INTERVIEW / OBOG 2016年5月16日

DeNA執行役員に聞く 人文学はビジネスにとって不要なのか 小林賢治さん前編

 人文学不要論が話題だ。美術史学専修としては聞き捨てならないわけだが、しかし一方で就活をしていると、確かに美術史の知識なんて企業では全く求められていないのも感じる。

 もちろん学問として人文学が蔑ろにされることを許すわけにはいかないが、結局一般企業に就職するのに、それを学んだ意味はどこにあるの?と訊かれると、答えに窮してしまう。

 

面接官「それで、あなたのその研究は弊社ではどのように活かせるとお考えですか?」

私「はい、私の専門である江戸の風景画の知識は、御社で開発を進める都市が市民にどのように親しまれてきたかを知ることに役立ちます。古くから流れるその地域の精神性を知ることで……」

 

 そんなわけはない。私が美術史学を選択したのは完全に趣味であり、さらにいうなら成績が非常に悪かったので、2年の夏の進学振分けで希望者が少ない定員割れの学科しか選択できなかったからだ(注1)。

 

(注1)東大では入学後の成績を用いて3年生からの専攻を選択する。

 

 小林さんは東大文学部の美学藝術学出身であり、さらに大学院まで出ている。通常なら学芸員になるか教員になるかといったところだ。しかし現在はDeNAで執行役員を務めており、ビジネスの最前線でバリバリ働いている。なぜそのような選択をしたのか。そしてビジネスの世界からは、かつて自分が学んでいた人文学はどのように映るのか。話を聞いた。

 

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アカデミズムからビジネスの世界へ移ることがもっとあっていい

 

――小林さんの学生時代のお話をお聞かせください。

 

 まあロクでもない大学生だったと思うんですけどね(笑) ぼくは2学期終了時点でに確か52点だったんですよ。必修以外ほぼ受けてなくて、3学期に一夜漬けで一気に単位を揃えましたね。それでも3年生以降は比較的真面目にやってました。大学院にも進みましたし。

 

大学院には留年などして都合4年いたんですが……とはいえ、ちゃんと論文も書いたし、学会でも発表してたし、その時点ではアカデミズムに残ることを考えていましたね。ぼくは学部時代から、美学藝術学専攻で人文系だったんですけど、この学科から大学院に進む人はそんなにいなかったこともあって、大学院に進んだ時点では自分はアカデミズムの人だな、と。

 

――なぜアカデミズムからビジネスの世界へ?

 

 優れた研究者の中には、多分ビジネスやっても成功するだろうなって人がたくさんいるんですよね。ヘンな人もいっぱいいますけど(笑) 物事の見方が優れているんですよ。それでぼくは、そういった優れた人がバンバン世に出るオプションがあってもいいんじゃないかと思ったんです。

 

 博士課程までいっちゃったらもうアカデミズムに残るしかないって考えるのは違うんじゃないかと。アカデミズムにずっといたけど、その後起業しましたみたいなオプションがバンバン出てもいいなと。頭が良いからといって全員が博士号とって研究者にならなくてもいいと。それで、じゃあ自分が実例になったら、もしかしたら違う考え方をする人が出てくるんじゃないかなと思い、この道を選んだというわけです。

 

「人文学不要論」とはそもそも何だったのか?

 

――なるほど、しかし最近では「人文系の学問は役に立たない」と言われ、人文学部廃止の議論まで飛び出しています。ベンチャー企業の第一線で働く小林さんが、当時の研究がいまの仕事に活かされていると感じることはありますか

 

 まずその点に直接お答えする前に、多分その議論のもとにあるのは冨山和彦さんだと思うのですが、彼がG大学・L大学(注2)という話をしたんですね。冨山さんの言っていることは一見過激なようでいて、実は慎重に考えられていて、「全て」の大学でいまのように人文系の学問を教える必要はないということなんです。これに対しては多くの人文系の方々が激しく反応しているところなんですけども……。

 

(注2)大学をG(グローバル)型とL(ローカル)型に二分し、一部のトップ校に限定されたG型大学では高度なプロフェッショナル人材を輩出、その他のL型大学は職業訓練校としての役割を強化し、生産性向上に資するスキル保持者を輩出するべきとする提言。

 

