学術

2024年1月22日

ヒトよりも人 科学メディア「flasko」とは

 

 科学はいつまで社会にとって「遠い営み」でいられるだろうか。近年、原発事故やコロナ禍を受け、社会と科学の距離を縮めるサイエンスコミュニケーションの必要性が国内で見直され始めている。実践活動の一つに、科学者自身の人柄にもフォーカスしながら研究紹介を行う記事を配信するメディア「flasko」がある。難解な科学的知見も科学「者」の手によって生まれたもの。「科学者をもっと身近にすること」を目指して2021年から始動した。今回はflasko代表の早船真広さんに取材。立ち上げの背景、活動内容や展望について聞いた。(取材・清水琉生)

 

きっかけにも サポートにも

 

 「flasko」では研究者の研究活動やその成果を紹介する「研究者インタビュー」、研究者自身が科学トピックや先端技術を一般向けに解説する「flasko科学コラム」、研究者の人となりや考え方を紹介する「研究者ライフ」といった記事を掲載している。国立科学博物館認定サイエンスコミュニケータでもある早船さんに、企業研究者、出版社編集、元新聞記者などのメンバーが中心となり、バックグラウンドの異なる人々が関わってそれぞれの強みを生かしながら記事が作成されている。いずれの記事でも研究に携わる学生から教員まで研究者個人にスポットライトを当てる。「論文にはならない研究の苦労話や研究の思考プロセスを載せることもできますし、科学の営みのリアルを感じてもらいたいです」

 

flasko_homepage
flaskoのホームページ

 

 「flasko」のサイトでは「科学は私たちの身近にありながら、その分野はとても幅広く、ひとりの力で理解をするのは到底不可能です。しかし、科学に関係する人も組織も多岐にわたっており、どのようにして集合知を得るのかは大変難しい課題です」と早船さんからの課題認識が共有されている。「科学に触れるきっかけ、場を作りたかった」と早船さんは話す。知的に惹かれる「科学が面白い」というアピールだけではなく、科学に携わる人が楽しそうにしている姿を発信することで科学に触れる機会を広げる可能性がある。「親が子どもに読み聞かせる絵本が科学に関わるストーリーだとか、触れる方法はなんでもいいはず」と、小難しい内容の記事で学ぶのではない科学への触れ方の提案を試みている。

 

 flaskoでの記事作成は研究成果を一般に周知するアウトリーチ活動のサポートにもなる。研究費は一部をアウトリーチに充てる制約があることが多いが、肝心なアウトリーチの方法が分からない研究者は少なくないと早船さんは想定する。そこで、研究内容を記事として発信したい研究者を同サイトで募集。1時間程度のインタビューを行い、記事が作成されるが、その人自身に重点を置いた記事になるため、実際にインタビューを受けた研究者からは「学会でも名刺代わりにflaskoの記事を紹介すれば良い」などの活用例も報告されているという。オンラインでの配信としたのは、多くの人の目に止まるだけではなく、アーカイブとして記事が残ったり自由に参加する場になりやすかったりするというメリットを考慮して。また、名刺代わりになるという例のように、インターネットで検索さえすれば自身の魅力を効果的に伝達できる点も大きい。

 

flaskoのロゴ

 

 名前の「flasko」は科学を感じられる名前にしたいという思いで命名された。フラスコは英語で「flask」だが、紛らわしい名前もあり分かりづらく、日本の科学者のためのプラットフォームであるためローマ字読みに合わせて「o」を付した。これにより、Googleで検索をかけるとflaskoのサイトは埋もれず表示されるようになっている。

 

出会いに始まり 出会いを作る現在へ

 

 科学「者」へのフォーカスには人との出会いを大切にした自身の経験を踏まえた根拠があった。高校時代、教育実習生として来校した当時研究を行っていた学生との出会いが研究の世界を志す理由になった。「30分程度でしたが、個人的に自身の専門の生物分野の研究について話してくれたんです。当時コンピューターが普及していて情報系を目指そうと思っていた自分が生物分野に興味を持つきっかけになりました」。大学院での農学博士号の取得につながる、運命が変わった出会いだった。

 

 サイエンスコミュニケーションとの出会いは、2011年の東日本大震災での原発事故。福島第一原子力発電所内で何が起きているのか社会に伝わるように発信することが求められる中で、社会と科学の距離の遠さという課題が表面化し、サイエンスコミュニケーションの需要が高まっていた。同年、就職活動が上手くいかなかったこともあり博士課程に進学した。ただ、博士課程修了後は将来サイエンスコミュニケーションを実践していく上で、アカデミアの世界だけではなく社会にも触れたいと思ってコンサル企業に就職。学部生も就職先として多く選ぶ企業で3年間刺激を受けた。担当したのも人事に関わる事業のコンサルタントなどで、当時から「事業をどんな人がやっているのか」に興味があったという。

 

