報道特集

2018年9月18日

【蹴られる東大⑩】蹴られて当然?東大生もうなずく「とりあえず東大」の終わり

 2017年12月より半年以上にわたって取材を続けてきた連載企画「蹴られる東大」。企画の締めくくりとして、2018年7月31日に学生のためのコラーニングスペース「KOMAD」にて公開取材イベントを2部構成で開催した。今回は、第1部の鈴木寛教授インタビューを取り上げた前回に続き、連載「蹴られる東大」を読んだ学生3人と鈴木教授を交えた第2部の座談会の模様をお伝えする。連載を通して海外大生や有識者から指摘された東大の問題を論点として設定し、鈴木教授と現役学生らの議論を通じて東大のあるべき姿を考えた。

 

(連載「蹴られる東大」は、東大を蹴って海外大に進学する学生に迫り、これからの時代に東大が取るべき道を探る企画です。 取材・高橋祐貴 執筆・安保茂、高橋祐貴 撮影・宮路栞

 

<参加者>

鈴木寛教授:公共政策大学院教授

南藤優明さん:第1回「トウダイカイギ」代表

王美月さん:第14回東大卒業生と語る会 留学企画総括

寺田彩人さん:HCAP12期代表

高橋祐貴(司会):連載「蹴られる東大」総括

 

 

東大が蹴られる「良い時代」

 

右から順に寺田さん、王さん、南藤さん、鈴木教授、弊紙高橋

 

高橋:まず初めに連載「蹴られる東大」を読んでの感想をお願いします。

 

南藤:率直には、良い時代になったな、と。かつては「とりあえず東大に行っとこう」という一元的な進路選択が前提になっていましたが、本来大学はいろいろな選択肢の中から選ぶものです。実際、ハーバード大に合格しながら別の大学に進学する人も少なくないと聞きます。「蹴られるなんて驚き」なんて言ってる方がおかしいんですよ。

 

王:東大に対して持っている問題意識を顕在化し議論を促すという点で、連載「蹴られる東大」は大きな意味があります。個人的に、東大には素晴らしい人材が集まっているのにその人脈を生かせていない人が多い、という問題意識はありました。しかし、これを他の人と共有し、議論する機会はあまりありませんでした。

 

寺田:「蹴られる東大」は、これから進学先を選ぶ高校生にとって非常に有益だと思いました。東大と海外大の両方を知っている人の話が中心に据えられており、それぞれの入学後の学生生活をイメージする上で貴重な情報源になっています。

 

高橋:みなさんは進学先を選ぶ際、「選択肢の一つ」として東大に来たのでしょうか、それとも成績が良ければ東大に行くものと考えていたのでしょうか?

 

寺田:僕は前者ですね。海外大進学も検討しましたが、当時高校生の自分はまだ日本を知り尽くしておらず、もっと日本で学習したいと思いました。また、日本で就職する可能性が高かったこともあります。日本国内で人脈を築くには東大が最適です。

 

王:私は、大学選びに関しては悩まずにすぐに決めたので、どちらかというと後者に近いです。出身・戸籍共に中国なので帰国して清華大学などを受験するという選択肢もあったはずですが、親に(当時)世界大学ランキングでより上位に入っていた東大に行くことを勧められ、日本で一番いい大学ということもあって東大を受験しました。

 

南藤:僕は選択肢の一つという認識でした。ちょうど通っていた灘高校でも、とりあえず東大に行くという風潮が弱まり選択肢の一つとして東大を考える人が増えてきた時期でした。なぜ東大を選んだかについてはなかなか言語化しにくいですね。一時期は米国大受験も検討しましたが、米国の大学に入るのに必要なSAT(大学進学適性試験)の準備にはどうしても気が乗らなかったというか。逆に東大受験を考えると、合格後に自分のやりたいことが次々に思い付いて明日にでも東京に住みたくなりました。

 

 

東大生が勉強しない本当の理由

 

高橋:連載「蹴られる東大」では、さまざまな観点から東大の問題点を探ってきました。その一つとして学生へのサポート体制が不十分ではないかとの意見がありました。確かにオフィスアワーが大学全体のシステムとしてはなく、授業ごとのチューターもいません。東大のサポート体制はどのような形が良いと考えますか。

 

南藤:まず、大学がサポート体制をどう変えていくかという議論と、学生がサポートをどのように活用するかという議論は分けるべきです。前者に関しては、確かに海外大のようにオフィスアワーがある方が学生は助かります。後者に関しては、オフィスアワーがなくても教員にメールで質問することである程度対応できます。

