党の代表に選ばれた後も、ハーバード大学の共和党支持団体は史上初めて候補の支持を表明しませんでした。学内のテレビで公開討論会を見ていても、クリントンが何か話すと拍手喝采、トランプが話すと失笑が起きる状態が続きます。だからこそ、あの日トランプが当選したときは、ハーバード生はみんなとてもショックを受けていました。それは、自分の応援していた候補が負けて悔しかったからだけではなく、アメリカのことは大体知っていると思っているハーバード生にとって、「大統領として想像もつかない候補を支持する人が,愛する我が米国に半分もいた」ことへの衝撃がかなり大きかったからかもしれませんね。

 

 逆に日本にはインカレの文化がありますし、東大生であることがあまり効力を持たない環境でバイトすることも多いです。こういうことが案外大事なんじゃないかと思います。一見東大生らしい家庭教師のバイトも、自分と違う年齢層の人と会う機会になりますし。一方でハーバード大学では、歩いて学校に行けるしスクールバスに乗っても乗客はハーバード生ばかりなので、日本のようにサラリーマンの横に座って電車通学することもありません。その同質性はとても怖いと思います。東大にも同質性があるかもしれませんが、外に開かれている分まだ救いがあります。

 

 あと、「何で18歳の時に気付けなかったんだろう」と思いたくなるような当たり前の話ですが、ハーバード大学に行けば自動的に、4年後の卒業までに素晴らしい人材になれるというわけではありません。よく「米国の大学は入るより出る方が難しい」と言われますが、ハーバードの学生は入学段階でかなり厳しく選抜されているので、入学できた学生は大体みんな卒業できます。だからこの4年間で何を学んでどうなりたいか「自分ごと」としてしっかり考え続けないと、大学のリソースを十分に使えないまま気付いたら4年間が過ぎて卒業してしまいかねない。この怖さは日頃からありましたね。まあ当たり前のことなんですが、米国に行けば全てが解決するなどということはありません。

 

――1年間の留学ではなく、正規の学生として海外大に進学する利点は

 

 

 4年間を見据えていろいろな経験をできることが最大の利点です。1年間では、入学当初に見えている範囲で計画したことしかできないことが多いです。僕もまさにそうでしたが、1年目が終わってようやく「あ、ハーバード大学ってこんなことができるのか」と気付くこともあります。例えば、研究は何年生からでもできるとか、こういう実験施設を自由に使えるとか、知っている状態で残りの3年間を過ごすのと、知ったときには留学が終わってしまうのとでは大きな違いがあります。4年間を見据えて計画を立てつつ、合間合間でそのプランを修正していけるのは正規の学生ならではです。

 

 休学もまさにプランの修正の一つですし、後で詳しく話す専攻の変更もそうで、その辺のフレキシブルさはとてもありがたいです。オフィスアワー[3]の良さに気付いたのも2年目でした。教員は相談相手としていろんな相談に乗ってくれて面倒見も良いし、生活をサポートしてくれるアドバイザー的な人もいます。このように、実際に現地に行ってみたからこそ、充実したサポート体制の真髄に気付いたような気がしています。

 

 ただ、日本の大学にサポート体制が全くないかというとそうでもありません。よくよく調べると、実は日本にもオフィスアワーはありますし、むしろオフィスアワーの競争相手が少ない分教員がたくさん時間を取ってくれるのは日本の方かもしれません。メールすればオフィスアワー以外の時間でも会ってくれるとはいえ、ハーバード大学ではオフィスアワーは大混雑ですから。

 

現場の日本、授業の米国

 

――東大とハーバード大学の両方に通う中で気付いた、東大にはないハーバード大学の強みとは

 

 一番のシステム上の違いは「授業が先か専攻が先か」というところです。日本では入試の時に学部とか科類を決めて、必要な授業を取って卒業していきます。一方で米国にはまず授業があって、毎学期4個の授業を選びながら専攻ごとに決まっている卒業要件に積み木を積んで収めていくイメージです。1学期4個×8学期で32個の積み木をどう置いていくかというところで卒業を考えていくのが米国大の最大の特徴で、かつ米国の一番の強みだと思っています。

