文化

2019年9月20日

東大教員の選ぶ青春の一冊 『火の鳥』(手塚治虫著)

 「青春の一冊」は主に東大の教員に、自身の青春を彩った書籍などについて寄稿してもらう連載です。今回は、近藤尚己准教授(医学系研究科)が選ぶ一冊『火の鳥』(手塚治虫著)です。


手塚作品に魅了され医学の道へ

 

©手塚プロダクション

 

 「ああそうか、ロボットづくりは人間の生殖本能による行為なのだな」

 

 手塚治虫を読んでこう考えたのが高校時代。西のはずれの都立高校に通っていた私は、学内のオタクのたまり場であった自然科学部で部長をしていた。当然私も科学オタク。物理・生物・哲学・宗教と、雑多に本を読みあさった。SFとノンフィクションが大好きだった。そんな中から青春の本を選べというなら、手塚治虫の作品群のなかの『火の鳥』だ。「一冊」に絞れというなら、初めて手にした『復活編』を挙げる。

 

 空飛ぶ車:エア・カーから墜落したレオナ。衝撃で吹き飛んだ脳の半分を人工脳にすげ替えたレオナは廃棄物処理工場の旧型作業ロボットのチヒロに一目ぼれする。生物は無機物に、無機物は美しい生命体に見えてしまう〝錯視〟という人工脳の副作用。レオナは工場の社長に掛け合い、愛するチヒロを〝買い取り〟しようとするも拒否され、2人は逃避行。そこから、レオナの死の謎解きが始まる。遺産の奪い合い、不死への欲望、狙撃、セックス、マフィア、陰謀、そして禁断の恋。あらゆるエンターテインメントのエッセンスが織り交ぜられた彼一流の紙上演劇に没頭した。レオナとチヒロは、ロビタという新型ロボットの電子脳の中で〝結ばれる〟。

 

 医学とともに、舞台演劇、宗教、神話と、様々な芸術や古典、思想をどん欲に吸収した手塚が描く世界絵図は、火の鳥の作品群の中で、時空を縦横に旅しながら組み立てられていく。        

 

 神話の猿田彦は宇宙船の船長となり、神となり、時空を超えた存在として万物を創造し、創造した世界が滅びまた勃興するのをうろたえながら目撃する。時間軸が、かくも小さく、無意味なものに思えてしまう。人間は意思・知能・思考をデジタル化して人工頭脳にインストールすることで、肉体という制限を取っ払い、地球環境が激変する中でも子孫を存続させようとする。地球が赤色巨星化した太陽に飲み込まれる50億年後、人類の存続のために、その技術は必要になりそうだ。ロボットづくりは、そのための準備的取り組みなのかもしれない。高校生の私はそう考えた。

 

 人間をもっと知りたい、世界を知りたい。人文的にではなく、サイエンティフィックに、知りたい。ならば医学だ。そうやって医学部を受験することを決めていったように思う。

 

 手塚治虫を紹介してくれたのは、同級生のKさんだ。高校入学のころから、幼少期の怪我でできた大きな顔の傷が気になりだして他人と面と向かって話すのが苦手になっていた私に気さくに声をかけてくれた。Kさんは手塚治虫の『ブラック・ジャック』を貸してくれた。朝、読み終えた巻を返し、Kさんが次の巻を貸してくれる日々が続いた。でも結局目を合わせて話せるようにはならなかった。30巻くらいまで来て、「なんか、私、押し付けてる? 迷惑かな?」とけげんそうに尋ねてくるようになった。ほどなく、『ブラック・ジャック』の貸し借りは途絶え、会話も減っていった。翌年、傷を消す手術を受けた。淡い恋心とすれ違い。酸っぱすぎる青春も演出したのが手塚作品だった。

 

近藤 尚己(こんどう なおき)准教授(医学系研究科) 05年山梨医科大学大学院医学系研究科博士課程修了。博士(医学)。ハーバード大学公衆衛生大学院研究フェローなどを経て、14年より現職。

この記事は2019年9月10日号(受験生特集号)から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。

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