インタビュー

2022年8月13日

現役東大生2人が始めた「おすすめ」を売る本屋とは

 

 東大在学中の小澤俊介さん(経・3年)と多賀陽平さん(育・3年)は2月、下北沢である本屋を始めた。その名は「本屋余白」。聞けばそこはお客さんからおすすめされた本を仕入れて販売する本屋だという。本屋余白を始める至ったきっかけや今後の展望について2人に話を聞いた。(取材・安部道裕)

 

最大のビジョンは「心にゆとりを持ってもらう」

 

──どんな本屋ですか

 

小澤:卸した商品を売る一般の書店とは違い、本屋余白は「お客さんからおすすめしてもらった本を販売する」という本屋で、これが一番の特徴です。店舗は下北沢にある「BOOKSHOP TRAVELLER」という本屋にあります。BOOKSHOP TRAVELLERは、そこの一棚一棚が個別の本屋になっている「棚貸し本屋」で、思い思いの本屋を一つの棚の上で展開することができます。棚の借り主は「ひと箱店主」と呼ばれていて、私たちもこのBOOKSHOP TRAVELLERのひと箱店主です。実はアポも取らずにここに突撃して「棚貸してください!」とお願いして本屋余白を始めました(笑)。また、4月22日から東大生協の駒場書籍部でも、1コーナーを借りて販売を始めました。

 

下北沢の「BOOKSHOP TRAVELLER」にある本屋余白の棚

 

多賀:ネットで本が簡単に買えるこの時代に実店舗を持つことにこだわったのは、最初からインターネットで目当ての本を検索して探すのではなくて、本棚を見る中で「面白そう」と思った本を手に取る、という偶然の出会いを大事にしてもらいたかったからです。とはいえオンラインショップも開設していて、同じくらい力を入れています。

 

本屋余白のウェブサイト

 

──「本屋余白」の名前の由来を教えてください

 

小澤:約7個の意味がこもった屋号で、特にお伝えしたいものは三つです。

 

「窮屈な人生に余白を」

 そもそも私たちは、成長を常に追い求める風潮へ違和感を覚えており、自分の心に湧き上がる衝動をもっと大切にしたいと思っていました。あれもこれもぎゅうぎゅうに詰め込んで、誰かに言われた「正しい」をなぞる人生への疑問。2人ともそんな人生を生きてしまった経験があったからこそ、私たちの本を読んで「余白」のある人生を送る人が増えたらいいなという思いを込めました。

 

「小澤と多賀のモラトリアム性」

 ただでさえ大学生という時間のある身分の上に、2人とも2年間続けたサークルを2年生の3月末で辞めることが決まっていました。就職活動、留学、将来などについて悩んでいる時期でした。モラトリアム=何も決まっていない・空白が多い=余白、といった連想ゲームです。

 

「本と余白をかけた」

 これは言葉遊びみたいなものですね。本には文字が書いてある部分と書いていない部分、つまり余白があります。本屋さんをやることは決まっていたので小さなユーモアとして気に入りました。

 

その他の意味はこちらこちらの記事で紹介しているのでよかったらご覧ください。

 

──本屋余白を始めようと思ったきっかけは何ですか

 

小澤:本屋余白の名前の由来でもお話ししましたが、一言で言うと「過度な成長志向への疲れ・疑問」です。勉強という競争社会で勝って東大に入り、自分より優秀な人と出会って、負けたくないという感情や焦りを持つと、明確な目的もないまま「もっと成長しなきゃ」と考え、思考や行動が固くなってしまう人もいると思います。私自身そのような考えに陥って「漫然とした成長志向」の中で忙しい日々を送っていました。例えばビジネス書ばかりを読んだり、サークルの友達が始めるタイミングで遅れを取らないように長期インターンを始めたりしていました。

 

 そんな大学2年生の6月、愛知に住む父が東京に来てくれて、久しぶりに2人で話をしたときに「なんだか早口になったな」と言われて。そこで自分がゆとりのない生活を送っていたことに気付かされました。他にも、インターンの話などをしたら「インターンをやるのはいいが、本当に自分が楽しめることをやったらどうだ」と言われ、その言葉で目が覚めて「本当に今自分がやりたいことは何か」を探すようになりました。

 

多賀:私自身も、大学生活を送る中で、今の自分がやりたいことを先送りにして、義務感で行動してしまうことが多くなっていたので、小澤の考えにはすごく共感しましたね。

 