 

 

 「積み木」なので、一度積んだ単位を崩して専攻を変えることも可能です。例えば、経済専攻の人がマクロ経済を取ってミクロ経済を取って統計を取って数学を取って、「本当にやりたかったのは経済じゃなくて統計だった」と思ったら、経済専攻で取った統計と数学の単位を統計専攻での単位に移して、そこからまた積み木を積んでいけます。先輩の中には、もともと数学をやっていて、社会学に変わって、公衆衛生に行って最後に音楽で卒業した人もいて、もはや何でもありです。それに加えて、専攻を最初に決めるのは2年生の後半なので、1年生の時は自分のやりたいことをやってみて、その後に試行錯誤できるのも強みです。米国の大学は「人はいきなり100%自分に合った決定をできない」というマインドセットの下で運営されていて、日本のようによく分からない状態で学部を決めてレールにはめられるケースがないので、何を学びたいか、将来どういう仕事に就きたいか考えながら勉強を進めることができます。

 

 自分は高2まで理系で、高3で文転して文Ⅰに入って、ハーバード大学でも1年半エネルギー政策をやっていました。そして、2年目で理転して今はエネルギー工学を専攻しています。やっていることはいろいろ変わっていますが、再生可能エネルギーという大きなテーマは結局変わっていなくて、それに対するアプローチが政策寄りから工学寄りに変わっただけです。こういう選択はまさに「積み木」だからこそできたことです。環境政策をやりたくて東大に入ったら、進学選択では法学部、後期教養学部と農学部のどれかを選ぶことになって、例えば農学部に入ると理系的なアプローチが中心になっていきます。学部選びの段階で、自分のアプローチがほぼ固められてしまうわけです。それに対して米国ではいろいろなアプローチから学べるので、再生可能エネルギーというテーマ全体をさまざまな角度から見ることができるのはとてもありがたいですね。

 

 必修の授業が存在しない上に授業は普通一つの学期に4個しか選ばないので、学生は自分の取った授業に責任を持って真剣に授業を受けます。そして、授業に真剣なのは教員も同じです。どの授業が面白そうか学生がいろいろ見て回る1週目の「ショッピングウィーク」では、教員は学生に履修してもらうためにとても面白い授業をしますし、いかに今回学ぶ単元が実生活や学生の将来に生きるかを強調しているのが印象的でした。そして学期の最後には、学生が教員に5段階で成績を付けます。「この人の授業はどうでしたか」という質問から始まり、「配布したプリントはどうでしたか」「授業のスピードは、進め方は・・・」などと続きます。面白いところでは、「質問をメールで送ったら24時間以内に返ってきましたか」「会いたいと言ったら2日以内に会ってくれましたか」なんて質問項目もあります。この「成績」が教員の評価に直結するので、学生も教員も真剣に、フィードバックをし合いながら互いを高めていくことになるのは良い文化ですね。互いに真剣になれるのは、必修がなくて何を勉強するか自分で決めないといけない、いわば「積み木」を自分で積まないといけないからで、そこにハーバード大学の学びの哲学が詰まっているのかな、と思います。

 

――それに対して東大の強みは

 

 

 これは本質とはかけ離れている気がしますが、自分で時間の使い方を決められるのはすごく意味があるところですね。米国の大学は宿題とかが多すぎて、目の前の課題と予定をひたすら消化していたら学期が終わっていました、みたいな状況になりがちです。これでは自分の時間を自由に使えません。

 

 実は、それが微妙だから休学しているという側面もあります。2年間、目の前のボールをひたすら打ち返しているだけだったな、と感じたので、一旦休学して落ち着いた時間を持って、今後どういうことをしたいのかゆっくり考えたいと思っています。

 

 あと、東京という立地はすごく恵まれていますね。東京は世界で唯一、文化も政治も経済も全ての中心になっている街です。そのことが外に出るきっかけになるかもしれませんし、しかも東大生には時間があるので、東大は大学の外でいろんなことに挑戦しやすい環境だと思います。米国は「学びから現場へ」という感じですが、「現場から学びへ」という逆の方向性も自らの学びを深めていくには重要なツールで、東大はそれがしやすい環境にあるのではないでしょうか。

