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2022年12月17日

「まず死地に立つ人間を見せる」──「勝つ集団」を志した野球部主将・松岡泰希

 

 9月17日、東大vs慶應義塾大学。22年秋季リーグ戦3戦目にして、東大硬式野球部が約1年ぶりの勝利を収めた。歓喜に沸きながら整列する部員たち。しかし、列の先頭に立った男は違った。松岡泰希(育・4年)、東大硬式野球部の主将(当時)である。ここからが始まりだ──。そう言わんばかりの気迫溢(あふ)れる表情で礼をした。「勝ち点を取りたい。最下位を脱出したい。1勝で喜ぶ、そんな集団だと思われるのは恥ずかしい」

 

9月17日の慶大戦で、投手・松岡由機(右)と最終確認をする松岡。直後に勝利をつかむも、その表情がほころぶことはなかった(撮影・安部道裕)

 

 「なんだこのぬるさは」。入部当初の感想である。「みんな一生懸命やっているんですよ。毎朝8時から練習している。でも、それだけ。それで本当に、六大学で勝てると思いますか? 無理です」。中高時代、厳しい監督のもと「ぎらぎらした」緊張感で野球をしてきたという松岡。それが当然だと思ってきただけに、強烈な違和感を抱いた。

 

 ショートバウンドの捕球練習で、顔面近くに弾んだボールを避ける選手。試合でエラーをして笑う選手。「その分だけ負けが近づくのに、それでいいの?」──すぐさま、主将になろうと決めた。甘さを自覚している自分が主将をやらなければ、東大野球部はいつまでも変わらない。そう思った。

 

 迎えた3年生の10月末、主将としての1年間が始まった。「できないならグラウンドを出て行っていいよ」。気に食わないプレーをする部員には鋭い言葉を浴びせた。就職活動と日程が被り、大切な練習試合を休むと言う部員に対し「リーグ戦に出たいっていう気持ちは嘘だったのか」と言葉をかけた。そんな松岡への風当たりは強かった。「暴言だ」とも言われ、チームは分裂した。「嫌われてもいいと思ってるんで」。静かにそう語った。「理解してくれる人は理解してくれる。全員と仲良くする必要はない」

 

慶大2回戦(秋)でのクロスプレー。勝ちへの執念を誰よりも見せてきた(撮影・川北祐梨子)

 

 松岡にはバイブルと言うべき本があった。高校時代の恩師に勧められた『オールアウト──1996 年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』(スキージャーナル)、早稲田大学ラグビー部が王者・明治大学を倒すべく奮闘した1年間の記録だ。上層部のみの勝利至上主義では限界があると考え、レギュラーメンバー以外の部員も巻き込んで、強いラグビー部をつくろうとする主将が描かれていた。何度も読み、感銘を受けて涙を流した松岡だったが、現実も見ており「これを東大野球部に当てはめるのは良くない」と断言。「早大のラグビー部は、全員が、明大に勝たなければ部に入った意味がないと思って入ってくる集団なんです。東大野球部は違う。勝ったことがなく、負けても許されてしまう。本当に勝ちたいと思っている部員が少ない。その中で本当に勝つ集団をつくるには、まずは上層部が、どの水準で野球をやらないと勝てないのか、見せなければいけない。『こうやって戦わなきゃいけないんだ』と下に気付かせなければいけない。まず、死地に立つ人間を見せる。そうやってチーム力を上げようと考えました」

 

 分裂をいとわず、勝利のため突き進んできた松岡だったが、リーグ戦では厳しい現実が待っていた。春季リーグ戦では勝ち星なし。秋季リーグ戦の慶大戦でようやく初勝利をつかんだ。目標としてきた勝ち点奪取、最下位脱出が現実味を帯び「俺らやれるんじゃね」とチームに希望が見えた。しかし、勝ち点を賭けた3回戦で、慶大に2―20で大敗。「東大の気のゆるみではなく、慶大が見違えるように強くなった。力負けでした」。最下位脱出を賭けた最後のチャンスの法政大学戦では、松岡自身のエラーも絡んで2連敗。今季も東大は6位に終わった。

 

立大1回戦(秋)。初回に2ランを浴び、追い上げ及ばず敗北した(撮影・川北祐梨子)

 

 なぜ負けたのか。「簡単に言えば 『打てなかった』が一番です。でも、それだけじゃない気がします」。今年の東大は、悔しい試合が多かった。春季・秋季リーグ戦の24試合を通じ、七回終了時点で引き分けまたはリードしていたにもかかわらず、最終的に勝利をつかめなかった試合が実に9試合。「競った試合で必ず負けてしまう。逆に言えば、他大学は東大くらいの相手であれば、負けていても、最後にはなぜか追い付いて勝ててしまうんです」。その差は何なのか。「野球エリートとしての技術や経験なのかも知れませんが、簡単には分からない何かがあるような気がしています」。来春からは、松岡自身初めて「野球エリート」が大半を占めるチームである明治安田生命硬式野球部(社会人野球)に入部する。「野球エリートと僕らの差は何なのか、それを追い求めます。今後の楽しみができました」

 

 信念を貫いた松岡。主将として一点の後悔もないように見えたが、意外な言葉が返ってきた。「後悔、めちゃくちゃありますよ。チームが分裂しないような、他のやり方もあったんじゃないかなって」。一方で、自身の1年をこうも振り返る。「今まで波風を立てずに『チーム全員でやろう』とやってきた東大野球部に、新しい風を入れられた。『顔面に当ててでもボールを取らなきゃいけないよ』という思想を入れた。100年を超える東大野球部の歴史の中で、必要な1ページにはなったのではないかと思います」

 

 その自負を胸に、松岡の旅は新たなステージに入る。

 

<選手プロフィール>

 

(撮影・川北祐梨子)

 

松岡泰希(まつおか・たいき)(育・4年)
 22 年度東大硬式野球部主将。ポジションは捕手。1年春からリーグ戦に出場。二塁送球1秒80の強肩で相手選手の盗塁を阻む。卒業後は社会人野球・明治安田生命硬式野球部でプレー予定。

 

・東大硬式野球部ファンへ「東大野球部は本気で野球をやるので、それを楽しみに観に来てほしいです」

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