COLUMN 2019年12月10日

自分のことばに誇りを 失われつつある言語

 人間の暮らしに欠かせない言語。世界には多種多様な言語や方言があるが、その中には話者数の減少で消滅の危機にひんするものもある。2009年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)はアイヌ語や沖縄の方言も消滅の危機にあると指摘。日本も問題と無関係ではない。言語の消滅をどのように捉えるのか、言語の研究者と話者が減少する現場に立ち会った非常勤講師に話を聞いた。

(取材・中村潤)

 

異なる価値観の消失

 

木部 暢子(きべ・のぶこ)教授(国立国語研究所)80年九州大学大学院修士課程修了。博士(文学)。鹿児島大学教授などを経て、10年より現職。

 

 ある言語が消滅することはどのような点で問題なのだろうか。木部暢子教授(国立国語研究所)は言語の役割として「コミュニケーションのツール」と「思考や感情の基盤」の二つを挙げる。前者のみを考えれば言語の消滅は大きな問題ではなく、むしろ画一化することで意思疎通は容易になるという。しかし後者の役割を考えれば問題は大きい。「異なる価値観の出会いや衝突が減れば、人間は高度な思考を発達させることができなくなります」

 

 言語の消滅に関しては日本も無関係ではない。ユネスコの発表ではアイヌ語や八重山語など8言語が消滅の危機にあるとされた。しかし日本ではアイヌ語以外の七つは方言とされることが多い。木部教授は互いに通じるなら同じ言語の中の方言、通じないなら別の言語だとする言語学上の定義を紹介する。

 

 

 一方で「言語と方言の区別は政治的な影響を受ける」とも指摘。例えば沖縄のことばは他の地域の人には分からないため言語学的には日本語とは違う言語だという。しかし沖縄のことばの独自性を重視する立場と、沖縄のことばと日本のことばが姉妹関係にあることを重視する立場の二つが存在。後者の立場を取る場合は方言に分類される。このように言語と方言の区別は曖昧な部分も多い。「言語と方言を区別する意味はあまりありません」

 

 木部教授は「共通語(標準語)と大きく異なる沖縄の言語より、他地域の方言の方が消滅の危機は大きい」と語る。自分たちの方言が共通語と違うという意識が希薄で、方言が共通語の下に属すると考える人が多いためだという。

 

 方言への低い意識の原因として、明治時代から1960年代ごろまで全国で方言に対し否定的な教育が行われたことも指摘。「小学校では方言を話した生徒に罰を与えた例もあり、方言を共通語より低く見る意識が形成されました」。結果方言を自ら捨てる人が多くなり、共通語への画一化はさらに進んだと話す。

 

 社会的な要因も言語の消滅と共通語への画一化を助長する。共通語を話せないことで就職が不利になったり、職場で差別を受けたりしないよう共通語を習得することで、方言や少数民族の言語が淘汰された事例は世界各地にあるという。

 

 現在では方言を否定する教育はなくなり、小学校の授業では地域住民の協力で方言を教える機会も増えた。木部教授はこうした傾向を評価する一方で「学校教育はカリキュラムの作成が難しい上、割ける時間に限界がある」と語る。

 

 海外では言語復興のために全ての授業を地域の言語で行う事例もあるが「どの言語を使うか決めるのは一人一人の自由です」。そのため自主的な取り組みに期待を寄せ、若い世代を中心に共通語以外のことばに対し好意的な意見が多いことに着目する。「若者が積極的に使うようになれば言語復興につながります」

 

 木部教授は教育者でなくても方言を教えられるようテキストや絵本の作成に従事している。他にも話者が減少しても方言を習得できるようその記録活動にも取り組む。記録には限界があるが、地域間や個人で異なる言い回しや、言語と密接な文化などもできるだけ記録しているという。だがそうした記録も方言の習得に意欲的な人がいなければ十分な役割を果たせない。「一人一人が自分の地域と方言に誇りを持ってほしい」と語る。


この記事は2019年12月10日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。

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