 

 入学時に学部を決める日本ならではの良さとしては、先輩ともつながるゼミ文化があります。東大で半年間在籍していた高山ゼミ[4]では、1期から24期までゼミのOB・OGと現役が一堂に会する「総会」が年に1度あって、総会で知り合った高山ゼミの先輩とハーバード大学で再会したこともありました。ゼミにサークルのような縦のつながりがあるのは日本ならではで、ゼミも単なる授業の一つである米国にはない、とても良い文化だと思います。

 

 僕にとっては「東大よりハーバード」でしたが、東大も本当に良い学校だと思います。東大もハーバードも結局は「箱」でしかなくて、一番大事なのは使い方ですね。

 

――では、東大とハーバード大学はそれぞれ、どんな使い方に合った大学なのでしょう

 

 東大はある程度自由な時間があるので、現場でいろんなことに挑戦しやすい環境です。米国だと現場での挑戦は休学中か長期休暇の間が主になりますが、東大なら休まなくてもできるのは良いですね。あと、教員でも弁護士でもビジネスマンでも、人に会って話を聞くには東京が世界で一番の環境かもしれません。先ほどもお話しした通り、米国は政治の中心がワシントン、経済はニューヨーク、学問はボストンと分かれていますが、日本ではどんな職業の人も大体東京にいますからね。

 

 

 このように、大学の外での生活を軸にした上で大学を生かすには、東大は比較的恵まれた環境にあると思います。大学生にならないと社会がどう動いているのか分からない部分は大きいので、前期課程の1年半を、外を見て自分の興味を絞りつつ微調整していく時間に使えるのは東大の進学選択制度の良いところです。

 

 米国の大学では、一度社会に出たことがある院生に相談できたり、教員に会いたい時に会いに行けたりと、サポート体制はとても整っています。しかも何年生からでも研究を始められますし、休学も何年でもできます。夏休みが3か月ととても長いので、その間に大きなプロジェクトに取り組んでから学びの世界に戻ってくる、というサイクルを送ることもできます。自分のしたいことに集中するならとことん集中して、大学をツールとして使う意識を持てるのは米国の良さですね。

 

――東大とハーバード大学で、それぞれに向いている学生は

 

 起業など、現場でやりたいことがあって既に動き出している人は日本の大学の方が良いかもしれません。米国だと授業と宿題に追われて、それをやり続ける時間がなくなってしまうので。

 

 米国の大学にはいろんなレベルの授業があって、例えばハーバード大学の数学は高校のⅠAのレベルの授業から、数学オリンピックの金メダリストでも週30時間勉強しないとついていけない授業まで幅があります。かなりできる人にとっては、学部の段階で大学院レベルの授業も取れるのは結構良いことです。でも、一つの専門分野の勉強を大学でゼロからスタートしたとき、4年間でその分野での最終的な到達点が高いのは日本かもしれません。米国の場合はリベラルアーツで、いろいろな分野を勉強して基礎を広げつつ専門分野を勉強していく感じなので。

 

 

 まとめると、自分が学校の外で何がしたいか、大学でどこまで一つの学問に絞って勉強したいかという二つの観点が重要です。やりたいことが一つ決まっている人には、それをやり抜く上では日本の環境の方が良いかもしれません。でも、やりたいことが決まっていなくて自分の可能性を思い切り広げたいと思っている人や大変な環境の中でも海外でやり抜く覚悟を持っている人で、学びの形を自らデザインしていきたいのであれば、米国に行っても良いかな、と思います。

 

 あと、米国では、どれだけ成長するか分からないからこその発展性は望めますね。東大に入ったら4年後の将来像が想像できますが、米国は訳が分からないからこそ、飛び込んでみたら予想と違う未来が待っているかもしれません。これが、僕がハーバード大学への進学を決めた理由の一つでした。実際自分も理転していますし、そういう変化を楽しめる人には米国は向いているかもしれませんね。逆に、どんどん変化していきたいと思って日本の大学に行くとつらいでしょう。