 

寺田:教授に相談に行かないとレポートが書けないとか、チューターに質問しないと課題が終わらないとか、学生がオフィスアワーを必要とするほど授業の負荷が大きくないとも言えます。大学が授業の負荷を大きくすれば、必然的にサポート体制も充実してくるのではないでしょうか。

 

王:サポート体制が不十分だから学生が質問に来ないのか、学生が来ないからサポート体制が不十分なのかは、鶏と卵の関係になってしまいます。東大の場合、アルバイトやインターンシップなど学外での活動に時間を割きたいと考える人もいるので、学業でもっと負荷をかけてほしい人はそのように教員に求めていけば良く、大学が制度として負荷を大きくする必要まではないと思います。

 

南藤:負荷をかけるべきところとそうでないところがあるはずです。学術論文の書き方やルール、論理構成の方法などの基本的な事項は徹底的に鍛える必要があります。しかし、単に海外大が本を100ページ読ませる課題を出すから東大も100ページ読ませよう、というように安易に海外大を模倣して同じような課題を出すのはおかしいと感じます。

 

高橋:学びたい人だけが自分自身に自ら負荷をかけていけばいいのでは、という意見が多いですが、一方大学全体としては、授業で負荷をかけた方が総合的に学生に付加価値を与えていると評価されるようになるのではないでしょうか。

 

鈴木教授:私はかつて、公共政策大学院で大量の課題を出して海外大と同水準の負荷をかける授業を開講したことがあります。準備にもものすごく力を入れたのですが、するとどうなったか。興味深いことに日本人がいなくなり、受講者が留学生ばかりになりました。結局日本人は無理して厳しい授業の単位を取らなくても就職できるので、大学で必死に勉強するという意識は希薄だと思います。

 

 一方、慶應義塾大学で私はヤフーからの寄付講座を教えているのですが、こちらも授業負荷が大きくチューターやオフィスアワーが充実している。万全のサポート体制を期せるのは、ヤフーの財政支援の賜物です。そして日本人学生もこの授業には付いてくる。なぜなら、この授業でA評価を取れば、ヤフーのインターン選考に自動的に通る上、入社選考でもシードされるからです。就職などの利害と直結すれば、日本の学生も本気で勉強するようになるんですよ。

 

南藤:利害であろうが興味関心であろうが、何のために勉強するのかを頭の中で整理せずに東大に来る人が多い状況で、サポート体制の拡充を要求する意味はあるのでしょうか。アイビーリーグなどの学生が大きい負荷に耐え得るのは、高い授業料を払わねばならないだけでなく何のために勉強するのか明確だからだと思います。

 

鈴木教授:何のために東大で勉強するのか説明できないのでは、想像力が乏しいと言うしかありません。時々クラス会で同級生と集まりますが、大学時代から想像力を働かせて何らかの問題意識を持っていた人は現在もトップに立って活躍する一方、何となく大学時代を過ごしていた人は今も何となくのままです。大して勉強していない学生を喜んで取っているような日本企業はそのうち潰れますよ。そうしたところに想像力を働かせられるかが大切です。

 

 

何のための多様性?

 

高橋:東大の問題点として多様性が乏しいことも指摘されています。五神真総長は大学に多様性があって初めて視点が相対化されると述べています。多様性を高めようという東大の方針についてはどのように考えますか。

 

南藤:「多様性」という単語だけではあまりにも漠然としています。現状「みんな東大に来よう」くらいしか伝わってこず、大学としてどのような目的の下どのような多様性を求めているのか分かりません。留学生でしょうか、経済的に苦しい家庭で育った学生でしょうか。例えば、東大当局が「東大は女性のリーダー育成の騎手になり男性中心的な日本社会を変えていくから女性率を上げるんだ」という指針を明確に示してくれれば、賛成か反対かは置いておいて、その指針について議論することができます。このような筋道が示されず、どうして東大が多様性を求めるのかが不明瞭なので議論がしにくくなっていると思います。

 

王:何のための多様性か分からないので「多様性」という語を使うことに違和感を感じます。東大の女子学生の割合を増やすのは何のためでしょうか。現状では、学内で異性と交流する機会が少なくなりがちな男子学生のため、という解釈もできてしまいます。東大といえば日本でトップの学力を持つ学生が集まるのであって、多様性を基準に選抜してはいませんよね。だとすれば、東大は日本トップ層の学力を高めることに徹しても良いはずです。多様性が乏しいことを悪く捉えるならば、多様性を高めて何をしたいのか明確にする必要があります。

