COLUMN 2017年5月19日

【東大最前線】「栽培適地」なくし収穫量向上へ 新たなイネ系統を創出

 園芸書には「○○はこの時期に種をまくとこの時期に花が咲き……」と書いてある。そのような記述はもう当たり前ではなくなるかもしれない。井澤毅教授(農学生命科学研究科)らは、ある種の市販農薬を利用したイネの開花時期の人為制御に成功した。(図1)

 

 

 イネは、一日のうち明るい時間がより短い方が花が咲きやすくなる短日植物であり、開花時期が緯度による日長の違いに左右される。例えば、本州で栽培されるコシヒカリを北海道で栽培すると10月ごろまで花が咲かず、実らない。今回の研究の背景にはこの「栽培適地」をなくしたいという思いが根底にあった。

 

 井澤教授らは、まず花芽の形成を抑制する遺伝子の働きを高めた系統を作成。これらのイネは通常より開花が顕著に遅れ、多くは何年も咲かない植物体になった。さらに抵抗性誘導剤と呼ばれる農薬を散布したときのみ、花芽形成を促すホルモン(フロリゲン)を発現するようにアレンジした遺伝子を設計し、イネに導入。その結果、抵抗性誘導剤を散布したときのみ、花が咲き実るイネができた。(図2、3)

 

 

 「海外にも植物の開花時期の制御を目指す研究者がいますが、多くの場合は基礎研究の一環です」と井澤教授。扱う植物もシロイヌナズナなどのモデル植物が大半で、イネのような重要作物での研究はほとんどないという。一方でイネは多種多様な機能の遺伝子が既に解析されており遺伝子組換えも比較的容易だ。「ゲノム解読も早い段階で終わっており、優れた実験材料です」

 

 実用化には安全性の確保も重要だ。「ステロイド剤で開花時期を制御する研究もありますが、今回は環境への安全性が確認されている市販の農薬を使ったため実用化しやすいです」。処理をしなければ開花が抑制されるため組換え遺伝子が野生に広がる心配も少ない。

 

 「今後はトウモロコシなど他作物への応用の他、イネの育種の幅が広がることが期待できます」と井澤教授は語る。今回の研究で開花時期を制御したイネでは収量も向上しており、開花時期と収量それぞれの遺伝子の相互作用があったという。(図4)

 

 

 このように、開花時期の遺伝子を改変すると収量など他形質の変化も期待できるが、通常の交配育種では、栽培地域に適した時期に開花させなければ収穫できないため、これまでの育種選抜には限界があった。しかし、今回の技術を用いれば収量や品質の遺伝子がどのタイプでも、自由に開花させることができる。これまで栽培地域に合わず埋没していた新たな遺伝子資源を発掘し、さらなる収量性や品質の向上に役立つ。

 

(小原寛士、研究に関する画像は井澤教授提供)

 

井澤 毅(いざわ たけし)教授 (農学生命科学研究科)

 88年理学系研究科修士課程修了。博士(理学)。奈良先端科学技術大学院大学助手、農業生物資源研究所などを経て16年より現職。


この記事は、2017年5月16日号に掲載した記事を再編集したものです。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

 

 

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