学術ニュース

2025年7月2日

原発処理水によるトリチウム濃度増加は検出できず 全海洋シミュレーションで

 

 コクヮン・アレクサンドル特任助教、芳村圭教授(いずれも東大生産技術研究所)らの研究チームは、東京電力福島第一原子力発電所の処理水について、全球海洋モデルを用いたシミュレーションを実施。放出場所から25km程度以上離れた海域では、放出開始前と比べて、トリチウム濃度の有意な増加は検出されないと明らかにした。成果は7月2日にオランダの科学誌『Marine Pollution Bulletin』へ掲載された。

 

 福島第一原子力発電所から放出されたALPS処理水の影響について、東京電力の放出計画に基づき2099年までのシミュレーションを実施。放出場所から25km以上離れた海域ではトリチウム濃度の変化が0.00001ベクレル/Lほどで、放出開始前の濃度の0.1%程度かそれを下回る増加に過ぎないと明らかにした。これは技術的な検出限界を下回る水準で、21世紀における処理水の影響は測定不可能なほど小さくなると示された。なお、WHOの飲料水の安全基準は、10000ベクレル/L。

 

 福島第一原子力発電所では、2011年の東日本大震災にともなう事故後、燃料デブリなどの冷却のため水が注入され続けている。放射性物質に触れた汚染水を、東京電力は多核種除去設備(ALPS)での処理を経て「ALPS処理水」として海洋へ放出しているが、トリチウムは除去できず薄めて放出されている。

 

 これまでもトリチウムの海洋への影響に関して、多数のシミュレーションが行われてきたが、東京電力が放出計画の詳細を明かす前に行われてきたものであり、また地球温暖化による海洋循環への影響を考慮した長期予測は行われてこなかった。

 

 今回の研究では、2023年から2099年までのトリチウムの拡散について、地球温暖化による海洋循環への影響を考慮しつつ分析。東京電力が公表しているALPS処理水の放出計画をもとに、全球海洋モデル「COCO4.9」を使ってシミュレーションが行われた。トリチウムの濃度の最大増加量は

・中部太平洋で0.00003ベクレル/L

・米国西海岸付近で0.00001ベクレル/L

・東アジア沿岸付近で0.000004ベクレル/L

となり、放出以前のトリチウム濃度が0.03〜0.2ベクレル/Lであったのに対し、その1000分の1から50000分の1程度の変化に収まった。

 

 処理水の放出とトリチウムの拡散に関する客観的な知見が得られることで、海洋生物などへの影響に関する適切な理解の普及が期待される。

 

 なお、ALPS処理水放出に伴って行われているトリチウム濃度の検査では、福島第一原発から25km以上離れた海域ではトリチウムの有意な濃度上昇は認められておらず、これはシミュレーション結果と矛盾していない。

 

論文情報

Cauquoin, A et al. ,Ocean general circulation model simulations of anthropogenic tritium releases from the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant site. Marine Pollution Bulletin(2025)

DOI:10.1016/j.marpolbul.2025.118294

koushi-thumb-300xauto-242

タグから記事を検索


東京大学新聞社からのお知らせ


recruit


           
                             
TOPに戻る