学術

2020年4月9日

建築家の卵による自由な表現 約150年続く建築学科の「卒制」① 作品は学びの集大成

 東大では、法学部など一部の学部や学科を除いて、卒業論文(卒論)の執筆が卒業の必須要件として課せられている。一方、工学部建築学科では、卒論に加えて卒業制作(卒制)と呼ばれる、最終制作課題も必修課目となっている。建築学科における卒制の制度的な概要や歴史について有識者に聞くとともに、卒制を終えた学生へのインタビューを行い、その実態に迫った。

(取材・大西健太郎)

 

【関連記事】

・建築家の卵による自由な表現 約150年続く建築学科の「卒制」②

・建築家の卵による自由な表現 約150年続く建築学科の「卒制」③

 

最初で最後の「無条件」な設計

 

 卒制は卒論同様、それまでの大学での学びの集大成として位置付けられているが、その様相は大きく異なる。文字情報が主の卒論に対し、卒制の場合、平面図・断面図などの図面や絵、模型などさまざまな手法を用いて表現した制作物を提出する。

 

 東大の卒制は現在Aコース(設計)とBコース(研究)の二つから成っている。オリジナルの建築の設計を行うAコースに対し、Bコースでは卒論などの研究を発展させたものを制作物として研究の成果を示す。

 

 東大のように、建築学科で卒論と卒制の両方が課される大学は少ない。東大で卒論と卒制がどちらも全学生必修になっている理由について、意匠系技術職員として長年にわたって卒制に携わってきた山崎由美子さんは「実践力を身に付けると同時に、研究者の養成も重んじられているからなのでは」と推測する。

 

 卒論同様、卒制は建築を学び始めてから自分で問題を設定する最初の本格的な機会となる。それまでの設計製図の授業では、敷地や建物用途、建物規模といった条件があらかじめ決められた課題に取り組むが、卒制では自ら敷地やテーマを決め、問題そのものを創造することが求められる。

 

 卒業後に建築設計の仕事に就く場合、まず敷地があり、顧客の要望や予算など、さまざまな条件が与えられた上で設計に取り組まなければならない。つまり、卒制と同じように無条件で設計する場面は卒業してから二度と訪れることはないが、山崎さんは条件を全て自分で設定できる点に卒制の意義があると話す。「卒制は1から10まで自分で決められる最初で最後の機会。条件の制約なしに設計することは大変ですが、だからこそ面白いのではないでしょうか」

 

 また、卒論はテーマや研究手法を考えるに当たって教員や院生に指導を受けることはあるものの、基本的にはどの学部や学科でも自分一人での作業となる。卒制の場合も個人作業が主となるが、例年提出の2、3週間前ごろから学科の下級生や学内外の知り合い(通称・ヘルパー)の力を借りて作品を完成させる学生が多いという。下級生にとっては先輩から設計技術を学ぶ機会になる一方、上級生にとっても組織的に制作物を作り上げる訓練になるなど、双方にとってメリットがあるようだ。こうした、複数人で制作物を作り上げるという点も、卒制の大きな特徴の一つと言える。

 

ポスターセッションの様子

 

 卒制では作品の評価の機会が学内外に多様に設けられている。東大の場合、提出した作品は全て展示され、全教員によって採点される。採点の結果、Aコースの優秀作品には「辰野賞」が、Bコースの優秀作品には「中村達太郎賞」がそれぞれ授与される。その後、選抜された作品についての学内講評会が行われ、教員と学生との間で作品のコンセプトや完成度、表現方法などに関して質疑応答が行われる。辰野賞受賞者で東大大学院に進学した学生には各年1人限定で「コンドル賞」が贈られる。この賞は00年に安藤忠雄教授(当時)が発起人となり創設された賞で、受賞者には海外の建築事務所での研修費用として100万円が支給される。

 

学内講評会では隈研吾教授ら教員との質疑応答が繰り広げられた

 

 近年は講評の場を学外に開く動きも見られる。03年度に学外の建築家らを招いた講評会が始まったことを皮切りに、06年度からは東京工業大学、東京藝術大学という、建築学科を擁する都内の国立大学との3大学合同での講評会が行われるようになった。「また、『せんだいデザインリーグ卒業設計日本一決定戦』(仙台市)や『デザインレビュー』(福岡市)など、全国規模の講評会が毎年各地で開催されており、自作を携えて全国を行脚する学生も多いという。

 

 作品をさまざまな人々に講評してもらうことは設計をしていく上で大事だが、学生には自分自身が考えていることや興味があることを素直に設計で表現して欲しいと山崎さんは話す。「人がどう評価するかを気にするより、自分が納得できるかどうかが大切。2年半学んできた集大成の場なので、楽しんで取り組んでほしいですね」

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この記事は2020年3月31日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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