教養

2021年8月21日

【100行で名著】孔明がコーヒーを飲み、孔子は空を飛ぶ──『移動迷宮: 中国史SF短篇集』

 

 SF──サイエンス・フィクション。ナボコフの小説『ロリータ』の冒頭のように本記事を書き出してみたが、主人公が少女ロリータの名前に見出した甘美な響きはSFにはどうにも求められないようだ。その理由の一つは音声学的な事実に求められるかもしれない。子音はl、m、rのような共鳴音とf、k、sのような阻害音に大別され、前者は柔和な、後者は硬いイメージを想起する傾向にあるという[1]。なるほどロリータという名前は三つの子音のうち二つが共鳴音であるが、一方でサイエンス・フィクションという言葉はその子音全てが見事に阻害音だ。だが音声がもたらす直感的なイメージ以上に、サイエンスという言葉が連想させるものに堅苦しさを感じる人が多いのではないだろうか。

 

 一口に科学と言ってもさまざまな領域があるが、この言葉を聞くと自然科学といった学術領域がまず思い浮かぶか、あるいは科学技術のように実用的かつ合理的な知識の蓄積が含意されるのが一般的だろう。そしてフィクションはといえば、むしろ気晴らしのための娯楽というイメージがあるから、サイエンス・フィクションという言葉にはちょっと自己矛盾めいた印象を受けなくもない。強いてこれまで見たサイエンスとフィクション双方のニュアンスを両立させようとするならば、H. G. ウェルズの『タイムマシン』やジュール・ベルヌの『海底二万里』といった作品を念頭に置きながら、近未来の科学技術の可能性を示す冒険譚(たん)という定義を与えればいいかもしれない。

 

 では、これから紹介する本はなんと表現すれば良いだろう。書名は『移動迷宮: 中国史SF短篇集』とある。諸葛孔明がコーヒーをガブ飲みして激務に取り組むあまりカフェイン中毒で倒れてしまい、魏晋南北朝の人々を「コーヒーにミルクと砂糖を入れる派/入れない派」に分裂せしめる小説や、あの聖人たる孔子が気球で空を飛ぶ作品が収められた本だ。確かに中国史は関係がありそうだが、これがSFだろうか?

 

 答えはYES。実はSFは近未来と同じくらい、過去とも縁の深いジャンルなのだ。このことはこう考えれば納得がいく。まずサイエンスとは自然科学のみならず社会科学や人文科学なども幅広く指す。そしてサイエンス・フィクションとは限られた──可能ならただ一つだけの──フィクション的な条件を、飛び切り自由に想像力を働かせて打ち立て、あとは徹底して科学的に、つまり合理的に考えることでその条件下の現実を仮想するジャンルである、と。

 

 例えば近年ドラマ化もされたフィリップ・K・ディックの古典的SF『高い城の男』は第2次世界大戦に敗れ日本とドイツに占領されたアメリカを舞台としているし、冒頭でやや唐突に名前を出したナボコフも、16世紀以後もモンゴル人の支配を受けたためロシア人が北米へ移動するという歴史改変SF『アーダ』を書いた。また日本SFの御三家のうち小松左京は太平洋戦争末期に本土決戦が行われる『地には平和を』、筒井康隆は新幹線を使い豊臣秀吉が中国大返しをする『ヤマザキ』といった、史実と異なる過去を描いた短編作品を書いている。

 

 歴史とSFが結びつきうるのだと論じたところで、本書の短編をその仮定と共に紹介しよう。どれも面白く優れた短編だが、記者が個人的に傑作と考えるのは宝樹「時の祝福」と馬伯庸「南方に嘉蘇あり」だ。前者は「ウェルズのタイムマシンが空想ではなく実在していたら?」という仮定のもと、ウェルズのタイムマシンを手に入れた1920年の中国に生きる二人がある女性の人生を破滅から救おうとし、何度もタイムスリップして悪戦苦闘する作品。解説では魯迅とウェルズの小説へのオマージュが指摘されているが、人生の分岐点について二人が試行錯誤しながら考えるところは映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズを思わせるし、コンセプトは映画『素晴らしき哉、人生!』へのネガティブなアンサーとも評価できる。後者は「もしも漢代の中国にコーヒーが伝わっていたら?」という仮定のもと、単に王朝交代や英雄の歴史だけでなく人々の習慣・風俗などの文化史、杜甫の詩などの文学史をも書き換え、先述のように諸葛孔明にコーヒーを牛飲させ竹林の七賢にはコーヒーを片手に清談にふけらせる、飛び切り自由な短編だ。

 

 高校で世界史を勉強している学生はこう考えているかもしれない。おびただしい国名と人名が登場する五胡十六国時代や六朝文化などを勉強して一体何の役に立つのか? その一つの答えは、この本を笑って楽しめるようになるということだ。【明】

 

[1] 川原繁人『「あ」は「い」より大きい!? : 音象徴で学ぶ音声学入門』ひつじ書房、2017 31-54頁

 

大恵和実編訳他『移動迷宮: 中国史SF短篇集』  中央公論新社、2021年

 

【関連文献】

赤上裕幸『「もしもあの時」の社会学: 歴史にifがあったなら』筑摩書房、2018

未邦訳のものも含み豊富に歴史改変SF小説をその歴史と共に紹介すると同時に、学術的に歴史のIfを考える意義と問題について詳細に論考を加えている。

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