報道特集

2018年5月25日

【蹴られる東大⑦】勉強に対する姿勢の差 東大生は勉強していると胸を張って言えるか

 東大と海外トップ大の違いに焦点を当てながら、東大の取るべき方策を探っていく連載企画「蹴られる東大」。7回目の今回は、東大の全学交換留学制度を用いて149月から1年間、米国のプリンストン大学に留学した経験を持つ東大OGの船引まどかさんに話を聞いた。1年間の留学を終えてプリンストン大学から東大に戻った時、船引さんは何を感じたのか。プリンストン大学の教育と、東大の前期課程・後期課程の両方を経験している船引さんに、米国での生活を振り返りながら、両大学の違いについて語ってもらった。

 

(取材・宮路栞 撮影・高橋祐貴)

 

 

学生同士の一体感、メリハリのついた生活

 

──留学までの経緯をお教えください

 

 5歳から9歳までニューヨークで暮らしていた経験もあって、国際関係論に1年生の頃から関心があり、国際関係論が一番発展している米国で学びたいと思っていました。

 

 留学のスケジュールは、1年生の終わりにはもう調べ始めていました。ちょうどプリンストン大学との提携が始まったタイミングでもあったのでぜひ行きたいと思い、2年生の9月ごろに応募。1月には東大での学内選考に合格してプリンストン大学にエッセイを送りました。その後2カ月くらいするとプリンストン大学から許可が下りたので、3年生の9月から留学しました。

 

──プリンストン大学での授業はいかがでしたか

 

 プリンストン大学では、東大と違って基本的に1学期に授業を4コースしか取りません。1コース週3コマで、選んだ授業の内容をみっちり学ぶことができます。東大にはあまりないディスカッションの授業が多く、とても刺激になりました。特にジョン・アイケンベリー教授の国際関係論の授業は前々から受けたかったのもあって、このために来たんだな、と留学した意味を実感できるものでした。

 

──プリンストン大学に留学する前と、留学した後で印象が変わったことはありますか

 

 留学以前はドラマで見るような感じで、アイビー・リーグだし勉強ばかりしているエリートのような人たちをぼんやりと想像していたので、留学してからは学生たちがいろんなことにアクティブなところや学生の一体感、コミュニティーの作り方に驚きました。

 

──コミュニティーの作り方というと、海外には日本のようなサークルはないそうですが課外活動はされていたのでしょうか

 

 そうですね。サークルとは少し違いますが週一でアカペラをしたり、日本人コミュニティーに入って日本文化を広める活動をしたりしていました。

 

 

──サークルとは何が違うのでしょうか

 

 うーん……何が違うんでしょうね(笑)。規模が小さいところや参加率が低めなところではないかと思います。日本のようにサークルを中心に生活する人はいなくて、みんな勉強中心に生活していました。

 

──なるほど。いろいろなことにアクティブというのはそのような課外活動をする人が多いということでしょうか

 

 それもあります。他にも研究の手伝いをしている人や、食堂でアルバイトをしている人もいました。プリンストン大学にはみんな寮で暮らしているのもあって学生全体の一体感があり、いろんなコミュニティーが大学内に存在しています。東大だと個々人がバラバラに時間を過ごしているような感じですが、プリンストン大学ではちょっとした時間もそれらのコミュニティーを通じて活動していて、活気のある印象でした。ボランティア活動をする人も多くてさすが米国、と思いましたね。

 

──他にも授業以外の生活面で良かった点、悪かった点はありましたか

 

 寮生活を通じて友人と仲良くなりやすかったです。毎日夜遅くまで遊んだりして(笑)。でも寮自体キャンパス内にあり、生活の100%が大学内で完結していて外に出かけることがないので、少し窮屈に感じる場面もありました。通学時間がなくなったのは楽でしたけどね。

 

大学での勉強とは 「浅く広く」か「深く狭く」か

 

──東大とプリンストン大学を比較して東大の方が優れていると感じた点はありましたか

 

