報道特集

2021年11月19日

6年で大躍進 「子どもに学ぶ権利を」 Learning for All

 

 

 「6年後には解散しているのが理想です」。 貧困などの理由から学習に困難を抱える小中高生に、学習指導と居場所を提供するNPO「Learning for All」(LFA)。以前弊紙で取り上げたこの団体を6年ぶりに再取材した。(2015年の記事=https://www.todaishimbun.org/learning-for-all2015/)当時の小学1年生が中学生になった今、LFAと社会の変革や成果を聞く。(取材・丸山莉歩)

 

LFAの現在は「多岐」と「協働」

 

「拠点」での学習支援

 

 2014年にLFAは母体である教育系NPO「Teach for Japan」より独立、本格化した。小4〜中3向け学習支援から幅を広げ、現在は6歳から18歳の子どもを対象に学習支援や居場所の提供を行なっている。「希望する進路に、お子さんたちの自己決定の下で、ご家庭のサポートも受けながら関わり続けられています」。勉強を教える数時間でなく、子どもの成長を通じて支えていくことが理念だ。

 

 前回の取材からの6年間でさまざまな子どもたちの進路を見守り支えてきた。「不登校気味でしたが学習支援には来てくれた中学生がいました。学力はなかなか上がりませんでしたが、夜間の定時制学校で良い先生と出会い、自分の意思で専門学校へ。もう19歳になるんですかね」。子どもたちの持っている能力は紆余曲折あれど花開いていく。子どもとどう関わり、進路につなげるかは状況次第。学習の前に生活基盤の補強が必要な場合も多い。そのためLFAの提供するものは、学習指導だけでなく、居場所や食事など多岐にわたる。

 

 LFAが支援した子どもの中には、児童相談所に一時保護された例もある。保護後は、LFAのような支援側の大人であってもその子どもの情報は得られなくなる。民間の限界だ。限られた年数、範囲でしか関われないからこそ、学校の先生や行政との協働が肝となる。

 

高まる貧困への関心も、本質的理解足りず

 

 LFA代表理事を務める李炯植(りひょんしぎ)さんが、この6年間で見てきた社会の変化は何か。

 

Learning for All 代表理事の李炯植さん

 

 15年、生活困窮者自立支援制度が始まった。事業の中には子どもの学習支援も含まれる。この制度の施行を契機に、子どもの学習支援事業は600近い自治体に広がった(2020年厚生労働省調べ)。学習支援NPOが数多く生まれ、こども食堂は20年時点で4960件に達した(2020年NPO法人むすびえ調べ)。子どもの貧困への社会的関心は高まっている。一方で、その本質的理解にはまだ一歩足りない。「機会保障」から「権利保障」へ、社会が転換していないと李さんは指摘する。

 

 「機会保障」「権利保障」とは何か。例えば、子どもに九九の一覧表を渡すのは機会保障だ。その上で、子どもが九九の理解に苦しんでいるとき、習得まで責任を持って面倒を見ることが権利保障だ。機会の提供か、理解までの支援かで根底にある目的が異なる。

 

 現代の日本では、一定の支援を提供した後は本人の努力次第という価値観が未だに根強くあると李さんは言う。こうした機会保障の価値観の下では、一律の機会提供だけでは解決できない困難が見過ごされてしまう。

 

 問題は九九の例にとどまらない。生活困窮世帯には、「受援力」の低い家庭が多い。受援力とは支援を受け入れる力のことだ。困難な家庭ほど支援の現場につながりにくい。行政の手続きができなかったり、情報を得られなかったりなどの理由で外に向かって「助けて」と言えないためだ。こうした困難も家庭の責任に帰着される。機会保障の価値観は立場の弱い子どもに自己責任論を押し付ける。本来は自己実現までが社会の責任で保障されるべきだと李さんは話す。

 

 こうした事情を背景に、6年間でLFAはどのような変革を遂げたのか。16年の居場所づくり支援と18年の「地域協働型子ども包括支援」が大きな転機だった。

 

