COLUMN 2019年4月18日

【研究室散歩】@量子論 清水明教授 就職してから見つけた研究テーマ 量子の世界

 電子や光子の振る舞いを記述する「量子論」が清水明教授(総合文化研究科)の研究道具だ。現在の研究対象は非常に多数の原子などからなる「マクロ量子系」。量子論に基づき多数の粒子が集まった物理的対象の性質を考察する「統計力学」を用い、電子系やスピン系などさまざまなマクロ量子系を理論的に研究する。

 

 

 現在は物理学の基礎研究をする清水教授だが、学生時代には面白いと思える物理の研究分野に巡り合えなかった。「今のようにインターネットで情報を入手できなかったので、当時の物理学科で行われていた研究を物理学の全てだと勘違いしていました」。研究室の教授に勧められ博士号を取得したが、その後はカメラやコピー機などを手掛けるキヤノンに就職。「当時、成長途中の中堅企業だったキヤノンなら研究の専門家が少なく、研究を厳しく管理されずに私の興味の持てる基礎的な研究ができると考えました」

 

 入社後の数年間は上司から指示されたテーマを研究し、半導体レーザーの設計などを手掛けたが、やがて自分で設定したテーマで研究を始めた。その一つが、人工的に作成したナノ構造の中の電子と光子の量子論的な振る舞いを研究するテーマだった。特に光の量子性が強く出るような研究は、日本では主に民間企業で研究され、大学での研究は遅れていたという。清水教授は、そこにさらに電子の量子性も絡ませることに興味を持った。一方でキヤノンでは経営環境の変化により基礎研究ができなくなり、最終的に東大で研究職に就いた。

 

 その後も清水教授は新しいテーマに取り組み続けた。「電子のような非常に小さなスケールの世界の物理学と、私たちが実際に感じている世界の物理学は大きく異なります。どういう原理でそうなっているのかということを研究し始めたのをきっかけに、量子統計力学を用いてマクロ量子系を考察する現在の研究分野に興味が移ってきました。同じ分野だけ研究していると僕は飽きてしまうので(笑)」

 

 理論物理学の研究では、浮かんだアイデアについて考察と計算を繰り返す。「何かアイデアを思いつくのは、大抵は電車の中や歩いているときです。関係する計算を日頃から繰り返していると、暗算ができるようになるので、どこでも計算ができるようになるのです」

 

 他の研究者や研究室の学生との議論も研究には欠かせない。学生と共に同じ計算をしたり学生の計算結果をチェックしたりすることで研究の能率は上がるという。「理論物理の研究では、学生は共同研究者です」

 

 研究室の学生の教育については「それぞれの学生の良い所を伸ばせばよい」と語る。「人は誰でもデコボコがあって、興味を持てる分野なら深く考えられるけれども、興味のない分野についてはろくに考えないものです」。清水教授が着任したころには学生の「ボコ」の部分も直そうと考えて指導していたが、今では「デコの部分を伸ばすと、自然とボコの部分も治ると考えます」。「個々の学生が自分の得意な分野を突きつめることで研究に楽しさを感じてもらわないと、学生は研究を続けられないと思います」

 

 清水教授は学部生向けの熱力学・量子論の教科書も執筆してきた。実は、教科書を書こうと思ったきっかけは、peer review (専門家どうしで論文の内容を審査すること)における体験だった。「プロの書いた論文や批評でも、その人が理論の根本的な部分をよく理解できていないと感じることが少なくありませんでした」

 

 清水教授は、物理の教科書に問題があったと分析する。「従来の物理の教科書では『習うより慣れろ』とばかりに、とりあえず計算してごらん、というスタイルの本が少なくありません。しかしそれだけでは、論理の根本的な部分で理解に穴が生じてしまいます」。この問題意識から生まれたのが『熱力学の基礎』(東京大学出版会)と『量子論の基礎』(サイエンス社)だった。「物理を勉強する上では計算することも大事ですが、学び始めの時には、計算はできるだけ易しいものにとどめ、まず根本的な論理構造を理解することが必要だと考え、新しい教科書を書くことにしたのです」

 

 「また、その論理構造を、1年生でも理解できるように説明しようとすると、よほどよく考えないといけません。それが結果的には、自分自身の理解を深めることにも繋がります。プロでも、教科書を書いてみて初めて理解できた、ということが少なくないのです(笑)」

 

 そうして書き上がった教科書は、1年生だけでなく、大学院生やプロの研究者も買うような教科書になった。

 

 今年、清水教授は駒場Ⅰキャンパスに「先進科学研究機構」を立ち上げた。同機構は研究分野をあらかじめ決めずに、自然科学の新進気鋭の研究者を探して採用する。この採用方法をとる理由は「研究分野を絞って公募しても、そんな狭い分野の有望な若手は限られているし、そもそもシニア研究者が絞った分野が本当に将来性があるのか疑わしいからだ」という。「意欲と能力がある人を採用して自由にやってもらえば成果が出る、という個人的な信念を形にしたのが先進科学研究機構です」

 

 この機構の若手研究者は、前期教養課程の学生を対象とする少人数講義「アドバンスト理科」を今年4月から担当する。「駒場の講義に退屈している意欲的な学生と若手トップ研究者が互いに大きな刺激を与え合うことを期待しています」(上田朔)

清水明教授(総合文化研究科)

 84年理学系研究科博士課程修了。理学博士。キヤノン中央研究所研究員、「榊量子波プロジェクト」グループリーダーなどを経て05年より現職。


この記事は、2019年4月9日号に掲載した記事の拡大版です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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