 理論系の話題に関しては東大の方が優れていると思いました。例えば、ゲーム理論の授業は東大の授業の方が分かりやすく、深い理解が得られたと思います。それと先程言いましたが、プリンストン大学では授業の大変さ的に1学期4コースしか取れないので、東大で授業を気軽に何個も取れるのはうれしいですね。プリンストン大学でも専門に関する授業は2コースだけで、残りの2コースは自由に取れるので選択肢は広いですが、その四つだけを集中して勉強するので、取った授業の内容が期待と違う可能性などを考えると「ちょっと気になるから」などという軽い理由では取りづらいです。東大は浅く広く、プリンストン大学は狭く深く、なのでどちらが優れているとは言いにくいですが。

 

 

──では逆にプリンストン大学が優れていると感じた点はどこでしょう

 

 やはり議論する授業の多さですね。4コースの授業がそれぞれ週3コマあると言いましたが、その3コマのうち1コマはディスカッションをする授業です。つまり週4コマは議論する授業があるということになります。私も最初はみんなが何を言っているのか分からず、ついていけないことも多かったですが、授業中一言も喋らないと授業後、先生に「なぜ何も言わないんだ?」と言われることもあり、必死でついていこうと頑張りました。周りの学生も、議題にあまり沿っていなくてもひたすら自分の主張を言ったり、自分の分かる範囲のことを述べたりしていたので、その姿勢を見習おうと思いました。やはり、このようなディスカッションの授業があることで、準備のために調べ物をしたり、とりあえず何か言ったりする技術が身につくと思うし、その力は社会に出てからも役に立っていると思います。

 

 オナーコード(Honor code)と言う制度にも驚きました。これは学生自身の手で作られた倫理規定で、ルールは自分の誇りにかけて守る、という考えに基づいています。これによって教員は全面的に学生を信頼していて、試験の監督なども行っていません。代わりに試験の時は学生同士で監督し合っています。このように学生が教員から自立して行動している点もプリンストン大学の方が優れていると思います。

 

 優れている点とは少し違うかもしれませんが、寮生活でできる絆も大きいと思います。寮の仲間とは今でも連絡を取り合ったり旅行に行ったりするほどです。

 

──東大生とプリンストン大学の学生の間で違いはあると感じましたか

 

 テスト勉強に関しては東大生の方が圧倒的に得意だなと思いました。プリンストン大学のテストには小問が並ぶ試験と論述形式の試験があるのですが、テスト勉強が有効な小問形式は東大生の方が有利です。逆に、テスト勉強に加えて自分の意見を述べる必要がある論述形式だとプリンストン大学の学生の方が得意ですね。

 

 東大生はやはり東大に入るための熾烈な大学受験競争を勝ち抜いてきた人たちであって、東大合格をゴールと捉えて大学での学びはおろそかになりがちの人も多いです。一方、米国では受験の仕組みが違うのもあって、プリンストン大学の学生は入学後に自分がどんな勉強をしたいかを考えてプリンストン大学を選んでいる人が多い印象で、大学でも勉強が生活の中心になっています。

 

 

 プリンストン大学に行って、大学生はこうあるべきだと実感しましたね。プリンストン大学では予習・復習をきちんとやらないと授業についていけず、課題図書も多いので勉強していない時はありませんでした。そのおかげで帰ってきてからも学業に時間を割いて卒論も納得いく形に仕上げられたと思います。留学に行ってなかったらもっと適当に済ませていたと思います。

 

──東大とプリンストン大学の教育はどのように違うと感じましたか。前期教養課程、後期課程のそれぞれについてお聞かせください

 

 前期教養課程は先ほど述べたようにいろんな授業を広く、興味ベースで取れるのが魅力です。私は語学に興味があったので、第二外国語のスペイン語以外にも古代ギリシャ語と中国語を取りました。ただ、講義形式の授業が多く、一方的に教員の話を聞いているだけで疑問に思ったことを自分で調べたりすることがないので内容が身に付きづらいです。

