就活では多くの業界・企業を見た上で進路を選択することが重要だ。しかし多種多様な仕事について、社会人の話を直接聞ける機会は多くない。そこで今回は幅広い業界から六つの企業を訪問。東大の卒業生に仕事の内容ややりがい、就活時の経験などについて聞いた。インターネット上の情報だけでは知ることができない、業界や企業の魅力や実態を知って進路選択の参考にしてほしい。(構成・赤津郁海、取材・溝口慶)

NHKのコンテンツ制作局でディレクターを務める浦邉さん。ディレクターは番組を企画し、ロケに行き、映像を編集して、文字や音声をつけるところまで、一連の流れを取りまとめる仕事。ビビッと「私はこの話を番組にしたい!」と思ったら、企画書をプレゼンして、「この人に任せたら良い番組作ってくれるかな」と信じてもらう。そして2、3カ月かけて番組を実現させていく。
企画検討時の、先輩も後輩も対等に議論できる環境が好きだという。「人間とは何か、人間存在そのものに哲学的・思想的にも迫っていく議論を経て撮影にこぎ着ける。まるでプラトンのアカデメイアのように、メンバーでブレーンストーミングを繰り返して番組を作ります。自分の考えがくるんと回る、コペルニクス的転回が頻繁に起こるのが、面白くてたまらないです」。そうして作ったフランクルの『夜と霧』を扱う番組では「番組を見たから生きようと思えた」という感想をもらった。「自分が惚れ込んだテーマを突き詰めることで誰かの人生を豊かにできた」そんな時こそやりがいを感じるという。
幼い頃から「なんでなんで」が口癖で、調べたことを冊子にまとめ友達に見せていたという。東大では教養学部の文化人類学コースに進学。青森県六ヶ所村のフィールドワークでは、「核燃料再処理工場をどう思うか?」という堅苦しいインタビューではなく、海辺で釣りをしてできた出会いから、人々のリアルな生活を教えてもらい、施設と生きる暮らしをレポートした。NHKに入れなかったら大学院に進学したかったと話す。面白いことを論文にするか、番組にするか──「その延長上に今があるんだなと思います」。多くのことに興味を持てる人は、その面白さを伝える仕事がいいと教員に言われ、メディアを意識し始めたという。あるNHKの番組の、性的マイノリティに向き合う姿勢に引かれNHKを志した。
新米ディレクターは全国に派遣されるのがNHKの常。新潟に派遣された浦邉さんは、初めての雪国暮らしを顔を輝かせて語ってくれた。戊辰戦争で長岡藩士が会津へ落ちのびた街道の痕跡を撮影すべく意気込んでいたら、当日に大雪で道が全て埋まってしまうこともあった。
また別の日には、熊撃ち猟師のお爺さんへの取材中に、別のお爺さんが「大変だ!!」と駆け込んできた。90歳近いお爺さんたちが猟の時だけ目をギラっとさせるのも中々だが、なんとまあ、駆け込んできたのは雪に埋めて冷やしておいたシカの肉をイヌに盗まれたからだというではないか。広島出身の浦邉さんには信じられないことばかりだった。しかしさすが文化人類学コース卒業、どんな出会いも学びにする姿勢は健在だ。
あるお婆さんに新潟水俣病の取材をしていた時にも。「そういえば」とお婆さんが呟き、病気について何か思い出したのかと身を乗り出した瞬間……出てきたのはキツネに化かされた話だった。聞き取るだけでも大変な方言で、山菜採り中に気が付いたらスーパーの前にいた、キツネにやられた、と繰り広げられるやり取りを「フィールドワーカー」として楽しんだ。「仕事の魅力は人生の先輩とたくさん出逢えること。今でも新潟時代の取材先を家族と訪ねます」心躍った体験から番組を作る。
そうした出会い・経験で世界が広がるほど、知りたいことも増えるもの。コロナ禍ではリモートと対面の違いを考える自由研究も始めた。Nature誌などの論文を読み漁り思考を重ねてきた。「人に言われずともやってしまうことこそ、根本的に自分が好きなことだ」と話す。
そもそも限られた人生の時間だ。会社に入る難しさや就職偏差値などは2、30年も続くものでもない。自分が変化した時や過去の選択に注目して、自分はどんな人か、何が好きな人か。自己分析するのに就活はいい機会だ。「結局、自分のご機嫌を取れるのは自分だけなので」──就活生へ、「自分が一体何に心が動くのか、ビビッときたものを大切にしてほしい」と語ってくれた。