 

 ただ、一番は覚悟の問題ではないでしょうか。重要なのは、多少大変なことがあってもやり抜く覚悟があるかどうかです。

 

主体的な大学選びを

 

――髙島さんはNPO法人「グローバルな学びのコミュニティ・留学フェローシップ」(留フェロ)の理事長として、日本の高校生の海外大学進学支援にも取り組んでいます

 

 取り組んでいる活動は大きく分けて三つです。一つ目は、全国の中高生に海外大学進学という選択肢もあるんだと伝える「留学キャラバン」。進路選択の大前提として、主体的に進路を選択することの大切さも話しています。二つ目は、海外大学進学を目指す高校生を海外大の学生が支援する「留学サマーキャンプ」。エッセイをツールとして使いながら、自己分析と自己表現を繰り返し鍛えます。自分がどんな人か分析しつつ、それをどうやって英語で伝えるかという部分まで海外大の学生と共に取り組む5日間です。実際に海外大学に進学した学生がたくさん参加しているので、海外大学にはどういう人がいるか知った上で、もう一度自分の進路を考え直す場としても機能しているのではないでしょうか。

 

 

 この二つが今のメインですが、海外の大学に行くならまず日本のことを知らないといけないし、海外で学ぶテーマを選ぶ上では、まずは身近な課題から始めるのがとても大事だと思っています。そこで、最近取り組んでいるのが「地域キャンプ」です。実際にさまざまな地域に出向いて合宿をして、いろいろな地域のアクターの話を聞きながら自分の身の周りの課題を見出していきます。それを踏まえて、海外大学生と問答をする中で「じゃあ、あなたはどうする?」と問い合うことで、留学や主体的な進路選択につなげていきます。今年の夏は滋賀県と宮崎県、熊本県で実施予定です。

 

――これらの活動を通して、高校生に何を伝えたいですか

 

 僕の場合は、高2の時に米国の大学に進学した先輩に「髙島は米国の大学の方が向いてるんじゃない?」と言われたことがハーバード大学進学の大きなきっかけになりました。それがなかったら、僕も東大に行っていたのではないでしょうか。実際、海外に行った先輩がいる地域では、「あの人が行ったなら」と、海外大学進学という選択肢にリアリティーを持つ生徒が多いように感じます。

 

 だから「知ること」は絶対に大事です。そもそも、特に情報のない地方では、学校の先生に「お前は国公立の大学に行け」と言われていて海外大学進学という選択肢を知らない高校生が多いので、留フェロでは海外の大学がどういう環境か伝えて、「日本の高校から直接海外の大学に行くという選択もありなんだな」って気付いてもらうことを大事にしています。

 

 一方で高校の先生からしてみれば、国公立大学に何人通すかが一つの指標になってしまっている側面もありますし、海外大学進学を生徒に勧めて大失敗されたら責任を取れないでしょう。先生も悩ましいと思います。それでも生徒に海外大学進学という選択肢を伝えられるように、高校の先生をサポートする働きかけも行っています。

 

 ただし、留フェロは、海外大学進学を勧めてあっせんするNPOではありません。海外大学も日本の大学も含めてちゃんとした大学選びの選択肢を持った上で、自分にどの大学が合っているか主体的に考えて進路を選択してほしいと考えています。実際、サマーキャンプに来てくれる高校生約50人のうちだいたい8割が海外大受験をしますが、逆に言えば残りの2割はいろいろ考えた末に日本の大学を選びます。自分が海外大学に行きたい理由をしっかり考えた上で、日本の大学の方が向いているんだと気付いて日本の大学に進む道を選ぶのも、一つの素晴らしい決断だと思います。

 

――海外大学進学を決断する高校生には、どんな人が多いのでしょうか

 

 海外で将来何かをしたいと思っている人とか、海外で生活することへの覚悟を持っている人が多いのではないでしょうか。かつ、自分の中で「これを学びたい」というテーマを持っていて、そのテーマにいろんなアプローチから取り組みたいと思っている人は海外大学に進むことが多いですね。

 