 

寺田:さまざまな国籍の人がいれば、それらの国で東大の学生が活躍しやすくなり、結果的に大学ランキングの順位の上昇につながることはあり得ます。

 

鈴木教授:日本人の定員を1000人減らし、留学生を1学年3000人中1000人にしたら大学ランキングは上がるはずです。でもそんなことをしたら、日本中のお母様方が怒り狂うでしょ(笑)。ただ、現状でも日本の納税者のうち東大を支持する人は非常に限られており、東大への交付金が減っていくのは明らかです。この逆境を乗り切ろうとする際、多くのアジアの優秀な人材に学費を払って東大に来てもらうことは真剣に検討すべき選択肢の一つだと思います。

 

高橋:そもそも学生の皆さんは東大で多様性が乏しいとか、視点が偏っていると感じた経験はありますか。

 

寺田:正直あまりありません。逆に留学生が増えたら視点が多角的になるのでしょうか。

 

南藤:さすがに国籍が違えば好きな食べ物や好きな音楽などは違ってくると思いますが、それが大学との関係でどのような意味を持つのでしょうかね。もちろん多様であることで視点の相対化ができるのであれば、大学として策を講じる価値はあります。しかし、何らかの同質性があるからこそ人は一つの場所に集まるのであって、全てが多様であれば共同体として成り立たないと思います。

 

鈴木教授:国籍が多様なアイビーリーグでも、24歳までに約1億円の教育投資を受けた人の集まりと言えます。これは多様性とは程遠いですね。

 

 

「何となく東大」を終わらせよ

 

高橋:最後に、これからの東大での学びはどうあるべきだと考えますか。

 

南藤:東大に行っておけば間違いないという時代は終わりつつあります。さらに、将来は「東大と海外大」という二元論も成り立たなくなるでしょう。学びの手段が多様化し、世界中のあらゆる大学に進学する人が出てくる多元論的な時代においては、大学での高等教育を受ける前に、自分が何を学びたいのか、何のために学ぶのか考えておく必要があると思います。

 

王:常に問題意識を抱くことが大切だと思います。何となく東大に入って、毎日つまらないと感じながら過ごすのではもったいないですよね。せっかく東大に来たのであれば、なぜ東大に入ったのか、何をしたくて東大に入ったのかを考えた方がより充実した生活を送れるはずです。

 

寺田:自分にとって何が重要か、自分が何をやりたいのか、というぶれない軸を持つべきだと考えます。その上で想像力を働かせ、日々問題意識を持って活動に打ち込みたいです。

 

鈴木教授:かつては自分たちが必要なものは自分たちで創発する、というのが東大生でした。例えば、入学直前に新入生が2年生と一緒に親睦を深めるオリ合宿のような行事は日本だと東大にしかありませんし、大学当局は一切関与していません。大学からのサポートがなかったとしても、問題意識を持って自律する姿勢を目指してほしいですね。

 連載「蹴られる東大」では、米国大学を主とする海外大学との比較を通して、東大の現状を相対化し、その良さと問題を浮き彫りにしてきた。学生たちへの取材から見えてきたのは、個人レベルでは主体性と意欲を持って大学を「手段化」できることがどの大学に行くに当たっても大切であるということだ。一方で教育に携わる有識者への取材からは、学生個々人の学習環境や進路選択の在り方が、日本社会の抱える構造的な問題の産物でもあることが明らかになってきた。

 

 東大の問題は、東大の学生と教職員一人ひとりが考えていかなければならないものである。しかし一方で、日本社会全体の大学に対する意識が変わることも、東大が変わるためには必要なことだ。東大がより良い学びの場になるためにはどうすればいいか。本連載が東大に関心を持つ全ての読者に考えるきっかけを与えることができていれば、記者としてはひとまずの目標を達成できたと言えよう。

 

 東大はようやく選択肢の一つと化す健全な時代を迎えつつある。他の大学と比べられる中で、「東大のこういうところが良いから東大を選びました」と多くの学生に言ってもらえるよう、より豊かな学習環境の整備と、それを発信する努力を続けていかなければならない。

 

※連載「蹴られる東大」はこれで終わりです。お読みいただき、ありがとうございました。

 

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