COLUMN 2019年12月5日

【サーギル博士と歩く東大キャンパス⑤】駒場Ⅰキャンパス 駒場池【前編】

 我々が日々当たり前のように身を置いている「場」も、そこにあるモノの特性やそれが持つ歴史性などに注目すると、さまざまな意味を持って我々の前に立ち現れてくる。この連載企画では、哲学や歴史学、人類学など幅広い人文学的知見を用いて「場」を解釈する文化地理学者ジェームズ・サーギル特任准教授(教養学部)と共に、毎月東大内のさまざまな「場」について考えていこうと思う。第5回は、駒場Ⅰキャンパスの駒場池だ。

(取材・円光門)

 

ジェームズ・サーギル特任准教授(教養学部)14年ロンドン大学大学院博士課程修了。Ph.D.(文化地理学)。ロンドン芸術大学助教授などを経て、17年より現職。

 

迷信がもたらす意味

 

 「存在することは知っているが、実際行ったことはない」。駒場池(通称「一二郎池」)について聞かれ、そう答える東大生は多いだろう。取材のため、駒場Ⅰキャンパスの隅に位置する池の周りにサーギル特任准教授と1時間以上いたが、その間に訪れてくる人は1人もいなかった。

 

遊歩道沿いの木が全景を見渡すことを阻む

 

 そもそも駒場池は「受験生が訪れたら浪人し、在学中に訪れたら留年する」という言い伝えがあるように、あまり良い印象を持たれていない。サーギル特任准教授がこれまで前期課程の学生に向けて開講してきた文化地理学の授業でキャンパス内の場を素材に怪談を書かせる課題を出すと、多くの受講生は駒場池を舞台に選んだそうだ。池から伸びる手が近くにいる学生を引きずり込み、溺死させる、といったように。

 

立ち入り禁止区域のチェーン

 

 なぜ駒場池は気味悪く人を寄せ付けない場になっているのか。立ち入り可能な区域よりも立ち入り禁止区域の方が広く設定され、池の周辺にはそれらを示すチェーンが随所に配置されていることは明らかだ。だがなぜ我々の進入が拒否されているかについては理由が全く明らかにされていないことが、この場の薄気味悪さに一役買っている。それを裏付けるように、池周辺の遊歩道に沿って生える木が駒場池の全景を見渡すことを阻んでいる。この場所を完全に理解することを、我々は許されていないのだ。

 

 「一般的な説明では、このような池の地理的状況を訪問者が知覚することで不気味さを感じ、それが浪人や留年にまつわる奇妙な言い伝えを形成していったのだと結論付けるでしょう」とサーギル特任准教授。「しかし私は、逆もまたあり得るのだと思います」。それはすなわち、ある場に関する言い伝えや先入見を基に、訪問者の知覚経験が形作られる可能性である。

 

 幽霊の迷信が人々に与える影響力を考えてみよう。「幽霊の存在は信じていないと言う人たちも、墓地で一晩過ごすことを想像すると怖がります。幽霊を見たり感じたりすることはないと思っているのに、彼らは一体何を怖がっているのでしょう?」とサーギル特任准教授は問い掛ける。この問いを解決するためには、人は対象そのものよりも、幽霊という対象と迷信の「結び付き」に重きを置くと仮定する必要がある。

 

 では、なぜ「結び付き」はそれほど強固なものなのだろうか。哲学者カントは主著『純粋理性批判』の中で、意味を得るということは、概念を対象へと関係付けることであると主張した。概念とは頭の中で思考されたものであり、対象とは自己の外部に存在するものである。何も経験せず自分だけで考えていることは「空虚」、ただ外の世界の情報を取り入れるだけでそれらが何であるか考えないことは「盲目」であると見なしたカントは、概念と対象の両者を結合させることで初めて意味が生じると考えた。

 

 よって、人が対象そのものよりも、対象と迷信の「結び付き」を重視するのは、人がそこに意味を見出したいからなのではないか。駒場池の奇妙な言い伝えから発する薄気味悪さといった「概念」が、池の地理的状況という「対象」と結び付いた時、知覚経験が意味を持って立ち現れる。

 

 それはまた、駒場池が一つの場(place)として誕生した瞬間である。文化地理学者ティム・クレスウェルは次のように語った。「人が空間(space)の一部に意味を与え、何らかの方法で接触した時、それは場(place)となる」

 

後編は1カ月後に公開予定です。

 


 

【英訳版】

Take a Walk through Todai’s Campuses with Dr. Thurgill #5 Komaba Pond, Komaba Campus 【Part 1】

 

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