 ただ、最近危惧しているのは、ファッション感覚で海外に行く人が増えていることです。「格好いい」などの理由で、大した覚悟も無いのにふわふわした感じで海外大学に進むのは良くないですね。仮に進学できたとしても,厳しい4年間を使い倒すことは難しいのではないでしょうか。さらに最近では、本人は思ってないのに親御さんが海外に行かせたいと思っているパターンも増えてきています。海外大学が全てではないし、誰もが海外大学に合うわけでもないんですけどね。

 

――最後に、海外大進学を考えている高校生にメッセージをお願いします

 

 「中高時代、これを頑張ったな」と自分で思えるものを少なくとも1個は持ってほしいですね。大学に受かるためにする課外活動にはあまり意味がなくて、自分は何をやりたいのかちゃんと考えた上で心からやりたいと思ったことに挑戦し続けるのが大事です。

 

 海外大学進学はゴールでも何でもなくて、途中経過でしかないし手段でしかありません。だから、自分のやりたいことを一番達成できるのはどんな場所なのかを考えて、主体的に進路を選んでください。

 

 海外の大学が全てではないし、海外の大学が圧倒的に日本の大学より良い訳でもありません。そこは冷静に見ていくのが大事かな、と思っています。

 

留フェロでの髙島さん(写真は髙島さん提供)

 

 チャンスの神様には前髪しかない。チャンスが来たら、すぐつかまなければならない、ということを意味する僕の大好きな言葉です。みなさんがピンときたチャンスをつかみ、自分色の進路選択ができることを心より祈っています。ぜひ留フェロのことも使い倒してください!

 取材を通して印象に残ったのは、ハーバードで挑戦を続ける髙島さんの前向きな姿勢だった。自分の問題意識に基づき主体的に挑戦を続ける姿勢は、今までに取材した米国大の学生たちに多く共通する部分だったように思う。こうした姿勢こそ、慣れない海外の大学での生活を乗り切る彼らの原動力になっているのだろう。一方で髙島さんの残した「大学は結局『箱』でしかない」という言葉。挑戦することは、東大でも十分叶うのだと示してくれているのではないだろうか。個々人の進路にとって大切なのは、「どこの大学にいるか」よりも「自分がいる場所で何をやるか」。彼らを突き動かす原動力はまた、東大生にとってもより充実した大学生活を送るための原動力になるのだと思う。

 

※次回は番外編。ハーバード大生と東大生が東大の「国際的地位」について考えます。次回掲載予定は4月25日です。

 

【蹴られる東大】

本音で語る、僕らが海外を選んだ理由(上) 海の向こうへの挑戦

本音で語る、僕らが海外を選んだ理由(下) 海の向こうで見たもの

学生目線で比べる東大と米国トップ大

番外編 ハーバード大生と東大生が見る東大の「国際競争力」

拝啓 悩める高校生へ 〜東大生とハーバード大生が伝える、2大学の魅力〜

東大を勝たせた教授が語る、東大に足りない「危機感」と改革

勉強に対する姿勢の差 東大生は勉強していると胸を張って言えるか

開成生はなぜ海外大を目指すのか・開成学園柳沢校長インタビュー

東大は本当に「蹴られて」いるのか 鈴木寛教授インタビュー

蹴られて当然?東大生もうなずく「とりあえず東大」の終わり


注 

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[1] ハーバードとアジア各国で実施されるハーバード大学生主催の国際学生会議で、アジアの諸問題について議論する。全世界から学生が参加する他,各界の専門家がゲストとして集う。

[2] 米国の大学院はグラデュエート・スクールとプロフェッショナル・スクールの二つに大別される。グラデュエート・スクールでは学部で学んだ専攻分野を究める一方、プロフェッショナル・スクールには主に現場経験を積んだ社会人が入学し、学問の実社会への活用に特化したカリキュラムが組まれている。

[3] 米国の大学で一般的な、教授が学生と話すために時間を指定して居室を開放する制度。

[4] 駒場の前期課程で「国際政治・経済・社会の変容とメディア」のタイトルで開講されている少人数のゼミ。指導教員の高山博教授(人文社会系研究科)にちなんだ高山ゼミの名で知られている。

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