文化

2024年4月24日

ビッグイシュー日本 仕事を作りホームレス状態の人の自立を支える

 

 バブルの崩壊やリーマン・ショック、新型コロナウイルスのまん延といった社会情勢や、災害。事故や病気、急なリストラ。誰しも、何かの拍子で生活が180度変わるかもしれない。予想し得ないことばかりの世の中だからこそ、危機に直面した時に最低限の安心・安全を提供するセーフティーネットは存在する。しかし、そんなセーフティーネットからすらもこぼれ落ちる人たちがいる。炊き出しやシェルターの提供、就労支援などを通じて、政府の支援からこぼれ落ちてしまった人たちの受け皿となっているのが民間団体である。その一つである、雑誌『ビッグイシュー日本版』を発行し、同誌の売り手としてそうした人々を雇うことでその自立を支えるビッグイシュー日本に取材した。自立を支援する活動や日本社会を取り巻く福祉制度について話を聞いた。

 

 なお、厚生労働省の「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」(2002年に成立した「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」による)という定義と異なり、本記事では取材内容に沿って「ホームレス」を「安定した住居を持たない状態」という意味で用いる。(取材・高倉仁美)

 

ホームレス問題を取り巻く現状とは

 

──ビッグイシュー日本の活動について教えてください

 

 ビッグイシュー日本は2003年に設立され、イギリス発祥の雑誌『ビッグイシュー』を『ビッグイシュー日本版』として日本独自の内容で創刊し、その販売をホームレスの人のための仕事として提供しています。身分証明書や住まい、連絡先などがなくてもすぐに収入を得られる機会を作ることで、ホームレス状態からの生活再建を応援しています。販売者として登録し、雑誌を1冊220円で仕入れ、路上の販売場所で雑誌を1冊450円で売り、230円が利益となる仕組みです。

 

 ホームレスの人が仕事を通じて収入を得られたとしても、路上生活から脱却するまでの壁は多いです。例えば、家に入ろうとしても保証人になってくれる身寄りがいなかったり、家主から断られたりします。また、住所や電話番号を持っていないため就職活動が難しくなったりします。銀行口座がなければ給与や年金の受け取りも困難です。住民票がなければ家を借りるための条件を整えることができません。家のある人たちが普段の生活ではあまり意識しないささいな手続きが、ホームレス状態からの脱却の大きな壁となっていることがあるのです。他にも、障がいや病気、依存症があったり借金を抱えていたりすると、困難はより大きくなります。専門的な手助けを必要とする人も少なくありません。そこで、一人一人の課題に沿ってホームレス状態からの生活再建を支える活動母体として、07年に非営利団体ビッグイシュー基金を設立しました(08年よりNPO法人)。それぞれの状況に合わせた支援や、ホームレス問題の解決のための政策提言・ネットワーク作り、ボランティアなどの形で市民を巻き込んだ支援事業などを行っています。

 

──現場から見る、ホームレスを取り巻く現状について教えてください

 

 厚生労働省の統計によると、日本のホームレスの人数は減っています。各自治団体が割り振られた担当地区内の野宿者を目視でカウントするという方法で調査が行われます。つまり、車上生活者やネットカフェなどを転々としている人たちは数えられていません。また、調査の時間指定がされていないため、多くの場所で勤務時間内の朝から夕方に調査が行われると考えられます。しかし昼間は働いていたり、屋内など別の場所で時間を過ごしていたり、人通りがなくなる深夜から段ボールを路上に敷いて寝るということも多くあります。都市部では、ネットカフェのような24時間営業で夜間に滞在できる施設が増えているため、厚生労働省が出している統計は正確ではないと考えられます。夜回りをしていると、昼間に数えられる、河川敷や公園などで「小屋掛け」といわれるブルーシートの簡易テントで野宿をする人は確かに減っています。支援が充実し路上生活から脱却できた方が増えたというのもありますが、オリンピックの実施や公園・駅前の再開発などで立ち退くように言われたホームレスの人たちが「住居」を失ったというケースも多いのではと推測しています。こうして路上生活者はどんどん「見えない化」しており、正確な現状把握が非常に困難です。

 

──日本政府のホームレス問題に対する姿勢についてどのように考えますか

 

