学術

2019年9月5日

「海洋ごみ対策プロジェクト」始動 プラスチックごみの行方を追って

 海洋プラスチック問題が注目を集めている。2019年6月のG20大阪サミットでは、2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにするという目標が共有された。東大も日本財団と共同で「海洋ごみ対策プロジェクト」を始動。危機感が高まる中、本企画では廃棄物処理の専門家と、プロジェクトのまとめ役の東大教員に話を聞き、プラスチック問題の現状に迫った。

(取材・黒川祥江)

 

資源消費社会を再考

 

 まずはプラスチック廃棄物処理の現状と課題について、都市での資源利用やリサイクルが専門の森口祐一教授と中谷隼講師(共に工学系研究科)に聞いた。現代生活ではプラスチックを大量に消費しており、日本が関わるのは輸出入を含め年間1500万トンに及ぶ。

 

 森口教授は「プラスチックは優れた素材でよく使われますが、廃棄物としては焼却、埋め立て、リサイクルが混在する分かりにくい処理がなされてきました」と話す。1990年代には燃やすと有害物質が発生するといわれたが、焼却炉の排ガス処理設備の改良で現在はほぼ解決。埋立地不足が叫ばれる中、焼却による処理を行う自治体も多い。プラスチック焼却による二酸化炭素の発生量は日本全体の排出量の2%に過ぎないが、少しでも削減すべきで、プラスチックのリサイクルが推進されている。

 

 リサイクルにはさまざまな種類があるが、日本ではマテリアルリサイクル・ケミカルリサイクル・サーマルリカバリーに大別される。中谷講師によると、多くの人がイメージするのはプラスチックを砕いたり溶かしたりしてプラスチック素材に戻すマテリアルリサイクルだというが、その廃プラスチック処理に占める割合は約2割。他二つはいわゆるリサイクルのイメージとは少し違う。約6割が処理されるサーマルリカバリーでは、焼却して熱回収し、発電などに用いる。ケミカルリサイクルの中で日本で最も広く行われるのは、高炉で鉄を作るときにコークスの代わりに廃プラスチックを還元剤として使う処理だ。「高炉での利用は環境負荷が低くマテリアルリサイクルと比べるとコストも低いため、経団連はこれを推進しています。しかし『ごみとして燃やすのと同じではないか』と市民感覚に合わないのも事実です」と森口教授は話す。

 

 なぜマテリアルリサイクルが中心にならないのか。日本では消費者のニーズに応じ、多様な材質で凝った包装を行うことが要因の一つだという。中谷講師は「フィルムの表裏で別のプラスチックを使うこともあります。同じ素材が多く集まらないと、リサイクルして良い製品を生み出すことは難しいです」と話す。その点ペットボトルはリサイクルがうまくいっていると森口教授。「メーカーが協力して素材を統一、無色透明なボトルを使うように。これによって集めればリサイクル業者がお金を出して買うまでになりました」

 

生活系プラスチックの循環イメージ。生活系プラスチックのリサイクルを進めるためには、よりリサイクルしやすくなる回収方法を模索していく必要がある(図は中谷講師提供)

 

 他のプラスチック製品のリサイクルを進めるには「市民だけでなく、製造者・小売店・回収する自治体・リサイクル業者といった関係主体の協力」が必要だという。同一の種類で集めやすいものはマテリアルリサイクルし、それ以外はケミカルリサイクルに回すのが効率的だ。森口教授は「それぞれが個別にできることをやるだけでなく、他の主体とともにリサイクルを合理化していくという意識を持ち、システムを変えようと声を上げるべきです」と主張する。昨今は無料レジ袋配布を廃止する風潮があるが、廃プラスチックの削減には「多少役立つ程度」だという。それでも他のプラスチック製品についても見直すきっかけにしてほしいと二人は話す。

 

 「リサイクルよりも大切なのはリデュース」だと強調する二人。家庭生活で排出される廃プラスチックのうち、多くを占めるのは食に関するもの。忙しい都市生活の味方となる中食(なかしょく)には大量の容器包装プラスチックが使われている。家族の形態の変化、女性の社会進出などの影響がある中で「現代生活の便利さを保ちつつ、使い捨てプラスチックの利用を減らそうという意識が必要です。新しいビジネスチャンスが生まれる期待ができます」