 18年にはサイエンスコミュニケーションの事業を行う「Co-Lab.」を立ち上げた。いわゆるサイエンスコミュニケーションとして想定される、実験教室や少人数で科学の話題について雑談をするサイエンスカフェのような事業を行っていた。ただ、参加者は科学に興味がある人が主で、これらの事業だけでより多くの人に科学に興味を持ってもらうことに限界を感じた。さらには早船さんが博士号を取得していることを参加者に明かすと、相手に心理的に距離を持たれていると感じたという。その後、国立科学博物館のサイエンスコミュニケータ養成実践講座へ参加。講座内でサイエンスコミュニケーションを専門とする小川義和さんから教わった「知産知承モデル」が印象に残った。「知産知承モデル」は、伝える相手に科学的知識がないことを想定する「欠如モデル」、受け手と伝え手の対話を重視する「対話モデル」から波及し、地域に根差して地域課題を解決する手助けをする機能をサイエンスコミュニケーションに担わせるというもの。「サイエンスコミュニケーションの役割はメディアや行政など点在する社会の構成要素同士をつなげ合わせること」だと聞いて目線が変わったという。Co-Lab.での活動は実験教室など既成の形式に限られていたが、新しい実践を行う場としてflasko を設立した。

 

 flaskoの運営メンバーも早船さんの個人的な付き合いから始まり、flaskoの事業構想をイベントで発表した際に声をかけてもらうなど出会いが鍵になった。「全部偶然の出会いで、それらがなければ一人で全部やらないといけなかったかもしれないです。メディアを作ると言いながら自分は素人だったので助かりました」と早船さん。インタビューする科学者も身近な人から人探しが始まった。flaskoの記事で登場する人はプレスリリースを出す研究室主催者よりも若手の博士課程の学生や助教が多い。若手に注目するという目的はなく、早船さんが直接アプローチする層が中心になるために割合が多くなっているというが「若手の方が研究成果を発表する機会を与えられづらいと思うので活用してくれたら嬉しい」と話す。

 

未来を育てる場になるために

 

 flaskoが想定する読者は高校1年生だ。多くの学校で高校1年生の終わりに文理を決定する。教育実習生との出会いで運命が変わった自身の経験も踏まえ、その後を左右することも少なくない文理選択の参考になるようにアプローチを図っている。記事の内容も噛み砕き過ぎず、読後感を得られるように工夫しているという。「小学生向けにするよりも専門用語を多少取り入れて解説をする分、塩梅が難しく感じます」。コラム記事の中には分量が1万字近くのものもあるが、分量は書き手の人柄として、読者想定以外は大きく記事に制約を設けず配信をしているという。高校生がflaskoの記事を通した出会いで興味を持った分野の研究をする未来も描いている。

 

 高校生に直接flaskoをアピールする機会は母校を除いてはまだ限られているというが、昨年11月に行われた科学技術振興機構主催「サイエンスアゴラ2023」ではflaskoのブースを出展。他にも社会と科学をつなぐことを重視するイベントに参加して、交流を増やしている。「サイエンスアゴラでは高校教師の方と意見交換ができたり、多くの人に活動について知ってもらえたりしました。イベントに出てみるとまた出会いがあって勉強になります」と、まだflaskoの存在が周知されていない現状の改善に向けて、イベントだけでなく高校に赴くなどの活動も視野に情報収集している。

 

 flaskoは科学者当人へ重きを置いた記事の配信をしているため、記事では科学の知見自体の時事性は重要ではない。立ち上げから2年という事情でまだ実現していないが、一度インタビューした科学者に再度インタビューして成長を覗いてみたいと早船さんは次のビジョンを語る。

 

 記事にはインタビュー相手がいるが、現状営利団体として活動していないため、運営メンバー含め活動に還元できるものが今は経験しかないことも課題。「ずっとボランティアでやるつもりもない」と早船さんは話す。周知だけではなく、企業の協賛を得るなど、活動がさらに充実したものになるようなflasko自体の成長も必要になる。

 

 興味にのめり込んで何かをやり遂げる人間の力は凄まじい。きっかけがないためにその力を持て余すのはもったいない。研究者同士の関わりの場、未来を変える場にもなるflaskoが作るきっかけが、あなたの凄まじい力を引き出すかもしれない。

 

早船真広(はやふね・まさひろ)さん 15年明治大学大学院農学研究科生命科学専攻博士課程修了。博士(農学)。18年よりCo-Lab.の活動を開始。科学イベントの主催などを行い、これまでに小学生から大人まで延べ3,000名以上に科学の楽しさを伝えている。現在は国立科学博物館認定サイエンスコミュニケータ/科博SCA代表のほか、東京学芸大学非常勤講師を務める。
早船真広(はやふね・まさひろ)さん 15年明治大学大学院農学研究科生命科学専攻博士課程修了。博士(農学)。18年よりCo-Lab.の活動を開始。科学イベントの主催などを行い、これまでに小学生から大人まで延べ3,000名以上に科学の楽しさを伝えている。現在は国立科学博物館認定サイエンスコミュニケータ/科博SCA代表のほか、東京学芸大学非常勤講師を務める。

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