文化

2023年4月24日

【100行で名著】「ふり」はいつしか本当に? でこぼこステップファミリー 宮部みゆき『ステップファザー・ステップ』

 

 ミステリの名手・宮部みゆきが描く「ステップファミリー」小説の金字塔である本作。

 

 泥棒の「俺」はある日、目星を付けた家に侵入しようと登った隣家の屋根で、雷に打たれ墜落する。意識不明の泥棒を拾い看病したのは当の隣家の住人双子の中学生だった。双子から「お父さんになってほしい」と頼まれ、弱みを握られた泥棒は父親役をする羽目に。双子と泥棒がでっちあげる「家族」と、泥棒の雇い主や双子の担任教師をはじめとするコミカルな登場人物たちが読者を楽しく物語へいざなう。

 

 いやいやながら双子と稼ぎを分け、授業参観に出席させられ、深夜に病院へ呼びつけられる泥棒は、いつしか引き返せないほどの情を双子に抱くように。泥棒の保護者としての成長譚(たん)である一方で「双子」にも物語がある。

 

 双子の名前は哲(さとし)と直(ただし)。顔を見分けるポイントは、左右に浮かぶエクボだけ。

 

「二人で一人っていうか──」

「一人分の空間に二人でいるっていうか──」

「だから、交替にしゃべらないと」

「不公平なような気がするんだ」

 

 細かな割り台詞は読者を惑わせ、2人はまるで1人のように映る。「双子」は父性を引き出す一キャラクターにすぎないと誤解しそうになるが、実のところ2人にもそれぞれ個性がある。おっとりした料理好きは直。行動的な写真好きは哲。だんだんと彼らを知り、愛着を覚えるのは読者だけではない。

 

 「泥棒」と「双子」だった彼らが、お父さんこと「俺」と「直」と「哲」になっていく。家族の可能性を感じる一方、3人はあくまで偽装親子だ。直と哲の両親はそれぞれの事情から2人を放って生活しているが、時折2人を気遣う電話や小包を送る。「俺」にとって、それはあたかもぶり返す腹痛のようだ。

 

 「俺」はある日、哲と直に「俺は余計者だ。外様だ」と本音を叩きつける。「レギュラー選手の怪我(けが)が治って先発メンバーに復帰してきたら、控えの選手はまた二軍に戻るんだよ」。2人の両親が帰る日を思い、寂しさを隠せなくなってしまう。

 

 血縁や戸籍によらず人は家族になれる。これは本作が証明し続けたテーマであり、現実社会で主張され続ける願いだ。にもかかわらず最終章、「俺」は帰ってきた本当の父親に会ったと見るや一目散に逃げてしまう。

 

 情けない「俺」の態度は荒唐無稽な本作の設定のせいなのか、90年代という執筆年代のせいなのか。もし「俺」と哲・直が現代を舞台に、合法的に家族の絆を築いたなら違ったのか。そうとも言いきれないと記者は考える。

 

 本作で「俺」は「警察に捕まらないために」、また双子は「今の穏やかな生活が壊されないように」、親子のふりにいそしみ、本物の親子に見えないことを恐れる。フィクションならではのコミカルな理由付けに見えるが、実は私たちの生活もこの延長上にあるのではないか。偽装親子という事情がなくても、また家族やその他名前の付く人間関係に限らず、私たちは誰か大切な人との関係が社会から正当でないと言われることを恐れている。だからこそ「俺」は「偽装親子がバレて警察に捕まるから」ではなく「双子と関係を築く者として正当な、本当の父親には勝てないから」逃げ出したのだ。

 

 こうも渇望する人間関係の正当性とは何で、誰が決めるのか。軽いタッチで読了できる作品ながら、考え始めれば止まらない本作品。青い鳥文庫版では3章「ワンナイト・スタンド」を除く6章構成、他の版では7章構成の短編集で、各章は短いので寝る前の読書に最適だ。ぜひとも手に取り、逃げ出した「俺」と哲と直のその後を見届けてほしい。【広】

 

 

宮部みゆき『ステップファザー・ステップ新装版』講談社、 税込み880 円
宮部みゆき『ステップファザー・ステップ新装版』講談社、 税込み880 円
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