 居場所づくり支援は小学校低学年向け学童の設置から始まった。平日午後2時から8時まで小学1年から3年生までの子どもを預かり、一緒に宿題をしたり夕食も提供する。夏休みなどの長期休みも同様の時間開室しているが、公立学童の利用を前提に、個別対応を除き昼ごはんの提供はしない。「LFAが必要な支援全てに介入すると、家庭の養育力を削いでしまう。何もやらなくても何でも出てくる状況は良くない」。支援は最小限にとどめ、家庭の本来の力を生かすのが理想だ。その他、中高生に向けた居場所づくりも行なっている。

 

 地域協働型子ども包括支援では「子ども包括」と「地域協働」の二本柱を立てた。子ども包括型は6歳から18歳までのニーズにあった支援を目指す。子どもによって求める支援は違う。食事支援を求めている子に学習支援だけを提供してしまうようなちぐはぐな状況にならないよう、学校内外に学習や食事の提供サービスを作り、子どもが選べるようにした。地域協働型は外部との協働を促進するもので、先述した「受援力」の低い家庭をターゲットにしている。困難な家庭自身が声を上げられなくても、つながっている大人が連携すれば、情報を共有して早期から支援につなげられる。

 

「拠点」での居場所支援

 

一人から社会の改革へ

 「一人の子どもに学習を届けるだけでは変わらない」。LFAが掲げる理念を再度実感したと話すのは、現在東大教養学部4年でLFAの学習支援事業プログラム統括を担う田尻夏希さんだ。

 

 田尻さんが現場責任者をしていた葛飾区の拠点に、中国出身で日本語が苦手な小学生がいた。区主催の無償日本語教室にも通ったが、一年間通うと習熟度によらず修了扱いになる。実際はほぼ習得できていなかった。「意思疎通が困難でいじめられて」。しかし彼は、意味を感じないと学習を嫌う。ボランティアと共に工夫を重ねたある日、彼がボランティアに”龘”という漢字を見せた。「君もこの漢字を知らないからわからないでしょ。僕も日本の漢字がわからないからつまらない」。日本語に抵抗感のある彼が、日本語話者のボランティアに通じる言葉で精いっぱい自己表現してくれたと振り返る。

 

 その努力を賞賛すると同時に、変えるべきは彼に努力を強いる社会の方だと感じたという。「不利のない私たちが頑張らなくていいと言うのは無責任。でも頑張れと言い続けることが私のしたい支援じゃない。頑張らなくていいと言える社会を作りたい」。外国にルーツを持つ子をはじめ、経済状況、家庭環境などその子が抱える背景や困難にかかわらず、全ての子どもが自分にあった学習を受けられる場の提供が必要だと田尻さんは語る。

 

 前回の取材から今年で6年が経過した。李さんに次の6年間への思いを聞いた。権利保障に関する社会の価値観のほか、行政面がより改善してほしいと言う。不登校でも受けられる教育、虐待や生活困窮家庭にある子の支援。そうした権利保障を民間が担う現状から、公的機関が担う未来へ変わってほしい。「LFAはその中でなくなっていてもいい。困っている人がいなくなれば終わり。理想をいえば、解散しているのが一番です」

 

 とはいえ社会はそう早くは変わらない。今は子どもを中心として、現場・政策・研究をつなぎたい。この記事の読者も当事者だ。LFAの大学生ボランティアのように現場に立たなくても良い。研究や行政、民間などさまざまな分野で将来責任ある立場につくだろう読者各々に、子どもの貧困へ当事者意識を持ってほしいと話す。

 

 「興味のない学生こそボランティアに来てほしい」と田尻さんも話す。まずは知るところから始めませんか。

 

(LFAホームページ=https://learningforall.or.jp)

 

【記事修正】2021年11月21日午後2時54分 「LFAが支援した子どもの中には、児童養護施設に保護された例もある。」の一文を「LFAが支援した子どもの中には、児童相談所に一時保護された例もある。」と修正しました。お詫びして訂正いたします。

 

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