COLUMN 2019年12月4日

根拠ある自己判断を ワクチンの副作用と安全性

 感染症の予防に広く用いられているワクチン。天然痘など数多くの感染症の予防や撲滅に大きな役割を果たしてきた。一方でワクチンが健康を損ねる可能性がある、という言説が一部で広がっている。ワクチンに関する情報にどう向き合っていくべきかをワクチン科学分野の専門家に取材した。(取材・中村潤)

 

HPVワクチンは危険?

 

 日本でワクチンの安全性が問題になった例として、子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)が挙げられる。HPVワクチンは、子宮頸がんの原因の大部分を占めるヒトパピローマウイルス(HPV)の感染防御を目的に開発。2013年4月に公費で助成される定期接種が開始された。しかし、ワクチンを接種した人から体調不良の報告が相次いだことから厚生労働省は同年6月にHPVワクチン接種の積極的な呼び掛けを中止。現在に至るまで再開されていない。

 

 石井健教授(医科学研究所)は一連の出来事の背景について、HPⅤワクチンが短期間で普及した点を指摘。その原因の一つとしてテレビコマーシャル(CM)を挙げる。

 

 通常、ワクチンに関するCMが流されることは多くないという。しかし11年の東日本大震災の影響で企業CMの放送が激減し、代わりにACジャパンの広告が頻繁に放送された。その中にHPVワクチンの接種を推奨する内容の広告があったため、対象となった10代の女性の間でHPVワクチンが急速に普及。皮肉にも同じテレビなどを介して体調不良の報告が相次いだことも大々的に報道された。その結果積極的勧奨の中止という判断に至っている。

 

 一方でHPVワクチンが定期接種の対象であることに変わりはない。石井教授は「低いワクチン接種率を放置していることは、法的責任を逃れるためだと取られても仕方がない」と分析する。

 

 

 ワクチンを接種して免疫がつくことを指す主反応に対し、ワクチンを原因とするかにかかわらず現れるその他の症状は副反応と呼ばれている。主反応が強いほどワクチンの有効率は高くなる。

 

 一般に感染症の流行を止めるには85%以上の有効率が必要とされている。しかし「主反応が強く有効率が高いワクチンほど副反応も強くなる」と指摘。一部のメディアが、有効率が90%を超えるHPVワクチンと有効率が20~50%程度のインフルエンザワクチンを比較して、前者の副反応の頻度が高いという当たり前のことを大々的に報道していたことに疑問を呈する。

 

 今年春に承認された帯状疱疹ワクチンは有効率97%を記録。80歳以上を対象に日本で行われた臨床試験では有効率が100%だったという。帯状疱疹ワクチンはHPVワクチンと同様世界で急速に普及している。一方で対象が10代の女性に限られていたHPVワクチンと異なり、接種の対象となる年齢や性別は幅広い。石井教授は帯状疱疹ワクチンの副反応の出方を注視し、HPVワクチンの副反応の頻度が本当に高いのか判断する必要があると話す。

 

 HPⅤワクチンの安全性を担保する上で重要とされているのがワクチンと副反応の因果関係の有無だ。しかし原因の同定ができない以上その証明は極めて難しいという。「当初指摘されていた、副反応の原因はワクチンに含まれる物質だとする意見は根拠に乏しく、副反応が現れた人が持つ遺伝的な特質が原因だとする意見もあります」

 

 HPVワクチンで重い副反応が現れるのは10万人あたり数十人程度。そのため因果関係を正確に証明するには数百万人から数千万人規模の臨床実験を数年にわたって行い、同定された原因から副反応が現れることを再現できなければならないという。

 

 現在、ワクチンを接種した人と接種しなかった人の間で、副反応の現れる率は変わらないという研究結果は出てきている。しかし「統計学的に有意なデータがない以上科学者として因果関係がないとは断言できない」と話す。

 

 石井教授は客観的なデータが不足しているものの、体調不良を訴える人がいるからには何らかの原因があるはずと指摘。そのメカニズムを誠意を持って研究する必要があると語る。

 

 ワクチンと副反応の因果関係の証明が困難な一方で、HPVワクチンの接種により子宮頸がんの罹患率が90%以上低下することは科学的に証明されている。また子宮頸がんは男性もウイルス保持者になり得る。そのため現在では性別を問わずHPⅤワクチンを接種する流れができつつあり、HPⅤワクチンの積極的な接種が行われていない日本は世界的に見て珍しい。「こうした事実を踏まえてHPVワクチンを接種するかどうかは自分自身で判断してほしい」

 

リスクと利益を考慮

 

 世界保健機関(WHO)が19年に発表した「世界の健康に対する10の脅威」の一つにワクチン忌避が選ばれた。欧米でははしかワクチンの接種率が低下し、19年には英国やギリシャなど4カ国が「はしか排除国」の認定を取り消される事態に。

 

 石井教授によれば、欧米諸国もワクチンの定期接種は公衆衛生の根幹だと認識。米国では定期接種を受けていない子供の入学を原則として認めないこともあるという。しかし、宗教的問題などを理由にワクチンを接種しなくてもよいという例外が存在する。結果「ワクチンは危ない」と信じる保護者がその例外を利用してワクチンを接種させないまま子供を登校させているという。

 

 日本でも「ワクチンは危険、無意味」と主張する言説が一部で広がり、本まで出版されている。石井教授は各人が科学的に根拠のある情報に基づいて自分自身で判断をしてほしいと語る。HPVワクチンの問題について一部メディアがノーベル医学生理学賞の受賞者に意見を求めたことにも言及。科学的に断言できない問題の判断を有名人や権威のある人物に全て委ねようとする風潮に懸念を示す。

 

 各人がリスクと利益を考慮した上で科学的な判断を下す力を身に付けられるように、小学校、中学校からワクチンについて教育を行うことの重要性を指摘する。また漫画や小説を通じて、免疫がどのような働きをするのか、ワクチンがどのように普及したのか知ってほしいと語る。「天然痘で死ぬ人が身近にいるのが当たり前の時代など現在では想像もできないはず。ワクチンがどういう役割を果たしてきたのか考えてほしい」

 

石井健(いしい・けん)教授(医科学研究所) 93年横浜市立大学卒。博士(医学)。医薬基盤・健康・栄養研究所ワクチンアジュバンド研究センターセンター長などを経て、大阪大学招へい教授を兼任しつつ19年より現職。

この記事は2019年11月26日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。

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