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 例えば、ぼくの先輩で、地方の私大で哲学を教えている方がいらっしゃるんですが、そこでは試験で穴埋め問題とかやるらしいんですね。「アリストテレス」とか「プラトン」とか。そんなのもう学問じゃないですよ、センター試験のレベルですらない。そういうのだったらもう止めて、実学に振った方がいいという考えです。なぜならいま日本で一番足りないのは労働人口、特にサービス産業に関わる人口がいない。それなら、そういう大学ではもっと実務的な、簿記とかを学ばせた方が生産性があがりますよ、と。

 

 しかし一方で、冨山さんは人文系を全部無くせとは言っていなくて、G大学においてグローバルに比肩しうる研究レベルを維持できるのであれば、積極的に人文系の学問を教えるべきといったことを主張しているですね。ぼくも、人文系がそういった競争力を持ちうる分野があるのであれば、積極的にやるべきだと思います。

 

 一方で、人文系の学問って、「コレを学んだから明日からこういうことができるようになります」とかいう要素が無いんですよね。ただ、それを踏まえたうえでも、人文系の学問の持つ意義は、みんなが思っている以上に大きいと私は思うんです。

 

人文学はなぜ必要なのか。ビジネスの最前線に立つ者として

 

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 例えば起業家でもそうなんですが、成功している人ほどしっかりとした思想を持っているんです。しかも、単一のことに対してだけでなく、様々な分野に対して思想を持っているんですよね。思想と言っているのは、「支持する政党がはっきりしている」といったような意味ではなく、自身の考えを持っている、くらいの意味ですが。

 

 そういった思想を持つうえで、ある種の教養って絶対に必要だと思うんです。教養の大きな意義の一つは、多様な思想に触れることで、様々な意思決定の選択肢が存在しうることを知ることだと私は思います。たとえば、意思決定をするとき、「考え方の様々なオプションの中から自分はあえてコレを選ぶ」という選択の仕方と、「コレしか知らなくてコレを選ぶ」というのは全く違いますよね。後者のようなタイプの人が、高い技術を持っていたりした場合、大きなリスクにつながる可能性もあります。

 

 例えば、人工知能(AI)とかロボティクスに関わっている人は、技術の面以外でも高度な思想を持っていることが多いように感じます。その技術でとんでもないことができてしまうかもしれないから、高度な倫理的感覚も合わせて持っている。そういう人に正しい意味での教養が無かったら、とても怖くないですか?

 

 SNSをやってる会社だってそうなんです。あれだけの個人情報持っているところにモラルが無かったらどうなります?怖いですよね。そういう意味では、技術の発展やイノベーションの裏には思想とか道徳とかって絶対に必要で、人文系が活躍する場面は、そういった思想を独善的なものにするのではなく、教養をもって相対化するところにあるんだと思いますね。

 

 直接的な人文科学ではありませんが、広く文系の学問でいうと、昔ハーバード大学のサンデル教授の授業が流行ったことありますよね。サンデル教授の授業って、物事の見方を相対化する授業なのだと私は理解しています。例えば、大学でアファーマティブ・アクションというのがあって、ヒスパニック、中東系、黒人といった層に対して、大学の入学時に一定の優遇是正をするといった仕組みがある。これは道徳的にアリですかナシですかという議論が行われていたわけですが、当然、どちらの立場の人もいるんですね。そしてどっちの人の言い分も筋が通っている。

 

 それぞれの考えを持った人が異なる立場の人に対して「あいつらバカだな」と思って終わるのか、「確かにその前提に立ったらその言い分は理解し得る」という風になるのかで、世界の平和度合いとか生産性が大きく変わってくる。「お前の言ってることは確かにアリかもしれない」って思えるかどうかというのは、それぞれが依って立つ前提を想像できるかどうか、というところにあると思うんです。端的にいうと、他者に対するリスペクトだと思うんですよね。それを実際に持つためには、かなりのレベルの教養と想像力が要る。それは何も人文系に限ったものではないですが、基本的な価値観を支えるものとして、人文的素養が大いに役立つというのが私の見解です。

 

後編はこちら→ 選んだ選択肢の中で最大に楽しめ DeNA執行役員小林賢治さん後編

 

(取材・文 千代田修平)

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