 

 後期課程に関しては、私の専門は国際関係論だったので割とプリンストン大学に近かったと思います。他の学部については知りませんが、国際関係論の授業はディスカッションが多く、英語の課題文献も多く読まされていました。おそらく国際関係論の先生方が工夫されてきたのだと思います。ただ、議論は日本語で行うので英語の上達を目指すならもちろんプリンストン大学の方がいい、というのと、授業の準備に必要な勉強量はプリンストン大学の方が多かったです。東大の授業ではぎりぎり読めるくらいの課題図書が出されるのですが、プリンストン大学にいた頃は普通に読んでいては読みきれない量を出されていたので、速く読んだり重要そうなポイントだけに注目して読んだりする技術が身につきました。

 

──東大の教育環境について変えていくべきだと感じた点はどこでしょうか

 

 前期教養課程の段階から議論ベースの授業を増やすべきだというところです。学生も多く難しいとは思いますが、必要なことだと思います。留学制度も改善すべきですね。現状留年しなければならないケースが多く、学生にとっては活用しづらいです。もっと留学制度の種類を増やし、多くの学生が気軽に留学に行ける環境になれば良いと思います。

 

 

 プリンストン大学から帰ってきて不便に思うようになった、という観点では勉強スペースが少なくて困りました。個人的に図書館のような静かな場所より、少しガヤガヤしている場所の方が集中しやすいのですが、東大にはそういった仲間と相談しながら勉強できるスペースが少なく感じました。土日は教室も開いていないため勉強がしにくかったです。東大も、学生に勉強させたいならもっと学習スペースを増やすべきだと思います。

 

──海外で勉強したい高校生に向けて、4年間の正規入学と1年間の交換留学のメリット・デメリットをそれぞれお教えください

 

 自分が1年間しか体験していないので詳しいことは言えませんが、正規入学は手続きも多く、労力がかかります。それに比べて1年間の交換留学の方がハードルが低く、また、日本の方が学費が安いためコスパ(コストパフォーマンス)のいい勉強ができます。

 

 一方で、4年間の正規入学の方が「日本人だから」と自分で自分を制限している部分を取り払って濃密な経験をできる気がします。「大学生活が素晴らしかった」「やりきった」と思えるのは4年間いる方ではないでしょうか。私自身、東大を卒業した時よりもプリンストン大学から帰った時の方が感慨深かったです。心の底からやりきったと思えましたね。

 

 私の場合は「せっかく留学したんだからやりきろう」と思って精一杯努力していたからだと思うのですが、プリンストン大学の学生はそれを当たり前の意識として、全員が「大学に入れたんのだから頑張ろう」と思っているのではないかと思います。それは学費が高いからそれに見合う教育を受けたい、という理由もあると思うし、愛校心の強さも関係しているのではないかと思います。4年間の正規留学と1年間の交換留学の違いというより東大とプリンストン大学の違いにつながってくる話だと思いますが、このような大学に対する意識の違いが「やりきった」という感覚につながっていくと思います。

 

──最後に、留学するか迷っている東大生に向けてメッセージをお願いします

 

 迷っているなら行くべきだと思います。損することはなく、素晴らしい体験ができます。せっかく大学の制度があるのに活用しないのはもったいないと私は考えていました。不安に思うことがあっても、意外となんとかなるので留学してみてはいかがでしょうか。

 

 東大の良さとプリンストン大学の良さ。単純に比べられるものではないが、連載を重ねるごとに浮き彫りになってくるのは学生の勉強に対する意識の違いだ。東大が世界との競争の中で生き残るために必要なのは、真剣に学問を追求する学生を育てる制度かもしれない。大学には行くものだからと漠然と大学に通う日々を続けている人は一度留学生活を送ってみてはどうだろうか。勉強への向き合い方を考えるいい機会になるだろう。

 

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