COLUMN 2019年11月1日

サーギル博士と歩く東大キャンパス④ 本郷キャンパス  総合図書館【後編】

 我々が日々当たり前のように身を置いている「場」も、そこにあるモノの特性やそれが持つ歴史性などに注目すると、さまざまな意味を持って我々の前に立ち現れてくる。この連載企画では、哲学や歴史学、人類学など幅広い人文学的知見を用いて「場」を解釈する文化地理学者ジェームズ・サーギル特任准教授(教養学部)と共に、毎月東大内のさまざまな「場」について考えていこうと思う。第4回後編は、前回に引き続き本郷キャンパスの総合図書館を取り上げる。

(取材・円光門)

 

【前編はこちら】

サーギル博士と歩く東大キャンパス④    本郷キャンパス  総合図書館【前編】

 

ジェームズ・サーギル特任准教授(教養学部)14年ロンドン大学大学院博士課程修了。Ph.D.(文化地理学)。ロンドン芸術大学助教授などを経て、17年より現職。

 

空間が残す戦争の記憶

 

 それでは、戦争の記憶は大学から完全に排除されてしまったのだろうか。サーギル特任准教授によると、以下二つの理由により、それは否定されるだろう。

 

 第一に、これまで我々は、図書館前広場をさまざまな時代の痕跡の層だと捉え、どの層が最も強く、どの層が最も弱いかを考えてきた。だが図書館前広場はこのように痕跡を階層的に示す側面だけでなく、水平に示す側面をも持つ。

 

 総合図書館は「内田ゴシック」と呼ばれるゴシック様式で建てられたことは有名だが、実はゴシック様式の中にアール・デコ様式が混在するとサーギル特任准教授は指摘する。「屋根のシルエットや窓の配置に着目すると、直線をベースにした要素の反復を特徴とするアール・デコ様式が表れていることが分かります(図1)」。すなわち中世の様式であるゴシックと20世紀の様式であるアール・デコはどちらがどちらを覆い隠すのでもなく、水平に並んで共存しているのだ。

 

(図1)ところどころ見受けられるアール・デコ様式

 

 さらに、総合図書館は他四つの機関と共に一つの建物を構成しているが、その内の史料編纂所は現在の総合図書館の再建と同じ1928年に建設され、新聞研究所(当時)、社会科学研究所、教育学部の建物はそれぞれ53年、54年、55年に建設されている。戦前と戦後に貼られた色の濃さが異なる新旧のタイルが、同じ建物の外壁に並んで共存しているのだ。以上のように、「縦の層」ではなく「横の共存」という文脈で図書館前広場を再解釈すると、一旦は排除された層である戦争の記憶も、さまざまな時代が共存する場に舞い戻らざるを得なくなる。

 

 第二に、サーギル特任准教授によると、場とはパリンプセストに他ならない。パリンプセストとは、すでに書かれていた文字が消された上で新たな文字が書き加えられた古文書のことだ。一旦消された文字は、肉眼では判読できずとも痕跡は必ず残る。

 

 イギリスの人類学者ティム・インゴルドは、痕跡を「付け加えられたもの」と「取り除かれたもの」という2種類に分けた。すなわち、痕跡は「それがある」という指標にも「それがない」という指標にもなり得るのだ。水路石や旧図書館の土台が広場に付け加えられたことで過去を示す痕跡として機能していることに疑問はないだろう。だが曼荼羅が広場から取り除かれたこともまた、れっきとした痕跡だと考えてほしい。戦争の記憶は、今もここに留まり続けているのだ。

 

 

 元東京大学キャンパス計画室員で文化資源学が専門の木下直之名誉教授によると、曼荼羅は元々「広場の曼荼羅」という題名で大谷教授が考案した図書館前広場全体のデザインであり、モザイク画は失われても痕跡は存在するという。例えば、(図2)の床の模様や手前の手すりは大谷教授による設計だが、残り3面の手すりは改修工事の設計の責任者である川添善行准教授(生産技術研究所)により変更されたため、前者を「痕跡」と捉えられる。

 

(図2)かつてこの手すりの下にモザイク画があった

 

 なぜ東大は戦争の記憶を留める努力をしなかったのか。「敗戦時に全否定したからだという他ありません」と木下名誉教授は考える。終戦50周年に東大内で学徒出陣に光を当てた調査が行われたことがあったが、対象はあくまで学徒出陣に絞られ、それ以前の日清日露戦争にまでさかのぼって検証する企てはなかった。「『忘却』のひとことに尽きるのかと思います」

 


 

【英訳版】

Take a Walk through Todai’s Campuses with Dr. Thurgill #4 General Library, Hongo Campus 【Part 2】

 

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