学術

2019年8月19日

サーギル博士と歩く東大キャンパス③ 駒場Ⅰキャンパス 1号館

 我々が日々当たり前のように身を置いている「場」も、そこにあるモノの特性やそれが持つ歴史性などに注目すると、さまざまな意味を持って我々の前に立ち現れてくる。この連載企画では、哲学や歴史学、人類学など幅広い人文学的知見を用いて「場」を解釈する文化地理学者ジェームズ・サーギル特任准教授(総合文化研究科)と共に、毎月東大内のさまざまな「場」について考えていこうと思う。第三回は、駒場Ⅰキャンパスの1号館だ。

(取材・円光門)

 

ジェームズ・サーギル特任准教授(教養学部) 14 年 ロンドン大学大学院博士課程修了。Ph.D.(文化地理学)。ロンドン芸術大学助教授などを経て、17 年より現職。

 

覆い隠される1号館

 

 「我々が普段見逃しているいろいろなモノの痕跡に着目すること、歴史はそのような『日常的な考古学』によって発見され得るのです」とサーギル特任准教授は語る。1号館は正にその実践の場だ。中庭へとつながる入口の上のアーチには、旧制第一高等学校の紋章が残されている。さらに足元を見ると、そこには紋章を刻んだマンホールがある。建物内に入り廊下の窓から中庭を覗くと、災害や空襲などの非常事態を想定して造られたと思われる地下道へとつながる階段を目にすることができる。

 

 1号館は関東大震災から10年が経った1933年7月に建設された。そびえ立つ時計台、そして駒場キャンパスでは数少ないゴシック様式が見られるこの建物は、周囲にアナクロニスティックな雰囲気を与えている。第2次世界大戦中に学生たちが時計台に登って爆撃機を見張っていたという噂や渋谷まで続いていると言われる幻の地下道の話は、真偽のほどは分からないものの、1号館の異様さから生まれ、語り継がれている。

 

 だが、この異様さの源は何なのか。サーギル特任准教授によると、それは過去が現存するモノによって表象された際に起こる、時間軸の揺らぎによるものだ。「過去は現在においては不在ですが、その不在が過去の痕跡を示すモノによって明らかにされた時、現在に居残るわけです。まるでそこにいてはいけない幽霊のように、過去がその場に取りつくのです」

 

1号館の両端には草木が生い茂る

 

 1号館の不可解な雰囲気は、時間だけでなく空間においても見出すことができる。1号館の両端には草木が生い茂り、正面には大木が植えられているため、安田講堂とは違い我々は離れた地点からこの建物の全体を視野に収めることができない。さらに、建物は中庭を囲むようにできているが、中庭を通り抜けることはできず、正門の反対側に移動するためには必ず1号館をぐるりと回らなければいけない。というのも、本来は憩いの場であるはずの中庭への入り口は鉄の柵で閉ざされているからだ。建物の全体を認識できないということ、建物の中心にたどり着けないということは、1号館の本質が常に覆われていて、捉え難いという印象を我々に与え得る。

 

中庭へ至る道は閉ざされている

 

 建物内では、その捉え難さは一段と増す。入り口を入ると薄暗く細長い廊下に出るわけだが、廊下は建物の四隅でそれぞれ折れ曲がっているので、どこに立っていても一度に見渡すことのできるのは、建物の四辺のうち一辺だけである。言い換えれば、我々が角を曲がる度に見えるものが変わってくるのであり、建物の全貌を一挙につかむことはできないのだ。

 

 モノの痕跡から示される過去と、建物の配置によって限定される我々の視野。これら時間と空間における共通点は「常に何かが覆い隠されている」ことだとサーギル特任准教授は指摘する。過去は現在においては不在として覆い隠され、モノの痕跡を通じてしか我々はそれに触れることができない。1号館という建物もまた、一度に全貌をつかむことを我々に許さない。あらゆる存在物は、完全な存在と完全な不在の間で揺れ動いている。「対象とは、多くの特性を示すと同時に隠す単位である」と哲学者グレアム・ハーマンが言ったように。

 


【英訳版】

Take a Walk through Todai’s Campuses with Dr. Thurgill #3 Building 1, Komaba Campus

 

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