学術

2023年4月12日

【New Generation】瀬川泰知准教授(後編) パズルのようにかっこいい分子をつくろう!

 

 博士課程修了後、伊丹健一郎研究室(名古屋大学)で助教(当時)になった瀬川准教授。ここで取り組んだのは炭素原子でできた環状のベルト「カーボンナノベルト」(図1)を合成するという研究だった。2017年にカーボンナノベルトの合成を報告した後、瀬川准教授らは二つのリングの「絡み目(カテナン)」を持つ分子や、ねじれを持つベルトである「メビウスの帯」の構造を持つ分子などの合成に成功する。(取材・上田朔)

 

カーボンナノベルト、[9]シクロパラフェニレンカテナン、メビウスカーボンナノベルト(瀬川准教授提供)
(図1)(左から順に)カーボンナノベルト、[9]シクロパラフェニレンカテナン、メビウスカーボンナノベルト(瀬川准教授提供)

 

構造有機化学に路線変更「やってみると自分に向いていた」

 

━━伊丹研でカーボンナノベルトの研究をすることになった経緯は

 

 博士課程の時、とりあえず次はポスドクになろうと思い、野崎研と同じく遷移金属触媒を研究していた伊丹研と連絡をとってみたところ、結果的に助教として採用して頂きました。触媒化学を研究するつもりで着任したんですけれども、伊丹先生はそれとは別に「カーボンナノベルトを合成する」という夢を持っていました。この研究のために、自分が持っていた構造解析や量子化学計算の技術が必要とされていたのです。

 

伊丹研に助教として着任した瀬川准教授(瀬川准教授提供)
伊丹研に助教として着任した瀬川准教授(瀬川准教授提供)

 

 カーボンナノベルトの合成は、分野名で言えば「構造有機化学」になります。触媒化学とはだいぶ毛色の違う分野に専門を変えることになったので、自分でも「急だなあ」とは思いました。もちろん構造有機化学のための有機合成や分析手法は学生さんたちと一緒に勉強する必要がありました。でも、僕はパズルや知恵の輪が好きだったので、それまで伊丹研が行ってきた研究を見て「もっとこうすればうまく作れそうなのに!」というアイデアをいっぱい持っていました。

 

 実際に構造有機化学を始めてみると、立体パズル的な要素のある有機合成に適性があることがわかってきました。世界中から研究者が参入する競争の激しい分野ではあるのですが「どういう分子を作れば自分や学生のテンションが上がるか」を常に求め続けました。カーボンナノベルトのように形がひずんだ分子を合成するのは難しいと考えられてきたのですが、スーパーコンピューターを用いた量子化学計算によってひずみのエネルギーを評価し、ひずみのある分子を合成するための戦略を確立しました。こうしてカテナンやメビウスの帯など、画期的なナノカーボン分子をたくさん世に送り出すことができたのです。

 

カーボンナノベルトのX線結晶構造解析に成功した瞬間(瀬川准教授提供)
カーボンナノベルトのX線結晶構造解析に成功した瞬間(瀬川准教授提供)

 

━━ナノカーボン分子が将来何かに応用される可能性はありますか

 

 カーボンナノベルトは比較的作りやすい分子なので何かに応用されてもいいかもしれないですが、カテナンとメビウスの帯を誰かが応用してくれる可能性は一切ないですね(笑)。最先端の有機合成化学が行き着く先を世界に見せたことが一番の意義だと思います。

 

 ただし、これらの分子を合成するために開発されたひずみのある分子の有機合成のテクニックは今後応用されていくはずです。今後誰かが「ひずみが大きいけどどうしてもこの分子を作りたい!」と思ったときに我々の合成の戦略を参照してくれるのではないかと思います。

 

━━今はどんな研究をしていますか

 

 カーボンナノベルト関連は一段落したと思っていますが、ひずみのある分子を合成する技術を使ってかっこいい物質とか有用そうな物質を作る研究は続けています。特に興味を持っているのは、今までにない幾何学的構造を持つ3次元ネットワークを作ることです。

 

 例えば、炭素が4本の結合の手を使って正四面体形のネットワークを作るとダイヤモンドができます。ダイヤモンド構造には電気は流れません。一方、炭素が3本の手を使って正三角形の2次元ネットワークを作るとグラフェンという物質になるのですが、グラフェンには平面に沿って電気を流すことができます。一方で僕は正三角形を使って、電気が流れる3次元ネットワークを持つ物質をデザインしたいと思っています。

 

 ひずみのない正三角形を3次元空間に敷き詰めるのはほぼ無理なんですが、ひずみを加えることで3次元ネットワークを作れるようになるのです。例えば理論的には「マッカイ結晶」(図2)というめちゃくちゃきれいな結晶が提唱されています。このような物質を作るのが僕の目標です。さすがにマッカイ結晶は難しすぎるので自分の生きているうちには見ることはないと思いますが…。

 

マッカイ結晶の3Dプリント写真(瀬川准教授提供)
(図2)マッカイ結晶の3Dプリント写真(瀬川准教授提供)

 

うまくいかないのは悪いことじゃない

 

━━研究をしている学部生・大学院生にアドバイスを

 

 僕はカーボンナノベルトの研究を始めるまで、自分がこんなにこのテーマに向いているとは知りませんでした。自分が研究に向いているかどうか、どういう種類の研究に向いているかはやってみないと分からないので、まずは目の前にある研究テーマに全力を傾けてみてください。

 

 研究がうまくいくとは、大成果が出ることというよりも自分のアイデアを実現できたということだと思います。企業で研究する場合だと研究の規模も波及効果も大きい一方で、誰のアイデアで成果が実現したのかがあいまいになりがちです。その点、大学院では1人1個テーマを持ち裁量も与えられるので、世の中を大きく変えるような成果じゃないかもしれないけど「自分だからこそできた」と言いやすい。そこを楽しんでほしいです。

 

 そうは言っても研究にはうまくいかない時間がめちゃくちゃ多いものです。研究がうまくいった喜びを知っている人であれば、研究がうまくいかない半年とか1年を楽しく過ごせますし、それが次の成果につながっていきます。研究を始めた方には、学生のうちに何か一つ成功体験を得てほしいです。

 

 僕が学生に「こうすればうまくいくんじゃない?」と言ったとして、その通りにうまくいったら相当まずいことです。僕が思いつくことは世界に5人から10人は思いついていると思うので、多分誰かがもうやってるはずです。むしろ、難しくてなかなかうまくいかない方が、世界中誰がやっても難しいということですから、うまくいけば自分オリジナルの成果になる可能性が高まります。「うまくいかないことは悪いことじゃない」ということを伝えたいです。

 

瀬川泰知(せがわ・やすとも)准教授(分子科学研究所) 2009年東大大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。名古屋大学物質科学国際研究センター助教、JST-ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクト化学合成グループリーダーなどを経て現職

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