COLUMN 2020年1月7日

実は新しい?「伝統」料理 おせち料理の変遷をたどる

 正月の定番として知られるおせち料理。重箱に色とりどりの具材が詰め込まれているさまは、見ているだけでも楽しい。だが、現在正式とされているおせち料理は古くから続いてきたものかというと、実はそうでもないようだ。おせち料理に関する論考がある民俗学者の山田慎也教授(国立歴史民俗博物館)におせち料理の形成と変遷について話を聞いた。

(取材・大西健太郎)

 

多種多様な具材が詰まった現代のおせち料理(画像は紀文食品提供)

 

宮中から庶民へ

 

 そもそも、おせち料理の「おせち」は「御節供」という言葉に由来する。御節供とは奈良時代に中国から伝来した、1年の節目ごとに行われた宮中行事とその際に供された料理のことを指す。山田教授によると、当時の御節供と現代のおせち料理とでは、その内容が大きく異なっているという。当時は重箱に詰められてはおらず、単に皿に盛られていたようだ。「我々がイメージするおせち料理の形態が形作られていったのは近代に入ってからです」

 

 山田教授いわく、おせちを含む正月料理は、本膳料理という、中世に成立した宴席料理の形式に大きな影響を受けている。中世の武家社会で儀礼化されたこの料理形態は酒礼、饗膳、酒宴の3部から構成される。

 

 現在のおせち料理にも見られる数の子や黒豆、田作り、たたきごぼうといった祝い肴と呼ばれる料理は、元々酒礼の際に酒の肴として供されていた。

 

 江戸時代に入ると、そうした本膳料理が庶民の間にも広まった。同時に、それまで1年を通して節目ごとに食べられてきた料理全般を御節供と指していたが、正月料理のみを限定しておせちと呼ぶようになった。何より、具材を重箱に詰めるスタイルが生まれたのもこの時期である。とはいえ、江戸時代の地誌『諸国風俗問状答』を見ると、近世の段階で重箱に詰められていた具材は祝い肴にとどまっていることが分かる。「具材の種類が少ないため、一つの重に数の子だけが詰められているなど、当時のおせち料理は比較的シンプルだったようです」

 

 祝い肴の他に現在のおせち料理の定番具材としては、かまぼこやだて巻き、きんとんなどが挙げられるが、これらの料理は口取りと呼ばれる。口取りも元々、本膳料理のメインとなる饗膳で出される料理であり、主に宴会が終わってから招待客らが自宅に持ち帰って食べるものだった。

 

 こういった口取りがおせちの構成要素として入ってくるのは、実は明治時代に入ってからのことである。「口取りがおせち料理の具材として重箱に入ってきたはっきりとした理由は定かではありません。おそらくは祝い肴との酒の肴としての類縁性や、割烹教育との関係性によるものだと思われます」と山田教授は話す。割烹教育とは、女子学生が将来的に家庭で和食を作れるようにするための調理教育のことである。明治に入って割烹教育が始められた背景には、西洋から流入してきた洋食に対しての和食の概念の誕生や、都市部における近代的な主婦の誕生がある。概して比較的調理の簡単な口取りは、割烹教育にも採用しやすかったのだろう。

 

非日常感を味わう

 

 山田教授は、明治時代以降のおせち料理の変遷をたどるにあたって『主婦之友』や『婦人之友』といった婦人雑誌を参照した。「おせち料理の実践にあたっては、家庭における世代間の伝承だけでなく、料理番組や雑誌などのマスメディアを参照している場合が多いのです」。実際に大正期の婦人雑誌を見ると、料理のカテゴリー別に重箱をそれぞれ対応させるようになっていることが分かる。

 

 一方で刺身の重や吸い物の重など、現在は見られない具材も紹介されており、祝い肴、煮物、焼き物、酢の物といった具材が定番化するのは昭和になってからである。このように元々本膳料理で出されていた料理が重箱に詰められるようになる一方で、本膳料理自体は衰退の一途をたどっていくことになる。

 

 こうして次第に「おせち料理=重箱に具材がたくさん詰まった料理」というイメージが共有されていくに従って、おせち料理を作る主婦の負担も増えてくる。それ故戦後になると、デパートなどではおせち料理の具材が単品または詰め合わせで売られるようになる。

 

 「おせち料理を伝統的な料理として捉える見方も、実は戦後しばらくたってから生まれたものです」と山田教授は語る。実際、婦人雑誌におせち料理の伝統性や歴史性を強調する文言が見られるようになるのは高度経済成長期に入ってからである。

 

 近年ではおせち料理を自分で作るのではなく、デパートやコンビニで購入するという家庭が増えている。デパートが料亭やレストランのおせち料理を重箱ごと販売する動きは1970年代にはすでに見られていたが、その人気はバブル期に入るとますます高まり、現在まで続いているという。山田教授はこうした既製品の人気についてこう分析する。「単に風習だから、というだけでなく、普段は食べられないぜいたくで変わったものを正月に食べることで非日常感を味わいたいという側面が強いのだと思います」

 

国立歴史民俗博物館ではデパートで実際に販売された重詰めおせちの複製が展示されている

 

 国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)では、本記事に関連して、実際にデパートで販売された重詰めおせちの複製や、おせち料理を特集した明治期以降の婦人雑誌が常設展示されている。他にも日本の歴史や文化に関する豊富な展示を見学することができる。

 

山田慎也(やまだ・しんや)教授 (国立歴史民俗博物館)

97年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得満期退学。博士(社会学)。東京外国語大学非常勤講師などを経て、98年着任、19年より現職。


この記事は2020年1月1日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。

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