小澤:私たちの最も大きなビジョンは「心にゆとりを持ってもらう」です。一つの思想に凝り固まって同じ世界ばかりを見て、その世界の中だけで「成長しよう」とすると味気ない人生となってしまうと思います。本を通してたくさんの世界や価値観と出会って「本当に自分がやりたいことは何だろう」というのをみんなに発見してもらいたいですね。

 

──そこで本屋という形に至ったのはなぜですか

 

小澤:理由はいくつかあります。まず、私は元々起業すること自体に漠然とした興味がありました。また私はBOOKSHOP TRAVELLERのファンで、客としてよく来ていました。ここで初めて買った本が『旅の効用』(草思社)という本です。パッと目に入る題名が『旅の効用』。でも「旅」と「効用」ってあまり一緒に使われる語ではないですよね。加えて副題が「人はなぜ移動するのか」。旅関連の本では旅行記がよくある形だと思いますが「移動」に意味を求めるのは不思議だなと思って直感的に気になって購入し読み始めました。

 

おすすめした人からの言葉が記されたしおりも一緒に渡される

 

 この本は18歳から世界を旅しているスウェーデン人の著者が各地での出会いなどを記し「人が動くこと」や「旅をすること」はどういった精神的な意味を持つのか、考察をしています。そこには、ビジネス書ばかりを読んでいた自分には見たことのない景色が広がっていました。この本を読んで「こんなに世界が広いのならば、30人程度の自分の周りのコミュニティーでの比較などやめて、自分の小さい狭い世界に閉じこもらずに、もっといろんな世界を見て自分の中に取り入れていこう、その方が楽しいんじゃないか」と思い始めました。同時に「本ってすごくいいな」と思ったんですよね。他にも『世界の書店を旅する』(白水社)という世界中の書店について書かれた本を読んで「本屋楽しそうだな」と純粋に感じました。この2冊に多賀が以前すすめてくれた『ビジネスの未来』(プレジデント社)から学んだことが組み合わさって「本屋をやろう」となりました。私に多大な影響を与えてくれた『旅の効用』は、最初に本屋余白に置いた商品です。

 

多賀:世の中には、人に知られていないけれど面白い本というのが山ほどあります。私は「いつかは物書きとして生きていけたらな」と思うほど文章を書くのが好きなのですが、世界中の面白い本を集めていろいろな人にその本の内容や価値を伝えられるのであれば、自分で書くのではなく本屋をやるのも悪くないといったイメージを持っていました。もっともこれは老後のイメージでしたが(笑)。

 

──本のおすすめで人をつなぐという考えに至ったのは

 

小澤:私が本をおすすめしたり、おすすめされたりすることが好きだったからです。好きな理由は二つあって、一つは自分の出会ったことのないジャンルの本を読めて世界が広がるからです。Amazonのおすすめ機能は便利ですが、自分の既に興味のあるジャンルの本をおすすめしてくれるので、どうしてもジャンルが偏ってしまいますよね。もう一つは、おすすめしてくれた本を通して、その人が何を感じて、何を大事にしていて、どう生きているのかが分かるからです。私はこの体験がすごく好きなんです。

 

 おすすめするのも好きなのですが、一方で少し気が引けるというか。おすすめした本がイマイチだったときどうしようとかを考えてしまいます。でも「こういう思いを持っている人って他にもいる」と思い、おすすめし合えるプラットフォームをつくろうと考えました。

 

多賀:私にとって、本屋余白を始める前の時期は、ずっと所属していた団体を辞めることが決まり、留学までの半年に何をしたいのか、と自問していた時期で。漠然と「人を幸せにできることがしたい」と思っていたのですが、そのための手段として「人と人をつなげる」ことにすごく価値を感じていました。

 

 

現実を見つつ理想を求める難しさを知る

 

──事業を実際に進めてきた中で、何か気付いたことはありますか

 

多賀:ここまではコンセプトについて多く話してきましたが、本屋余白はビジネスである以上最低限お金は稼がないといけないし、理想論ばかり言っていられないなと気付きました。利益が多く出るビジネスモデルではないし、このまま続けても赤字が黒字になるとは限らない状況ではあります。楽しい反面、同時に事業として難しいところも痛感していますね。

 

