学術

2019年9月30日

サーギル博士と歩く東大キャンパス④ 本郷キャンパス 総合図書館 【前編】

 我々が日々当たり前のように身を置いている「場」も、そこにあるモノの特性やそれが持つ歴史性などに注目すると、さまざまな意味を持って我々の前に立ち現れてくる。この連載企画では、哲学や歴史学、人類学など幅広い人文学的知見を用いて「場」を解釈する文化地理学者ジェームズ・サーギル特任准教授(教養学部)と共に、毎月東大内のさまざまな「場」について考えていこうと思う。第4回は、本郷キャンパスの総合図書館だ。

(取材・円光門)

 

【後編はこちら】

サーギル博士と歩く東大キャンパス④ 本郷キャンパス  総合図書館【後編】

 

ジェームズ・サーギル特任准教授(教養学部)14年ロンドン大学大学院博士課程修了。Ph.D.(文化地理学)。ロンドン芸術大学准教授などを経て、17年より現職。

 

歴史とは痕跡の取捨選択

 

 「『歴史』とは痕跡を選択し、提示することであり、これらの痕跡が積み重なって層を成してできるのが『場』なのです」。サーギル特任准教授の言う「歴史」と「場」の関係性は、総合図書館周辺の空間に顕著に表れている。

 

 総合図書館(図1)は、1877年の東京大学の創設と共に旧図書館として建てられた。関東大震災の火災で焼失した後、1928年に再建され、現在に至るまで幾度か改修工事を経験している。86年に図書館前広場の改修を任された工学部の大谷幸夫教授(当時)は、自分が東京帝国大学在学中に戦没した同輩や後輩への追悼の意を込めて、広場の地面に曼荼羅(まんだら)のモザイク画を施した。

 

(図1)2015年から改修工事を行っている総合図書館

 

 だが2015年から始まった地下書庫の建設を伴う改修工事により、曼荼羅のモザイク画は失われることに。他方、工事の過程で旧図書館の土台と加賀藩邸時代の水路石が発見された。土台は噴水周辺のベンチとして加工、再利用され(図2)、水路石については石の表面が切り取られ、広場の同じ位置にはめ込まれた(図3)

 

(図2)ベンチとなった旧図書館の土台
(図3)加賀藩邸時代の水路石

 

 このように総合図書館周辺の空間には複数の異なる時代の痕跡が存在するが、ある層の痕跡は保存され、別の層の痕跡は排除される。一部の痕跡が選択、提示されることが「歴史の語り」を形成するのだ。

 

 江戸時代の水路石、明治時代の旧図書館の土台、そして戦争の記憶である曼荼羅。なぜ前者二つは保存され、後者は排除されたのであろうか。サーギル特任准教授によると、痕跡がその場に根差しているか否かという「正統性」が理由の一つとして論じられ得る。「水路石も旧図書館の土台も、元からその場にありましたが、曼荼羅は後から恣意的に添えられました。従って、曼荼羅は保存にふさわしいほど『正統』ではないと判断されたのかもしれません」

 

 だが、このような「正統性」の議論は短絡的だとサーギル特任准教授は言う。「水路石にしろ土台にしろ曼荼羅にしろ、全てある時点で人の手によって恣意的に作られたものです。古いか新しいかという相対的な違いしかありません」

 

 もう一つの理由として考えられるのは、戦争という極めて政治的なものに関わる記憶を排除することで図書館前広場を非政治的、中立的な場にしようとする意図の存在だ。「近隣住人が犬を散歩させ、家族連れが談笑し、学生が学問や将来について語り合う場であるこの広場が政治色に染まってはいけないと考えられているのかもしれません」とサーギル特任准教授は指摘する。

 

 だが、政治的でない場など存在するのだろうか。あらゆる痕跡は、今は存在しない時間や空間に関わるものであるから、ある種の記憶に他ならない。故に水路石や旧図書館の土台といった過去の痕跡も、言い換えれば記憶である。アイルランドの地理学者カレン・ティルは、記憶の場は「行為」と「政治」の相互作用の中に生まれると主張した。公の場に記憶が保存され得るのは、人々が定期的にその場に来て出来事を想起するという「行為」があるからであり、また特定の権力が、継承するにふさわしく、正確で正当な記憶とはどれかということを規定する「政治」があるからである。そしてこの記憶の規定に際し、さまざまな意志を持つ権力者同士の力関係が作用する。「故に、一見政治とは関係ないように思える水路石や旧図書館の土台も、図書館前広場に置かれることでその場を政治化しているのです」

 

 そもそも、場から政治性を排除しようとすること自体が政治的だ。「本来曼荼羅は戦没者の純粋な追悼を目的として設計されたものです」とサーギル特任准教授は語る。「にもかかわらず、寛容で先進的であるべき大学という場において、帝国や排他主義を喚起する戦争のイメージはふさわしくないと判断された可能性もあります」。そしてこのような判断は政治的な判断に他ならないのだ。

 

後編は約一カ月後に公開予定です。

 


 

【英訳版】

Take a Walk through Todai’s Campuses with Dr. Thurgill #4 General Library, Hongo Campus 【Part 1】

 

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