 国民が、経済的に困窮したとしても最低限度の生活が保障され、安心して生きることができるようにすることが政府の責務ですが、果たされているとは言い難いです。その結果が漠然とした不安や閉塞感にもつながっているのではないでしょうか。生活保護の利用に関しても、扶養照会(生活保護を申請する際に行われる、申請者を扶養できる親族が居るかを調べる制度)をなくして欲しいという声があっても本人の意思が配慮されず、親族に知られたくないために生活保護の申請を断念する人もいます。改善は大いに必要です。また、相対的貧困家庭(国や地域の水準の中で比較して、大多数よりも貧しい状態の家庭)の増加は、行き過ぎた格差が進む一方で政府による再配分が機能していないことを示しています。相対的貧困は見えづらいとよく言われますが、ホームレスという究極の困窮状態への対策として住まいの確保や福祉の利用をしやすくするとともに、この相対的貧困が減っていくことが日本社会の安定や活力につながっていくのではないでしょうか。日本の国会などで貧困対策が話題に上がると多くの場合、予算の話が持ち出されます。しかし、国を支える国民の多くが安心して生きられない、若者の多くが将来に不安を抱え希望を持てないような現状があるとしたら、政府に今一度、自分たちが取り組むべきことの優先順位を考えてほしいと思いますし、私たち一人一人も、声を上げていく必要があると思います。

 

──日本社会ではホームレスになってしまったことを自己責任だと捉える人もいます

 

 「貧しいのは十分な努力をしなかったからだ」という自己責任論は「ちゃんと努力している人を助けるべきだ」という、一見ポジティブと捉えられるような考えと表裏一体です。後者の意識にも疑問を持つことが自己責任論の解消につながると思います。多くの販売者と関わる中で「ちゃんと努力する」ことのハードルは人それぞれだと気付きました。1時間同じ場所に立つことや集団の中で働くことが簡単な人もいれば、苦痛に感じる人もいます。頼れる人がいるか否かで努力できる幅も異なります。生まれた育った環境や持って生まれた能力は自分ではどうにもできないことです。そういった十人十色の状況の中でそれぞれが「努力」できる土台が用意されているのかに目を向けること、自分個人の物差しで「それぐらいはできるでしょ」と判断しないこと。困難な状況の中で、自分以外の誰か、社会が助けてくれるという安心感こそが、多くの人にとって生きやすい社会、そして何度でも挑戦できる社会につながると思います。

 

──「生活保護バッシング」が繰り返されるように、生活困窮者の支援に反対する人もいます

 

 支援に反対するのは、先述のような自己責任論と共に、自分が生活に困窮する可能性があるという意識がないことが原因かもしれません。生活保護は経済的に困った時に最低限の生活を保てるように社会で助け合うための制度です。その制度がちゃんと機能するための取り組みに反対することは、「最低限の生活」の水準を切り崩すことでもあります。災害や経済不況、事故、病気など予期していなくて生活困窮に陥る可能性は誰にでもあります。何かの拍子で自分や自分の大切な人の生活が苦しくなった時に十分な手助けを求められないような社会で暮らしたいか、自分に問いかけてみてほしいです。

 

『ビッグイシュー日本版』を販売している様子(写真はビッグイシュー日本提供)
『ビッグイシュー日本版』を販売している様子(写真はビッグイシュー日本提供)

 

雑誌の路上販売から生まれる未来への希望

 

──ビッグイシュー日本が設立された背景を教えてください

 

 『ビッグイシュー日本版』の現編集長兼共同代表を務めている水越洋子がビッグイシュー・スコットランドの創設者の話を聞き刺激されたのが始まりです。水越は当時従事していた都市計画の仕事の一環として書籍の発行なども経験していたので、なじみのある出版とホームレス問題の解決を掛け合わせるビッグイシューの活動がとても魅力的に映ったそうです。同時期、水越は上司だった佐野章二(現ビッグイシュー日本共同代表)と共にバブル崩壊後に可視化したホームレス問題について勉強会を開くなどしていました。日本の都市部では路上生活をする人が急増していました。なぜそんな状況が生まれるのか。それを防ぐために政府・民間にできることがあるのではないか。人がホームレスにならずに生き生きと活動できる社会を創るにはどうしたら良いか。そんな疑問を解決することが原動力となっていると思います。

 

──ビッグイシューが提供する路上販売という仕事の特徴を教えてください

 

 路上販売の最大の意義は、希望すればすぐに働くことができ、すぐに現金を得られる事です。多くの仕事は、働くまでに履歴書の提出や銀行口座の登録、面接などの過程を要しますが、ビッグイシューの販売者登録はそれらを求めません。何かの拍子で貧困に陥り、家や携帯などもない状況であってもできる仕事は生活再建の第一歩として貴重だと考えています。

 

 販売者が働き方を自ら決められるという点もこの仕事の特徴です。日々販売する日時から仕入れ冊数まで販売者が決めます。登録した販売者には雑誌『ビッグイシュー日本版』を無料で10冊お渡ししますので、売り切ったら4500円の収入になります。販売を続ける場合は、その4500円を手元に、次からは一冊220円で仕入れていただきます。次回分の仕入れ代を残せるように継続して10冊ずつ仕入れる人もいれば、10冊完売できた直後に次は15冊、20冊仕入れてみる人がいる。それぞれが試行錯誤します。販売が難航する時もありますが、試行錯誤した結果、完売できたり仕入れ数を増やせるなど、小さな成功体験の積み重ねは販売者にとって大きな財産になると感じます。