小澤:ビジョンは大切ですが、生きていくためにはビジョンを語るばかりではしょうがない。そこの塩梅(あんばい)が重要なのだと気付きました。でも少なくともビジョンを描いて自分たちの軸を固めることは大切だと考えています。実際、私は2021年の夏休みに起業しようと思い立ったのですが、失敗しました。理由は明確で、自分の軸がなかったから。起業という形自体にとらわれて、本当に自分がやりたいことが分かっていませんでした。ちなみに本屋余白は「起業」とはまたちょっと違う位置付けです。あくまで自分のやりたいことをやっている感じですね。全然お金は動いていないですし(笑)。

 

 他にも自己理解は進みました。例えば、自分は一つ一つの細かい課題を解決していくことは得意ですが、大きな絵を描いて3カ月スパンくらいの計画を立てるのは得意じゃないことに気付きましたね。

 

多賀:私はデザインを多く担当しているのですが、文言一つや文の順番などはかなりこだわりました。コンセプトを言葉に落とし込むことには重要な意味があって、事業がぶれなくなるし、困った時のよりどころになると思います。また、自分を表現することは面白いなという気付きはありました。これも自分に対する理解ですかね。

 

小澤:あと、あるお客さんから「運営者様の思いがとてもすてきで、知った瞬間に参加(本をおすすめ)させていただきました。私も大学生ですが、自分の思いを具現化して実行することは難しいと痛いほど感じるため、このような行動をされていることを本当に尊敬しています。大変なことはあると思いますが、これからも頑張ってください。応援しています」というメッセージをいただいて。自分の中にあった思いが外部の方々にも少しずつ伝わってるんだ、と思えてうれしかったです。

 

 もしこの本屋余白をやらないまま大人になって社会に出たら、きっと周りと自分を比べすぎて疲れたり、過度な成長思考から抜け出せずにどこかで無理をしてガス欠になってしまったりと、窮屈な人生を送っていたと思います。本屋余白を始めたから自分の人生が最高になることが約束されたわけではもちろんありませんが、少なくとも生き方や価値観についてゆとりを持って自分の軸で考えながら生きようという姿勢は得られたと思います。

 

──今後の展望について聞かせてください

 

多賀:私たちの一番やりたいことは「人と人をつなげる」ことで、本を売ることはあくまでも手段です。なので本をおすすめしてくれたお客さんに、おすすめした理由や、その本が大切だと思う背景となっている生きる姿勢・価値観といったところまでをインタビューをして記事にすることを始めました。

 

 またビジネス面は課題です。本は業界の構造的に利益率が低くて、大手やチェーンでない本屋で、本だけで利益を出すというのは普通ありえません。カフェを併設するなど利益率の高い他の事業を一緒にやることで成り立たせています。でも私たちは現時点では本を売ることだけなので、少なくとも継続性のあるビジネスができるレベルで利益を出せる方法を検討しているところです。

 

小澤:ビジネスという観点では、「ゆとり」をビジョンに本屋余白を立ち上げたので、ゴリゴリお金を稼ごうとか事業をもっと展開させようとすることに対して、個人としても本屋余白としても「合わないな」と思います。自分たちの思想を揺るがすことなく、一方で現実を見なければいけない。これは、多分私たちは人生を通して考えていくのだと思います。どううまく落としどころをつけるのかは人生のテーマなのかなと思います。

 

多賀:いつまで本屋余白を続けるかは分からないですが、少なくとも大学在学中は続けていたいですね。2人とも東京で働くことになったら副業として続けていくのも面白いなと妄想しています(笑)。

 

 もう一つ、全く決まっていませんが頭の中にあるのは、大学を卒業する頃に1冊本を出すことです。本の内容は、今までおすすめしてくれた人の紹介文とインタビュー記事をまとめたものにするつもりです。有名人でも学生でも老人でも、あらゆる人とそのあらゆる生き方を平等に伝えていく、そこに私たちの思いなどを加えてまとめた本にしたいです。

 

小澤:万葉集みたいになったらいいな(笑)。多様性と平等性というか、すごく有名な人の隣に例えば普通の大学生の文章が同じ重みで並ぶ、といったことができたらなと思っています。

 

多賀さん(左)と小澤さん

 

 

【ウェブサイト等】
ホームページ:https://www.yohakubook.com/

Instagram:https://www.instagram.com/honya_yohaku/

おすすめフォーム:https://forms.gle/sAKz1Mv2sXCGMj3T9

 

【記事修正】2022年9月22日12時1分、最後の写真のキャプションを「多賀さん(右)と小澤さん」から「多賀さん(左)と小澤さん」に修正しました。お詫びして訂正いたします。

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