COLUMN 2019年11月11日

【研究室散歩】@赤ちゃん学 開一夫教授 予想と異なる結果を絵本に

「赤ちゃんを見ているのが面白い」と笑みをこぼす開教授。研究室を訪れていた広道君と一緒に(撮影・石井達也)

 

 書店の絵本コーナーに「赤ちゃん学絵本」の文字が踊る。この絵本を監修したのは発達認知科学、別名「赤ちゃん学」を専門とする開一夫教授(総合文化研究科)。ある一時点での人の感覚を取り扱う認知科学に対し、発達認知科学は「どのように言葉を覚えるか」などの人の成長過程に着目する学問だ。

 

 開教授の元々の専門はロボットや機械学習。認知科学にも興味があったことから「ロボットを使った人の認知発達」という研究テーマに取り組んだ。研究の中で「ロボットよりも赤ちゃんを研究する方が面白い」と感じるようになり、発達認知科学の分野に進んだ。

 

 発達認知科学では、赤ちゃんの視線や脳波を測定する実験が多い。開教授は赤ちゃんの視線と「ブーバ・キキ効果」を用いた手法を考案。「ブーバ・キキ効果」は音と形に一般的な連想関係があることを指す学術用語で、例えば「ブーバ」「キキ」は、性別や母語などによらず多くの人がそれぞれ「うねうねした曲線から成る形」「ギザギザした直線から成る形」を連想するとされる。これは赤ちゃんにも当てはまるのか、という疑問が「赤ちゃん学絵本」の原点だったという。

 

 開教授は「モイモイ」という言葉を使うことに。これは、赤ちゃんが好むとされる繰り返し音、赤ちゃんでも発声しやすいマ行の音、意味が推測しにくい音、などという観点から考案した。画集を編集者と調べて選んだ4人の絵師に「モイモイ」を表す絵を描いてもらった。

 

 実験では、まず赤ちゃんに四つの絵を見せて基準点を取り、その後「モイモイだよ」と呼び掛けながら絵を見せて視線を計測する。基準との差を見れば音と絵の結び付きを調べられるという仕組みだ。この実験を経て、赤ちゃんの言葉のイメージを表した『モイモイとキーリー』が誕生した。

 

ディスカヴァー・トゥエンティワン、税込み1540円

 

 4人の絵師には、新米魔術師「うるしー」を想像して描いてもらうことも依頼(「うるしー」は研究室メンバーのあだ名に由来したとか)。四つの「うるしー」で同様に赤ちゃんの視線を調べ、最も注目された絵を用いたのが『うるしー』だ。

 

ディスカヴァー・トゥエンティワン、税込み1540円

 

 元々は『モイモイとキーリー』『うるしー』の2冊だけを出版する予定だったが、前者の実験では特に人気を集めた「モイモイ」の絵があった。この「赤ちゃんの目をくぎ付けにした絵」を採用し、3冊目の『もいもい』も出来上がった。

 

ディスカヴァー・トゥエンティワン、税込み1540円

 

 絵本に対する反響は大きい。読者の中には「泣き虫だった孫が『もいもい』を見せたら一発で泣きやんだ」と、お礼を兼ねて寄付金を送ってくれた人もいたという。実験に参加する親子の募集はウェブサイト上での告知やダイレクトメールに頼っていたが、最近では読者から直接連絡を受けることも増えてきた。

 

 実験で苦労するのは、言葉の分からない赤ちゃんが思い通りに動いてくれないこと。脳波計などの装置を使う際に赤ちゃんに泣かれてしまうなど、実験以前の部分で苦労することも多い。ただ、苦労はやりがいと表裏一体で「予想と違う結果が出る点が面白いですね」と開教授。特に『うるしー』の実験では「大人目線」と「赤ちゃん目線」で人気の絵が異なると示された。

 

 研究室メンバーは職員と学生を合わせて20人ほど。「赤ちゃんが好きな人、心の発達に興味がある人には、ぜひ学部生のうちから来てほしいです」。成果を世の中に生かしにくい研究が多い中、この「赤ちゃん学」の研究は絵本という形で成果が見えるのが魅力の一つだ。

 

 「大人・赤ちゃん・絵本の三項関係について研究を進め、成果をまた絵本の形で出せたら」と開教授は展望を語る。赤ちゃんだけでなく、周りの大人の立場をも考慮に入れた、新しい「赤ちゃん学絵本」の誕生が待ち遠しい。

(石井達也)

 

開 一夫(ひらき かずお)教授(総合文化研究科)  93年慶應義塾大学大学院博士課程修了。博士(工学)。09年より現職。著書に『赤ちゃんの不思議』(岩波書店)など。

この記事は2019年10月29日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。

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