 

 お客様である読者と直接関われることも路上販売の良いところです。悪天候や、通行人からの心無い言葉など、路上販売には辛い側面が多いです。今はだいぶ減ったのですが、創刊当初はビッグイシューの活動が知られておらず、嫌がらせなどもありました。しかし、お客様とたわいない雑談ができたり「今日暑いから体に気をつけてね」「なかなか販売者に出会えなくてあなたがいて良かったわ」と声をかけてくれるお客様がいたりします。路上で販売していなければ出会えなかったような人に多く出会え、お客様との交流が心の栄養となり、自分が社会から必要とされている感覚を取り戻せる。そうして「生きるのも悪くない」「意外とこの社会は捨てたもんじゃない」と希望を見いだし「もう一度頑張ってみよう」と思えるようになる姿を目にしてきました。

 

──雑誌『ビッグイシュー日本版』ではどのような記事を掲載していますか

 

 『ビッグイシュー日本版』で行ったアンケートによると、内容と販売者応援のためと答えた人が56%と半数以上、販売者応援のためが25%ですので、寄付的な要素も強いですが、内容だけで買うという人も14%います。販売者が自信を持って仕事ができるためには、商品として良いものを作ることが大事ですので、「内容が面白いから」買っていただけるよう編集部が試行錯誤しています。掲載する内容の基準は、社会のセーフティー・ネットからこぼれ落ちてしまった人たちの視点を忘れないようにすること、そして同時に未来に希望を持てるような内容にすることを心がけています。弊雑誌の「ホームレス人生相談」はそれをよく反映しているといえるかもしれません。これは、ホームページなどで募集したお悩み相談に販売者が自らの経験を交えつつお答えするもので、創刊当初から人気のコーナーです。

 

『ビッグイシュー日本版』vol.471 p.28「ホームレス人生相談」(撮影・高倉仁美)
『ビッグイシュー日本版』vol.471 p.28「ホームレス人生相談」(撮影・高倉仁美)

 

 海外の記者が書いた内容を掲載することも多いです。ビッグイシュー日本は、国際ストリートペーパーネットワークに加盟しています。ホームレスを中心とした貧困状態の人の仕事を作り、自立を応援しながら、当事者と共に貧困問題の解決を目指すという理念を共有した雑誌・新聞(ストリートペーパー)が約120の発行団体加盟しており、それぞれの記事を提供し合っています。こうしたつながりがあることで、それぞれの地域の時事問題や社会問題を素早く報道できたり、貧困状態に関係する様々な社会問題の現場の生の声を載せたりすることができます。質の高いコンテンツを担保して雑誌がより多くの人に届くことは販売者を助けるだけでなく、貧困問題の解決につながると信じて、同じゴールを目指して助け合っています。

 

──ビッグイシュー日本が目指す社会とは

 

 「ビッグイシューが必要とされない社会を作る」ことを長年ビジョンとして掲げてきました。お金がなく明日を生きられるかも分からず苦しんでいる人は依然多く、ホームレス問題の解決に向けてまだまだ頑張らなければなりません。他方で、集団で働くことが苦手だったり、過去の仕事のトラウマを抱えていたりするため、楽しく取り組めるビッグイシューの販売が楽しいから続けたいと言う人も見てきました。そのような意味で、ビッグイシューの路上販売の仕事がなくなった方が良いとは断言できず、むしろ我々が先駆けとなって、どんな人でも自分に合う仕事を見つけられるような仕事の多様化を促進できるかもしれないという新たな可能性も探っています。

 

 また、ずっと「自立」とはそもそも何なのかを社内で議論しています。私たちはホームレスの人がビッグイシューを通じて住まいや連絡先を取り戻し、ビッグイシュー以外の仕事に就くことを「社会復帰」や「自立」と呼んで目指してきましたが、そもそも、ホームレス状態だったとしてもビッグイシューの販売者は自立していないと言えるのでしょうか。もっと言うと、家を持っていなくとも、仕事をしていなくとも、その人の存在だけで場が明るくなったり誰かの救いになったりすることがあります。「すぐにできる仕事の場の提供」を軸にしつつ、労働への従事を絶対としない、新たな支援のあり方も模索しています。

 

国際ストリートペーパーネットワークに加盟している世界中のストリートペーパー(撮影・高倉仁美)
国際ストリートペーパーネットワークに加盟している世界中のストリートペーパー(撮影・高倉仁美)

 

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