学術

2021年7月15日

【NEW GENERATION】 アクティブマター物理学 西口大貴助教 「群れ」はなぜ生まれるのか

 イワシの群れでは、一匹一匹のイワシが群れ全体の動きを把握しているわけではないにも関わらず、群れ全体として統率のとれた行動ができる。このような自ら動き回る物体の集団「アクティブマター」の挙動が西口大貴助教(東大理学系研究科)の研究領域だ。

 

 アクティブマターのようにダイナミックに時間変化する物体を扱う分野は「非平衡物理学」と呼ばれ、他にも砂のような粒子からなる粉体系や化学反応系など幅広い物理系を対象とする。西口助教は高校生の頃に講演で粉体に関する物理学について話を聞き、非平衡系に興味を持つようになったという。

 

 西口助教はサイエンスコミュニケーションサークル「東大CAST」の初代代表でもある。設立の母体は西口助教が参加していた全学自由研究ゼミナール「心を動かす表現法:科学メディア・理科実験の研究」の受講生だ。「ゼミ終了後も科学の面白さを伝える活動を続けようと思い、サークルとして立ち上げることになりました」

 

 東大CASTは駒場祭などで実験ショーを開催したほか、研究者を交えて科学を語り合う「サイエンス・カフェ」を企画した。「研究者が研究を語る姿は、学生が勉強したことを解説するのとは迫力が違いました」。研究者として独自の研究を伝えるサイエンスコミュニケーションを目指そうと思うようになった。

 

 学部を選択する時には「素粒子論や固体物理のような物理の王道とは違うことをしてみたいと考えていました」。工学部や教養学部の物理系学科も候補だったが、最終的には幅広く物理を学べる理学部物理学科を選んだ。「物理学科生が自主的な実験・研究を発表する五月祭の企画『Physics Lab.』を見て憧れていました」

 

 アクティブマターに出会ったのは、学部4年生で非平衡物理の研究室に配属された時だった。「生き物のように動く人工粒子の実験は、見るだけでも楽しかったです」。アクティブマターは非平衡物理の基礎的な問題として盛んに研究されており、この分野なら面白い研究ができそうだと思ったという。

 1995年、物理学者タマス・ヴィチェックは鳥や魚の群れをモデル化した「ヴィチェック・モデル」を考案した。このモデルは動き回る多数の粒子から成り、個々の粒子は近くにいる粒子の動く方向を平均した方向に運動しようとする。こうしてモデル化されたアクティブマターは水族館の魚のように秩序だった「群れ」を作るだろうか。

 

 数値計算によると、運動方向の揺らぎや平均粒子数密度の条件を変えると粒子がばらばらに運動する「無秩序相」から、無限遠まで粒子の運動方向がそろう「秩序相」に不連続に切り替わる。さらに、一定の体積の中に入っている粒子の個数を数えてみると、秩序相では平衡系に見られない巨大な粒子数の揺らぎが生じることが分かった。

 

 これらの理論的な成果を初めて実験で観測したのが西口助教が博士課程で行った研究だった(図)。この研究では、抗生物質を使ってバクテリアを通常の10倍程度の長さまで伸長させ、細長くし、さらにバクテリアを非常に薄い流体層の中に閉じ込めた。この状態では近くを泳ぐバクテリアの運動方向がそろうため、ヴィチェック・モデルに近い状況になっているというわけだ。

 

細長く伸長したバクテリアは、衝突するときに平行または反平行に運動方向が揃う。その結果、バクテリアの運動方向が無限遠までそろう長距離秩序相と巨大な粒子数揺らぎが生じる。(図は西口助教提供)

 

 アクティブマターは生物集団だけでなく、生物の中の細胞運動や、細胞の中の分子モーターにも見られる。これらの物理系では粒子は何もない空間中で運動するのではなく、壁や柱のような「境界」がある。西口助教はアクティブマターが境界から受ける影響についても研究を進めている。「最終的には、物理学だけでなく生命科学にもインパクトのある研究につなげたいと考えています」(上田朔)

 

西口大貴(にしぐち だいき)助教(東大理学系研究科) 17年東京大学理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。仏パスツール研究所博士研究員などを経て19年より現職。

 

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