 

森口 祐一(もりぐち ゆういち)教授(工学系研究科) 82年京都大学卒。博士(工学)。国立環境研究所社会環境システム部資源管理研究室長などを経て、11年より現職。

 

中谷 隼(なかたに じゅん)講師(工学系研究科) 06年工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。工学系研究科助教などを経て、16年より現職。

 

海洋ごみの謎に迫る

 

2012年11月、対馬の海岸。手前に見えるヤシの実とともに多くのプラスチックごみが漂着している
2010年10月、福岡市の海ノ中道の砂浜。線上に並んだ漂着ごみの多くがプラスチック製品だ(写真はいずれも道田教授提供)

 

 プラスチック廃棄物の問題でも大きな話題になったのが海洋プラスチック問題。東大は日本財団と共同で「海洋ごみ対策プロジェクト」を始動させた。その取りまとめ役は道田豊教授(大気海洋研究所)。道田教授の専門は海洋物理学で、海流や海洋漂流物の研究を通じ海洋プラスチックに興味を持ったという。環境省や各国共同調査の座長を務めるなど、さまざまな人脈を持ち問題の全体を俯瞰(ふかん)していることから担当になった。

 

 海洋プラスチックは景観を損ない、生態系や食の安全への影響が懸念されるが、不明点も多い。海洋プラスチックを媒介に化学物質が生体に取り込まれる可能性が指摘されているが、危険性の程度は未解明だ。そもそも海洋プラスチックがどこにどれくらい存在するか、どこから流出しているかも科学的に確かなデータは出されていない。

 

 そこで今回のプロジェクトでは三本柱で不明点を明らかにすることを狙う。

 

 一つ目はマイクロプラスチックの分布を調査することだ。海洋中のプラスチックは紫外線や波により小さくなる。「海水を汲んで調べれば小さいものが多いはずですが、そうではない。小さくて測定できないのか、沈んでいるのか不明ですが、行き先を解明する必要があります」。プロジェクトが終わる3年後に、深さ方向に大きさ別のマイクロプラスチックがどれだけ分布するか基本的なデータを提示することを目指す。

 

 二つ目は化学物質が生体にどのように取り込まれるのか、免疫細胞は反応するのか調査することだ。「悪影響がある場合の対応は医学の世界で今回のプロジェクトに含まれませんが、情報を提供したいです」

 

 三つ目はプラスチックが製造・使用・回収される中でどのタイミングでどれだけ環境中へ漏れているか調査することだ。プラスチック業界の動向や人の行動なども関わるため文系の研究者が取り組むという。「ポイ捨ての影響が判明すれば、人々の意識改革に役立ちます」

 

 海洋中にはプラスチック以外にも火山灰、カーボン粒子など小さい粒子は存在する。それらよりプラスチックは悪影響を及ぼすのか。「プラスチックに含まれたり付着したりする化学物質の悪影響があるなら、他の粒子と別のリスク評価が必要です。これは長く残る疑問で解明したいのですが、プロジェクト終了後に進めることになりますね」

 

 海洋プラスチック問題は世間の関心を集めているため「想像以上に前進できるかもしれない」と道田教授は期待を寄せる。企業が動き始め、先日日本財団が行ったシンポジウムは満席になったという。「政府・業界・学術界が連携し、実態の解明と並行して量を減らす努力を行いたいです」

 

 プラスチックへの問題意識が高まり、レジ袋の配布廃止から海洋プラスチックの調査までさまざまな取り組みが始まった。プラスチックを大量消費する我々の生活を見つめ直すきっかけとしてはどうだろうか。

 

道田 豊(みちだ ゆたか)教授(大気海洋研究所) 84年理学系研究科博士課程中退。博士(理学)。海上保安庁、科学技術庁などを経て07年より現職。

この記事は2019年8月27日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナル記事を公開しています。

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